第353話 使徒の印象

「ご無礼を申し訳ございません。この子は平民の子で礼儀等分からないもので……ご容赦いただければと」

「いえ、私は気にしないので大丈夫ですよ。その子が苦しそうなので口を離してあげてください」


 騎士の方が手の力を緩めると、男の子は必死に騎士の腕の中から逃れた。


「ぷはぁっ、ちょっとおっちゃん、苦しいじゃんか!」

「お前っ、このお方は大公様なんだ。ちょっと大人しくしてろ!」

「大公様って誰だ?」

「貴族様だ!」

「貴族様って……おっちゃんもじゃないか?」

「俺はしがない男爵家の生まれだがな、あのお方は大公様だ。王族の方々の次に偉いんだ。それにあのお方は使徒様だぞ!」


 男の子とここまで俺を案内してくれた騎士の方が言い争いを始めてしまった。でも俺はその様子を見ていて思わず顔が緩む。

 この騎士の方は良い人だ。平民の男の子でここにいるってことは、多分何かしらの理由で親がいなくてここで雇われてるんだろうけど、その子を虐げてるんじゃなくて対等に関係性を構築してるってことだよね。


「使徒様って……あの皆が話してる凄い人か?」

「そうだ。あの使徒様だ」

「マジかよ!! それすげぇじゃん!!」


 男の子は俺が使徒様だということを認識すると、途端に瞳を輝かせて俺の下に駆け寄ってきた。そしてキラキラした瞳で見上げられる。

 騎士の方は一瞬で男の子に逃げられて顔を青くしている様子だ。


「なあ使徒様! すげぇ魔法使えるんだよな! それに誰よりも強いって聞いたぞ!」

「魔法は使えるよ。見てみたい?」

「うん!」

「じゃあまずは火魔法から」


 俺のことを尊敬の眼差しで見上げてくれる男の子の存在が嬉しくて、俺は気分良く全ての属性魔法を使って見せた。しかし魔力がそこまで残ってないので簡単なやつを少しずつだけど。

 それでも男の子には十分だったらしい。


「使徒様凄いな!」

「ありがとね」


 素直な賞賛に顔が緩んでしまう。恐れられて敬われるんじゃなくて、こういう賞賛の方が何倍も嬉しいよね。


「あ、あの、申し訳ございません! 使徒様のお力をこんなことに使わせるなど……」


 俺の魔法に魅入っていた騎士の方はやっと我に返ったのか、土下座をする勢いで跪いて深く頭を下げてきた。


「気にしないでください。別に大丈夫ですから。……俺は身分とかそういうの気にしないし、このぐらいならいつでも見せるよ」


 俺の態度も緩めた方が騎士の方が緊張しないのかなと思って、途中から砕けた感じで話してみた。すると騎士の方の強張った雰囲気が少し和らぐ。


「なあなあ、もっと見せてくれよ。俺も使徒様みたいに魔法が使えるようになるかな!?」

「見せてあげたいんだけど、実はさっきまで魔物の森にいたから魔力があんまりないんだ。明日ならいくらでも見せるよ」

「本当か!?」

「うん。だから今日は部屋に案内してくれる?」

「分かった!」


 そうして俺はやっと部屋に案内してもらうことができ、夕食は宿泊所の中にある食堂で緊張気味の騎士の方々と一緒にとり、その日は早めに眠りについた。



 ――そして次の日の朝。まだファブリスは帰ってきてないので、俺は昨日の約束を果たすために村の外れにある騎士達の訓練場に来ていた。訓練場には昨日の男の子だけじゃなくて、今の時間が休憩時間の人と宿泊所勤務の人がたくさん集まっている。


