第351話 遊撃開始

 卒業パーティーと春の月を祝うパーティーが終わり、冬の寒さは鳴りを潜めて春の暖かさを感じられるようになってきたこの頃。

 春の月が始まったらシュガニスを開店する予定だったんだけど、結局は春の月を祝うパーティーで中心街が慌ただしかった為、開店日を少し伸ばしている。今は春の月が始まって数週間経った時期で、シュガニスの正式な開店日まで後一週間だ。


 この一週間をどう過ごすのか、いつも通りに仕事をするか魔物の森に向かうか悩んだんだけど、結局はファブリスと二人で魔物の森に向かうことにした。

 アレクシス様からの話によると、二ヶ所魔物の森への前線の村がかなり危険な状態なんだそうだ。このままだと村が飲み込まれるので避難するかどうかの瀬戸際らしい。

 そこで俺とファブリスで魔物の森を押し返しにいくことにした。二ヶ所ぐらいなら、なんとか二人だけでも押し返せるだろう。


 最近は使徒様効果で魔物の森への兵士募集に応募してくれる人も多いみたいなんだけど、まだその人達の移動や配置を決めたりなど、色々と時間がかかって人員が増えてないらしい。

 あと少し耐えれば人海戦術で押し返せるようになるだろうから、俺とファブリスでそれまでなんとか頑張る予定だ。


 後は魔法の授業なんだけど、実は第一回は既に行った。第三騎士団の中でも魔力量が多くて人柄も申し分ない人を、アレクシス様とリシャール様、それからジェラルド様が選んで三十人を相手に授業をした。

 あの三十人がちょうど魔物の森に着いた頃だろうから、少しは楽になってくれてたら良いんだけど。


「じゃあファブリス、行こうか?」

『了解した』


 俺の転移で飛べるところまで飛んで、魔力が回復するまでファブリスに乗せてもらって移動するから……休まず移動すれば二日ぐらいで着くかな。そして現地では一日で何とか魔物の森を押し返して、また急いで帰ってくる。

 そうすればシュガニスの開店には間に合うと思う。何とか開店日に間に合いたいんだよね……間に合わなかったら仕方ないって諦めるけど、可能性あるなら頑張りたい。


「レオン、気をつけるんだぞ」


 リュシアンが見送りに出てきてくれた。リュシアンともしばらくは会えなくなるな。


「うん。リュシアンも明日出発だよね? 領都まで気をつけてね」

「ああ、いつでも遊びに来てくれて良いからな」

「じゃあ、頻繁に行くよ?」


 俺のその言葉にリュシアンは苦笑しつつも、嬉しそうに笑ってくれた。


「楽しみにしてるぞ」

「うん。ファブリスに乗っていくから驚かないでね」

「それは街の者が驚くな……しっかりと周知しておこう」

「よろしく」


 しばらくは会えないけど会おうと思えばいつでも会えるし、そんな気持ちで軽く挨拶をして俺はファブリスに乗った。


「じゃあまたね」

「ああ、またな」


 最後に手を振って、ファブリスごと転移をした。場所は王都を出て、王都の農業地帯もそろそろ終わるかなというところだ。まだ俺の魔力ではここまでが限界なんだ。

 ふぅ……一気に魔力を使うと疲れる。


『この転移という魔法はやはり凄いな。一瞬で移動できるなど』

「便利だよね。もっと魔力が増えたらさらに便利になるから頑張るよ」

『我のように尽きぬ魔力があれば良いのにな』

「ね、羨ましいよ。まあ今の俺の魔力も凄い量なんだけどさ。ふぅ……よしっ、落ち着いたから動いても良いよ」

『分かった。どの程度のスピードにする?』


 今回は俺だけだからかなり頑丈にバリアで固定してるし、速いスピードでもいけるかな。


「この前王都に帰ってきた時のスピードの、倍のスピードでお願いしても良い? もし辛かったら背中を叩くから緩めて欲しい」

『了解した』


 ファブリスはやっぱり乗せてるのが一人だけだと走るのが楽なのか、この前よりも軽やかに揺れることなく走り始めた。

 これならそこまで辛くないかも。一人だけだからがっちりバリアで固定してるし。そんなことを思いながらファブリスの背中で心地よい揺れを感じていると……いつの間にか眠りに落ちていた。


 

 ――ふと意識が浮上する。あれ、俺寝てた?


