第354話 チョコレートの作り方
前線の街を出て王都に向かってファブリスに揺られていると、突然ミシュリーヌ様の声が頭に響いてきた。アイテムボックスから神物である本を取り出すと、声が鮮明に聞こえてくる。
「レオン、今大丈夫かしら?」
「ミシュリーヌ様、お久しぶりです。今はちょうど暇なので大丈夫ですよ」
「良かったわ! それなら神界に来ない? この前シェリフィーに頼んでた二冊目の本が届いたのよ」
「え、本当ですか!?」
二冊目の本は結構悩んだけど、チョコレートの作り方の本にしたのだ。カカオをチョコにするのは相当難易度が高いみたいで、ヨアンが完全に行き詰まってるようだったから。
チョコができたらチョコケーキを食べたいし、ガトーショコラなんかも美味しいよね。それに普通のショートケーキにチョコをトッピングとして使うのもありだろうし。生チョコとかも作れたら人気になると思う。
「神界に来て本を読む? それならこっちに呼ぶけど」
「もちろん読みます! ファブリス、ちょっと神界に行ってくるね。あっ、でも神界に行ってる間は下界の時は止まるらしいから、一瞬で戻ってくるけど」
『そうなのか、了解した』
「じゃあ行ってくるね。ミシュリーヌ様、お願いします」
『分かったわ!』
ミシュリーヌ様のその声を聞いたと思った瞬間、瞬きほどの時間で俺は神界にいた。本当に一瞬の移動でいつも驚く。
「レオンいらっしゃい。これがシェリフィーが持ってきてくれた本よ!」
ミシュリーヌ様は俺が姿を現した瞬間、本を手に持ち俺のところまで一瞬で飛んできた。やっぱりスイーツが関係してると動きのキレが違うね。
「ありがとうございます。今回もメモしたいので、紙とペンをお願いしても良いですか?」
「もちろんよ」
ミシュリーヌ様が軽く手を振ると机の上に紙とペンが準備されたので、俺は本を受け取りソファーに向かった。するとミシュリーヌ様も俺の向かいに座って、期待の眼差しで一心に見詰めてくる。
そんなに見詰められるとやりづらいんだけど……まあ良いか。気にしないようにしよう。ミシュリーヌ様の視線から逃れるように本に視線を落とし、早速最初のページに目を通した。
カカオをチョコにするには……、まずはカカオの実を収穫して、カカオ豆を果肉と一緒に取り出し木箱に入れて発酵させるらしい。カカオって発酵食品だったんだね……これはヨアンが辿り着けるわけないよ。
発酵は一週間程度放置しておくだけで良くて、果肉は発酵の過程で液状化して消えるそうだ。そしてその後に、発酵させたカカオ豆を天日で乾燥させる。ここまでやればとりあえずカカオにはなるらしい。
まさかの衝撃の事実、あのでかい実はまだカカオじゃなかったらしい。……この工程は何十年も使い道を研究するとか偶然発見できたとか、そうじゃないと編み出せないよね。本当に本を貰えて良かった。
「レオンどう? チョコレートはできそうなの??」
ミシュリーヌ様が待ちきれないというように、ずいっと身を乗り出して聞いてくる。
「ミシュリーヌ様、まだ本を読み出して数分しか経ってませんよ」
「そ、そうだったわね」
俺はページをめくって次の工程も確認していく。次の工程は、焙煎みたいだ。カカオって焙煎してたんだね……
焙煎する時間や温度によって味も風味も変わるらしい。ここはヨアンに試行錯誤してもらうしかない部分だろう。
焙煎した後はカカオ豆を粗く砕いて殻などを取り除き、カカオニブを取り出す。そしてこのカカオニブをすり潰すとペースト状になり、それをカカオマスと呼ぶらしい。
うん、カカオをチョコレートにするのってめちゃくちゃ大変で面倒くさいってことが分かった。これは自力で辿り着くのは無理だよ、ヨアンごめん。
さらにそのカカオマスから脂肪分であるココアバターが取り出せて、ココアバターを取り出して残ったものをココアケーキと呼び、そのココアケーキを粉砕したものがココアパウダーになるみたいだ。もう呪文だ、どんどん理解不能になってきた。
そしてチョコを作るには……カカオマスにココアバターや砂糖、乳製品などを混ぜれば良いらしい。ココアバターってカカオマスから分離させたやつだよね? それを分離させる前のカカオマスに混ぜるの?
