第357話 屋敷の探検

「これは凄いね。ありがとう」


 この一覧表があればすぐに顔と名前を覚えられそうだ。普通の貴族は直接関わらない使用人の名前なんて覚えないのかもしれないけど、俺はちゃんと覚えたい。大公家を支えてくれる人達だからね。


「一度に多くの者を雇いましたので、管理する意味でも作成したものでございます」

「俺にとってもありがたいよ。じゃあ一番上の人からどんな使用人か教えてくれる?」

「かしこまりました」


 それからはアルノルに、まずは主要な使用人についての話を聞き、顔と名前を一致させる作業に注力した。

 それにしても人数が多い……下働きの人達まで全員の名前を覚えるには、相当な時間がかかりそうだ。



「レオン様、そろそろお約束の時間でございます」


 ロジェに声をかけられてはっと時計を見ると、皆と廊下で待ち合わせていた時間になっていた。周りには従者と護衛の皆も集まっている。


「声をかけてくれてありがとう。夢中になってて忘れてたよ。じゃあアルノル、屋敷の案内をよろしくね」

「かしこまりました」


 急いでソファーから立ち上がり廊下に出ると、ちょうど皆も廊下に出てきたところだった。


「お兄ちゃん、私のお部屋凄く可愛いんだよ!」

「良かったね。気に入った?」

「うん!」


 マリーの満面の笑みに俺の顔もついつい緩んでしまう。父さんと母さんも嬉しそうなマリーを微笑ましげに見守っている。


「二人の部屋はどうだった? 問題ない?」

「ええ、とても落ち着く雰囲気で素敵な部屋だったわ」

「父さんの部屋もだよ」

「それなら良かった」


 とりあえずそれぞれの自室は完璧かな。皆が満足してくれて一安心だ。


「他の場所も探検に行こうか」

「うん! まずはどこから行くの?」

「そうだね……やっぱり厨房かな」


 俺のその言葉によって、俺達は大人数でずらずらと厨房に向かった。厨房は一階の端にあり、料理人が働く厨房と俺達家族が自由に使える厨房、さらにヨアンがスイーツの研究をする厨房がある。

 まず最初にやってきたのは料理人が働く厨房だ。中に入ると料理長を筆頭に、数人の料理人が跪いて待っていた。


「ここが厨房でございます。レオン様の要望通り最新の魔法具を設置してあります。また料理をしやすいようにとのことで、調理台も大きなものを発注いたしました」


 新しいのでどこもかしこもピカピカに輝いている。お肉や野菜が台の上に並べられているし、これから昼食を作るところだったのかな。


「皆顔を上げて」


 俺のその言葉に、緊張した面持ちの料理人達が顔を上げてくれる。


「初めまして、レオン・ジャパーニスです。これから皆には大公家の料理を作ってもらうことになるけど、よろしくね。早速今日の昼食を楽しみにしてるよ」

「旦那様方のお口に合う料理が作れるよう、精進いたします」

「うん、ありがとう。何か不便なことがあったら遠慮なくアルノルに言ってね。アルノルもよろしくね」

「かしこまりました」


 そうして軽く挨拶をして厨房を後にする。次は家族皆で使える厨房だ。


「こちらが皆様専用の厨房でございます」


 さっきの厨房よりも屋敷の真ん中辺りにあるのが俺達が使える厨房だった。中に入ると予想以上に広い空間が広がっている。


「あら、とても素敵な部屋ね」

「本当だね。ずっとここに入り浸ってしまいそうだ」

「ここが私達の厨房なの? すっごく広いね!」


 中に入ってまず目に入るのは、とても居心地の良さそうなソファーとテーブルのセット。下には絨毯が敷いてあって、ずっとここで過ごせそうな快適な空間が作られている。

 そして左側に目を向けると最新の魔法具を駆使した新しい厨房がある。厨房は広すぎずに、父さんと母さんが二人で料理するのに最適な大きさだ。そして厨房から少し離れたところにはテーブルセットもある。