「じゃあ何の魔法を見せてほしい?」


 昨日の男の子にそう聞くと、男の子は眩しいぐらいの笑顔で「転移!」と叫んだ。


「転移の魔法なんて知ってるんだ」

「皆が言ってるよ、使徒様は転移って魔法で遠くに一瞬で行けるって!」


 俺のことはかなり広まってるんだな。騎士達が王都と魔物の森の前線を行ったり来たりしてるから、それでより広まるのが早いのかも。


「じゃあ転移を見せるね。あ、それよりも一緒に転移してみる?」

「え、良いの!?」

「もちろん」

「じゃあしてみたい!」

「分かった。俺の手をしっかりと握っててね」

「う、うん」


 男の子はちょっとだけ怖くなったのか、恐る恐る俺の手に自分の手を乗せた。そしてぎゅっと強く握り締めて来る。

 どこに転移するか……まずは怖くないように地面の上が良いかな。訓練場の向こう側に転移しよう。


 そう決めて男の子と一緒に転移をすると……男の子は一瞬の出来事に驚くよりも呆然としている。


「転移してみたけどどう?」

「さっきまで俺達がいたのって……あそこ?」

「うん。あそこからここに転移してきたんだ」

「す、す、すげぇ!! マジで凄い!」


 転移したという事実を認識した途端、男の子は大はしゃぎだ。ここまで凄いって言われると素直に嬉しい。顔がにやけちゃうほど嬉しい。最近は転移したぐらいじゃ何とも思われなくなってきてるから……


「じゃあ今度は建物の上に転移するから暴れないでね」

「え、建物の上……?」


 男の子がそう呟いた時には、既に俺達は宿泊所の屋根の上にいた。訓練場からたくさんの騎士が俺達を見上げている。


「え、ここって……」

「簡易宿泊所の屋根の上だよ」


 俺のその言葉に男の子は恐る恐る下を向いて、今いる場所を確認した途端にガシッと俺の腕を掴んだ。


「し、使徒様、落ちないか? これ落ちたらやばいって」

「落ちないから大丈夫だよ。それに万が一落ちても転移で安全に着地できるし」

「そうか……」

「ほら、遠くを見てみなよ。魔物の森が見えるよ。反対側には長閑な自然も」


 こうして遠くから眺めるだけでも、魔物の森の異質さが分かる。明らかにこの世界には馴染んでいない雰囲気だ。早くどこを見ても長閑な景色になるように頑張らないと。


「うわぁ……凄い!」


 男の子は恐る恐る顔を上げると、その景色の雄大さに感嘆の声をあげた。見晴らしの良い景色に感動して怖さは忘れたみたいだ。

 日本にいる時は高いところって苦手でしかなかったんだけど、この世界に来てからは結構好きなんだよね。一面に広がる自然の景色が凄く綺麗だし、地面よりも強めの風が頬を撫でるのが気持ちいい。



 それから訓練場に戻って他にも色々と魔法を見せていたら、ファブリスが戻ってきた。


『主人、最速で戻ってきたぞっ!』

「ファブリスお疲れ様」


 少し疲れた様子を見せたファブリスがドヤ顔でそう報告して来るのが可愛くて、俺は思わずファブリスの首元を撫でた。届く範囲だから首というよりも足に近いけど。

 するとファブリスは気持ちよさそうに目を細め、首を下げてくれる。……このどんどん心を許して懐いていく感じ、癖になりそう! ファブリスが可愛い!


「何か飲む?」

『飲み物よりも食べ物が良いぞ』

「え、もう今すぐ食べられるの?」

『もちろんだ』


 全力で走ってきてすぐに食べられるって……さすが神獣だ。それならご褒美にお肉とスイーツをあげよう。


「じゃあ準備するよ。あっ、皆さんも一緒に食べますか?」


 ファブリスの登場に固まっている騎士の方々と男の子にそう問いかけると、男の子がコクンと頷いてくれたので皆の分も準備することにした。アイテムボックスからテーブルをいくつか取り出して等間隔に並べ、その上にいろんな食べ物を並べていく。

 ファブリスの分はテーブルではなく地面に布を敷き、そこに綺麗に並べた。


「はいどうぞ。ステーキと牛肉の煮込みと串焼きとケーキ各種」

『主人! これを全部食べても良いのか!?』


 ファブリスは尻尾をぶんぶん振り回しながらキラキラした瞳でそう叫ぶ。ファブリスもどんどん威厳が無くなってる感じがするのは気のせいかな……


「もちろんだよ。お仕事お疲れ様」

『主人、感謝するぞ!』


 ファブリスは夢中で食事を始めた。ケーキからじゃなくてお肉から食べてるところを見ると、好きなものは最後まで取っておくタイプなのかもしれない。


「皆さんもぜひ食べてください」


 急に現れた大量の料理を前に呆然としていた騎士達だったけど、俺のその言葉に一人が手を伸ばすと、そこからは遠慮なく皆が食事を楽しんでくれた。男の子もお腹いっぱい食べられて幸せそうな顔をしてたので俺も満足だ。


 そうして前線の街にいる騎士の方々と友好を深め、俺は帰路についた。

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