「……ファブリス、今どこ?」

『お、主人起きたのか? 寝ていたから休まず走り続けたぞ。スピードを上げても起きぬから全力で走っていたらそろそろ魔物の森だ』

「え、本当に!? 何で今日はこんなに乗り心地良かったんだろ」

『主人一人しか乗せないと走りやすいのだ。それに森の中とは違ってまっすぐ走るだけだから揺れることもない』


 確かにそっか……森の中とは違うよね。最初にファブリスに乗った時はぐねぐね走ってたから遠心力も凄かったんだ。


「ありがとう。凄く乗り心地良くて思わず寝ちゃったよ。今の時間は……え、もう早朝なの!? 夕方じゃなくて!?」


 俺が王都を出発したのは午前中だ。昼前までは普通に起きててそこで寝ちゃって……次の日の朝まで寝てるとか寝すぎだよ俺。


『疲れていたのではないのか? 主人は働きすぎだ』

「そんなことはないと思ってたんだけど……気をつけるよ」


 まだ子供の体だということを忘れないようにしよう。でも今はぐっすり寝て疲れも取れたし、さっそく魔物の森の駆逐へ行こうかな。


「ファブリスは休まなくても大丈夫?」

『我は数年ぐらい休まなくても問題ない』

「数年って、レベルが違った。じゃあこのまま魔物の森に行こうか」

『了解した』

「あっ、でも騎士の方々に挨拶だけはしよう」


 俺とファブリスは魔物の森に飲み込まれそうな前線の街に到着すると、その街の入り口にいた騎士の方に声をかける。


「こんにちは」

「だ、誰だっ!!」

「ちょっ、お前!! この方々は使徒様と神獣様だっ!」


 俺が声をかけた騎士はファブリスのことを知らなかったのか、警戒するように剣を向けてきた。しかしすぐそばにいた騎士が必死の形相で駆けつけてきて、剣を向けてきた騎士の頭を地面に叩きつける。……無理矢理だね。


「ぐへっ」


 叩きつけられた騎士の方苦しそうだけど……大丈夫?


「大変申し訳ございませんっ! この者への処罰は必ずいたしますのでご容赦いただければと思います! 上官を呼んで参りますので少々お待ちくださいっ!」


 顔を真っ青にしている騎士はそこまで一息に告げると、最初に剣を向けてきた騎士の襟首を掴んで引きずって下がって行った。あまりにもあっという間の出来事で口を挟めなかったよ……


「ファブリス、俺って怖がられてるのかな?」

『主人はわからぬが、我ではないか?』

「……確かに、ファブリスは大きいもんね」


 日々魔物と相対している騎士にとって、ファブリスの見た目は恐れるものなのかな。少しずつ慣れてくれたら良いけど。


「ジャパーニス大公様、神獣様、大変お待たせいたしました。部下がご無礼をいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます」


 真っ青な顔の騎士に連れられて、こちらも負けず劣らず真っ青な顔をした上官が体を小さくしながら駆けてきた。そしてその勢いのまま跪いて深く頭を下げ、謝罪を口にする。


「いや、気にしないでください。まだ私達の姿は広く出回っているわけではないので。顔を上げてください」


 俺のその言葉に表情を緩めたお二人は、少しだけ血色の戻った顔を上げてくれた。


「先程剣を向けてきた騎士の方も罰しないであげてくださいね」

「かしこまりました。寛大なご処置に感謝いたします」

「それで早速本題なのですが、アレクシス様からこの街が危ないと聞いて助太刀に来ました。ファブリスと魔物の森の駆逐をするのですが、自由に動いても問題ないでしょうか?」

「もちろんでございます。どうかよろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。では早速行ってきますね」


 お二人に期待と尊敬と少しの恐怖と、さまざまな感情が混ざったような複雑な眼差しを向けられながら、俺は前線の街を出て魔物の森に向かった。するとすぐに魔物の森が見えてくる。これは相当近づかれてるね……


「ファブリス、騎士達が戦ってるから俺達は中から駆逐していこうか」

『了解した。とりあえず中に入れば良いか?』

「うん。数百メートルぐらい入ってくれる?」

『相分かった』


 魔力は満タンでしっかり寝たから体力も回復している。ガンガン魔植物を倒していこう!

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