「このドアは何かしら?」


 母さんが部屋の奥にあるドアを開くと、そこはトイレとなっていた。


「トイレまであるのか。便利だね」

「本当ね。一日中ここにいられるわ」


 これはあれだ、厨房というよりも日本のマンションの一室みたいだ。俺は厨房にテーブルセットも欲しいなって言っただけなのに、それでここまで整えてくれたアルノルと屋敷の設計士の方々に感謝しないと。


「私このお部屋好き!」


 マリーは早速ソファーに座って嬉しそうにそう言った。母さんと父さんも厨房を色々と確認しているようだ。


 この部屋は俺達家族の秘密基地って感じがする。あの王都の外れにあった食堂が、少し形を変えてこの屋敷の中に再現されてるような、そんな感じだ。

 うん、この部屋凄く良いね。疲れた時はここに来よう。家族皆の避難場所にもなるよね。


「レオン! こんなに貴重な調味料があるわよ!」

「ロアナ、こっちには一通りの調理器具が揃ってるよ。しかも全て質が良い。鍋もフライパンも歪み一つないよ」

「あ、本当ね!」


 母さんと父さんの声に惹かれて厨房に向かうと、戸棚の中に所狭しと調味料が並べられているのが見えた。


「全部二人が自由に使って良いからね。なくなったらいくらでも買えるし」

「ジャン、せっかくだから使わせてもらいましょう。新しい料理が開発できるかもしれないわ」

「そうだね。全く知らない調味料もあるから色々と試してみないと」


 二人も公爵家での暮らしを経て、少しは貴族の生活にも慣れてきたみたいだ。前は困惑してばかりだったけど、今は新しい調味料を使えることに前向きな様子だし。


「新しい料理を作れたら食堂の新メニューになるね」

「そうよね!」

「そうだレオン、食堂を再開するのは引越しが終わってからって話だったけど、いつごろ再開できるかな?」


 そうなんだよね……いつ再開させるのかはずっと悩んでたんだ。家族皆には護衛がしっかりとついたし貴族の身分を得た。さらに使徒様のことは王都中、国中にまで広がっている。

 この状態で皆が危険にさらされることはほとんどないだろう。もう敵対貴族の筆頭だった人達もいないし、今の流れの中では使徒を害するよりも、とにかく使徒を持ち上げて仲良くなって便宜を図ってもらおう。そう考えてる貴族が大半みたいだし。


 そうなるといつ再開しても良いかな。あの一瞬だけ皆が暮らした中心街の建物は、人を雇って掃除などは定期的にしてもらっている。だからそこまで再開するのに大変なことはないと思う。


「今はそこまで危険もないし皆の身分もしっかりしてるから、いつから再開しても大丈夫だと思う。二人はいつから再開させたい?」

「そうだね……食堂はジャパーニス大公家の系列店という立場で再開させることになるんだよね?」

「うん。シュガニスと同じように、大公家でやってるお店って感じになるよ。だからできれば名物料理みたいなものがひとつ欲しいんだよね。今までにない新しい料理が」


 稲を育て始めたからお米料理を名物にできたら嬉しいけど、まだお米はこれから研究をしないとだし、そんなにすぐ食堂で出せるようにはならないだろう。大量生産も目処は立ってないし。

 そうなると今ある材料で名物となる何かが欲しいよね。まだこの世界で作ったことがなくて万人受けしそうなものと言ったら……中華料理とか?


 ありかもしれない。前に温泉蒸しを食べて、王都でも流行らせたいなって思ったんだ。中華料理なら蒸し料理もたくさんある印象だし、ピッタリじゃないかな。


 肉まんやあんまん、小籠包、焼売とかって確か全部蒸し料理だよね? この国にある材料でも作れる可能性は高い。あとは蒸し料理以外にも、餃子とか作れるんじゃないかな。


 うわぁ、思い出したら食べたくなってきた。こうなるとラー油と醤油も欲しい! 時間はかかるけど全部開発しようと思えばできるよね。今の俺には強い味方、シェリフィー様からの本があるんだから。

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