ダメだ、意味がわからない。とりあえず俺が理解した範囲でヨアンにやってもらって、上手くいかなかったらもう一回読み返そう。後はヨアンの試行錯誤に頼るしかないかな。それにこの世界のカカオと日本のものは全く同じではないのだろうから、本に頼りすぎるのも良くないよね。
俺はそうやって言い訳しつつ、また次のページを読み込んでいく。カカオをより美味しくするためには……、材料をより細かくしたり長時間練ったりすることが必要らしい。
これはヨアンだけだと体力的に辛いかもしれない。身体強化魔法が使える人をヨアンの助手として雇った方が良いかな。いや、いっそのことチョコレート製造を大公家で行う事業にしちゃえば良いのかも。その部門に体力に自信のある人を雇うとか。
とりあえずヨアンにチョコの作り方を教えて、その上で色々と相談してみよう。これからチョコレートを売り出すのならカカオも大量に輸入しないとだし、そこも大公家として動かないとだよね。チョコってそれだけで専門店が作れるほどのポテンシャルがあるスイーツだし、お金をかけても損はないだろう。
そこまで考えて工程を簡潔にメモしたところで、俺はキラキラした瞳で俺のことをずっと見つめているミシュリーヌ様の方に目を向けた。
「ミシュリーヌ様、そんなに見られてたら居心地が悪いです」
「あっ、そ、そうよね。ごめんなさい。でも気になっちゃうのよ! それでチョコはできそうなの?」
「はい。難易度は高いですがチョコに近いものはできるかと。どこまで美味しくできるのかはまだ分かりません。ただこの世界には魔法がありますから、なんとかなると思います」
すり潰したり練ったりするのが大変なら、どうにか魔法具で代用できないか考えても良い。もし魔法具を作るのならマルセルさんにも協力してもらいたいな。
「本当!?」
「まだ正確なことは言えませんが」
「それでも良いわ! チョコができれば洋菓子はほとんど作れるようになるじゃない。……後は和菓子だけよ」
和菓子か……難しいんだよね。とりあえず餡子作りから着手するのはありかもしれないけど、餡子が出来たところでそれ以外の材料が足りないのだ。やっぱりまずは米を手に入れてからかな。
魔物の森から持ち帰った稲は大公家の屋敷の畑に植えてもらい、早速庭師に世話をしてもらっている。ちゃんと根付いたみたいだからとりあえず様子見をしているところだ。季節に関係なく、さらに水田を作る必要もなく育つのだから本当に凄い植物だよね。
「和菓子は米の量産体制が整ってからだと思います。米から作られた粉がないとできないものが多いので」
「それもそうだけど……そうだわ! あんぱんは?」
確かにあんぱんは餡子だけで作れるのか……前に見張りをする時にあんぱんが欲しいって思ったけど、最近は他のスイーツがあるからその気持ちを忘れてた。
「では餡子だけは先に作ってもらいます。そしてあんぱんも作ってみますね」
「レオンありがと〜!」
「でもヨアンに無理はさせられないので、ヨアンに時間がある時になりますよ」
「それは仕方がないわ。待ってるわね!」
ミシュリーヌ様はキラキラの瞳で大きく頷いてくれた。本当にスイーツのこととなると、テンションがいつもの何倍も高くなるよね。
「そうだ、ミシュリーヌ様。回復の日に祈りを聞くのはどうでしたか?」
「そう、この前やったわよ。これが案外楽しかったのよね。皆いろんな祈りをしてたわよ〜」
「誰かの祈りを叶えたのですか?」
「それはまだね。これは叶えてあげたい! っていうのがなかったのよ。それに私もなんでもできるわけじゃないでしょ?」
「確かにそうですよね。ではこれからは毎週よろしくお願いします。……そういえば、最近神力はどうですか?」
俺のその質問にミシュリーヌ様は得意げな表情を浮かべる。
「ふふっ、それが凄いのよ。最近はどんどん神力が増えてるわ。前の数倍は一日で回復するようになったの。確実に信仰心が増えてるからね!」
遂に今までの頑張りが実を結んできたのか。努力の方向性は間違えてないみたいで良かった。これからもこの方向でミシュリーヌ様をさりげなくアピールしていこう。いや、別にさりげなくはないか。
「上手くいってる時こそ気を引き締めて頑張りましょう。とりあえず、神力があるからといって使いすぎないでくださいね」
「分かってるわ。ちゃんと使いたいのを我慢してるのよ」
ミシュリーヌ様は唇を尖らせて拗ねているけれど、一応ちゃんと神力は貯めているようだ。これならこの先何かがあっても少しは安心かな。
「これからもその調子でお願いします。……そのうちこの世界は平和で、さらにミシュリーヌ様が望む文化が発展していくと思います」
「……レオンのおかげね。ありがと」
ミシュリーヌ様が素直にお礼を言うなんて珍しい……そう思って顔を覗き込んでみると、いつもより顔が赤くなっていた。
「ちょ、ちょっと、顔を覗き込むなんて失礼よ!」
「ふふっ、すみません。では俺はこの辺で下界に戻ります。このメモは後で読んでもらうので保管しておいてください」
「分かったわ。じゃあチョコレートをよろしくね」
「はい。頑張ります」
そう話してミシュリーヌ様に笑いかけたところで、俺はファブリスの背中の上に戻ってきていた。
「ふぅ、ファブリスただいま」
『……本当に一瞬なのだな。変な感じだ。用事は済んだのか?』
「うん。これでもっと美味しいケーキが作れるかも」
『それは本当か!?』
「これからヨアンに色々と試行錯誤してもらってだけどね」
『そうか。楽しみにしているぞ!』
それからはもっと美味しいケーキという言葉にはしゃいだファブリスによって、かなりの速度で王都まで運ばれた。やっぱりスイーツの話は慎重にしないとダメだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます