第352話 使徒と神獣

 魔物の森の外縁部から数百メートル内側に入ったところで、俺とファブリスは立ち止まっていた。


『この辺で良いか?』

「うん、ありがとう。じゃあとにかく魔植物を一つ残らず倒していこうか。方法としてはファブリスが爪の攻撃で切り倒した魔植物を俺がアイテムボックスに収納していく。そして根の部分は俺が土魔法で掘り返して、それも全部アイテムボックスに収納していくよ」

『相分かった。では行くぞ』


 そこからはとにかく魔力と体力が尽きるまで魔植物をひたすらに切り倒した。やっぱり植物を倒すほうが難易度が高かったので、俺もバリアの剣で植物を端から切り倒していく。

 しかしウォーターウッドは切り倒すと辺りが水浸しになるほどに水が撒き散らされるし、アイアンフラワーは素手で触ってしまえば指を落とすし、破裂したフラワーボムの種が弾丸のように飛んでくるし。バリアがあるから危険はないんだけど、思い通りに作業が進まないのも事実だ。


 魔物の森の奥を目指してた時の方が、厄介なやつは全て避けていたから楽だったかもしれない。これからは全て駆逐しないといけないから大変だな……


『主人、この辺りも全て倒したからアイテムボックスに入れてくれ』

「了解。それにしても本当にキリがないね。これは二人だけでやってても魔物の森の完全駆逐は厳しそうだよ」

『やはり人手が足りんな』


 やっぱり人海戦術が一番だ。俺達はこうしてやばいところを手助けしつつ、基本は騎士達の働きにかかってる気がする。


「この辺りに魔物っている?」

『いや、この辺りは弱い魔物しかいなかったのか、我が来てからすぐに森の奥へ逃げて行ったぞ』

「やっぱりそうなんだ」


 それならファブリスが魔物の森の外縁部を歩いてるだけでも手助けになりそうだ。魔物が現れないとなったら、騎士達も魔植物の駆除に力を割けるだろうし。


「魔物達ってファブリスがいなくなったらまたすぐここに来るかな?」

『いや、魔物とは強者に対して臆病なのだ。この場所にはしばらくの間、ほとんどの魔物は寄ってこないだろうな』

「それって何日ぐらい?」

『正確には分からんが……十日ぐらいか?』


 十日か……それだけの期間魔物が寄って来ないのは凄いけど、全ての場所でその効果を生み出すとなればファブリスが忙しすぎるよね。

 でも魔物の森に来た時は、外縁部を全部回るのもありかもしれない。とりあえず今回は到着までほとんど時間がかかってないし、帰る前にこの国と接する場所は全て回ってもらおうかな。


「ファブリス、王都に帰る前に魔物の森とラースラシア王国が接する部分を、できる限り回りたいんだけど良い? そうすればしばらく魔物が寄って来なくて、騎士達の作業も捗ると思うんだ」

『ふむ……確かにそうであるな。しかしそれならば我だけで良いぞ? 主人を乗せぬ方が圧倒的に早く走れる』


 ……確かにずっと一緒に行動しなきゃいけないわけじゃないよね。何故か俺も一緒に行く前提で考えてたよ。

 全力で森の中を駆け抜けるファブリスに乗ってるのはちょっと、いやかなり厳しいだろうし、俺はどこかの街に置いてもらった方が良いかも。


「それなら次の街に俺を置いて、ファブリスは走ってきてくれる?」

『了解した。主人はゆっくり待っててくれ』

「ありがとう。お礼に美味しいご飯とスイーツを準備しておくよ」

『それは本当か!? それなら全力で走って来る!』


 ファブリスはお礼の内容を聞いて、今すぐに駆け抜けていきそうなほどテンションが上がり、さっきより倍の魔植物を一度で切り倒している。

 美味しいもので釣るのはやり方を間違えたら大変そうだ……気をつけよう。



 それからはやる気マックスになったファブリスのおかげで、数百メートルの範囲にある魔植物を全て駆逐することに成功した。本当はもっと早くに終わらせる予定だったんだけど、結構な時間がかかっちゃったな。もうお昼もすぎている。


 魔物の森の中から外縁部に向かって魔植物を倒して行ったので、最後まで倒し切ると騎士達がたくさん常駐している場所に出た。急に数百メートルにも渡って開けた視界に、騎士達は唖然としているようだ。


「ジャパーニス大公様!」


 唖然としていた騎士達の中で上の立場らしき人が、はっと我に返って俺の下に駆け寄ってきてくれたので、俺はファブリスから降りて同じ目線に立つ。


「あ、あの、これは一体……?」

「私とファブリスで魔植物を駆逐しました。これで前線の街が飲み込まれる心配は減ったでしょうか?」

「は、はい。それはもちろん」


 騎士の人はまだ状況が理解しきれていないようだ。まあそうだよね、突然目の前にあった魔物の森が消え去ったら驚くのも無理はない。


「では騎士の方々を移動していただけますか? せっかく魔物の森を押し返しても、放っておくとまたすぐに広がってしまいますから」


 俺のその言葉に完全に我に返ったのか、騎士の方はビシッと敬礼をしてくれた。


「かしこまりましたっ! この度のご助力、心より感謝いたします。後は我々騎士にお任せください!」

「よろしくお願いします」

「はっ、お前達、移動の準備を今すぐにだ!」


 騎士達が現状をとりあえず飲み込んで移動の準備を始めたところで、俺はファブリスの上に戻った。


「じゃあファブリス、次の街に行こうか。次はあっちの方向。そんなに遠くないからすぐに着くと思うよ」

『分かった。では行くぞ』


 そうして俺達はまた場所を移動して魔植物を倒しまくり、さすがに俺の魔力がそろそろ尽きるという頃にとりあえずの仕事を終えて前線の街に戻った。

 この前線の街は元々小さな村だったようで、騎士達の詰所の他にはいくつか小さな木造家屋がある程度だ。その小さな家が食堂などの役割を果たしているらしい。


「ジャパーニス大公様、ご助力感謝いたします」

「これが私の仕事ですから。それで一つお願いがあるのですが……私を一晩泊めてもらうことってできますか?」


 前線の街に戻って例によって上官の方が出てきてくれたので、これ幸いと一晩の宿をお願いしてみる。するとその騎士の方は途端に瞳を輝かせた。


「ジャパーニス大公様にお泊まりいただけるなど光栄の極み! こちらからお願いしたいほどでございます。今すぐに部屋を準備させますのでどうぞこちらへ。神獣様はいかがなされますか? もちろんお部屋をご準備できますが……」

「ファブリスはこれから予定があるので私だけで大丈夫です。ではよろしくお願いします」


 ファブリスには魔物の森に向かってもらい、俺は騎士の方に付いて建物の中に案内された。中は実用一辺倒の作りで煌びやかさは一切ない。しかしまだ新しい建物だからか綺麗で居心地は良い。


「何もないところで申し訳ございません」


 応接室というか……騎士達の休憩所のような場所に案内されソファーを勧められた。そして座ったと同時にお茶が用意される。

 思った以上の高待遇だな。アレクシス様が使徒の凄さを公布してくれて、さらに魔物の森への遠征が成功したことでより好印象になってるんだろう。今は排除しようっていうよりも、できるだけ気に入られようって方向に雰囲気がシフトしたのかも。

 それならこれからはやりやすくて良い。


「あの、部屋の準備できたよ?」


 ここまで案内してくれた騎士の方と雑談をしながら待機していると、部屋のドアが開いて俺よりも年下の男の子がそう声をかけてくれた。

 その声を聞いて俺がお礼を口にしようとした瞬間、騎士の方が素早く立ち上がって男の子の口を塞ぐ。そして顔を真っ青にして一緒に跪いた。

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