第350話 春の月を祝うパーティー 後編
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。紹介させてください、私の婚約者であるマルティーヌ王女殿下です」
「マルティーヌ・ラースラシアです。レオン共々よろしくお願いいたします」
「王女殿下にお会いできまして光栄でございます。そして遅ればせながら、この度はご婚約おめでとうございます」
二人が祝いの言葉を述べてくれたので、俺とマルティーヌの二人で返事を返す。今回のパーティーは俺達の婚約を広く印象付けるという目的もあるのだ。
「コラフェイス公爵領は他国と接する場所にあり、他国の文化や食材などが多く輸入されていると聞きます。やはり王都とはまた違った街の雰囲気なのでしょうか?」
挨拶が終わったら次は当たり障りのない雑談開始だ。この雑談って一番スキルが必要だよね……
「そうですね、国境に近い街などは他国の文化が我が国の文化と混じり合い、独特な雰囲気となっております。食事も少し違うものがございますね。王都まで運んでいるものもあるのですが、数は多くありません」
「やはりそうなのですね。私は他国の文化にも興味がありまして、一度訪れてみたいものです」
魔物の森にも接してるんだし、これからファブリスと魔物の森を駆逐に出掛けるときにでも、寄らせてくれたらありがたいな。他国の食べ物って言ったら、王都にない調味料とか香辛料とかありそうだし。
「そうでしたか。では機会があれば是非お越しください、歓迎いたします。ジャパーニス大公様は使徒様であらせられ、とてもお強いとお聞きしております。その力を一度見てみたいと領地の兵士団でも話題となっておるのです」
「そうでしたか……ご期待に応えられるかは分かりませんが、一度手合わせしてみるのも面白いかもしれませんね」
国内一と言われている兵士団の強さはちょっと気になる。騎士よりも強いのかな?
「本当ですか! それは是非ともお願いしたいです!」
コラフェイス公爵が思いっきり食いついた。さらに軍務大臣も瞳をギラギラとさせている。……領地を治める貴族本人が強さを追い求めることが好きだからこそ、領地全体が武勇に優れていると言われるんだろうな。
うん、凄く良いと思う。椅子にふんぞり帰って高みの見物で、さらに良いものばかり食べて太ってる貴族より何倍も良いよ。そんな貴族はかなり減ったけどさ。
「ではそのうちにご連絡させていただいても良いでしょうか?」
「もちろんでございます。その時は父にご連絡ください。父がすぐにでも領地と連絡を取りますので」
「はい。私に仰っていただければすぐにでも」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
コラフェイス公爵領はちょっと楽しみかも。兵士団の訓練法とかも見てきて、それをジャパーニス大公家に取り入れるのもありだよね。
そうして俺はコラフェイス公爵家の皆さんとの話を終えた。そしてそれからもどんどん貴族達に声をかけていき、パーティーもかなり盛り上がってきたなという頃に、やっと最低限の義務を果たすことができた。
「これで終わりだよね」
「ええ、皆さん初対面だし大変だったわね」
「うん、もう転移で帰りたいぐらい」
「ふふっ、確かに転移で抜け出せたら最高ね」
マルティーヌとそんな会話をして癒されつつ、最初の席に戻ってきた。そして少し休憩ということで席に着き飲み物を飲む。
「マルティーヌは小さな頃からこういうパーティーに参加してたの?」
「そうね……ここまで大きなパーティーではないけれど、家族の誕生パーティーなどは参加してたわ。でもパーティーはそこまで多くないのよ。多いのはお茶会ね」
「お茶会か……それも大変そうだね」
「ここだけの話、私はあまり好きではないわ」
マルティーヌがかなり声を潜めてそう呟く。そして俺の方を向いて少しだけ苦笑を浮かべた。
「色々な情報を得られるから大切なのだけれど……仲の良い友達とだけ、情報や派閥なんて気にせずに好きに話せるのが一番だわ」
「確かにそうだよね。また皆で楽しいお茶会をやろうか」
やっぱりタウンゼント公爵家の領地に行くときに、マルティーヌとステファン、ロニーも連れて行ってあげたいな。皆で海とか行けたら絶対に楽しいと思う。
それも一つの目標にしよう。
「そういえば、このパーティーって子供はあんまりいないんだね。リュシアンがパーティーに行ってたって話をしてたから、一定の年齢を超えると皆が参加してるのかと思ってた」
「そうじゃないわ。パーティーで最低限貴族らしく振る舞えるとなったら、一度はお披露目のためにパーティーに出席するの。でもその後毎年参加するのは嫡男だけよ。まあ決まりはないから例外はあるのだけれど」
そうだったんだ。じゃあ嫡男以外はそこそこ成長して挨拶もこなせるってなったら一度このパーティーでお披露目をして、その後はもう王立学校入学までまた領地にいるってことだよね。
やっぱり貴族に生まれるのって大変だし、さらに寂しいな。近くの領地の友達とかはできるのかもしれないけど、それも頻繁には会えないだろうし……
「あっ、音楽が変わったね」
「本当だわ」
「じゃあマルティーヌ、一曲踊ってくれますか?」
「喜んで」
それから俺達は楽しくダンスを踊り、また席の方に戻ってきた。そして席に座ろうとしたんだけど……その時奥にダリガード男爵家のお二人がいるのが目に入る。
話しかけても良いのかな……お二人にはこれからもスイーツを贈る予定だし、関係性があることはアピールしておいた方が良い気もする。
「レオンどうしたの?」
「マルティーヌ……ダリガード男爵家のお二人に話しかけても良いと思う?」
「ダリガード男爵家は、スイーツ専門の料理人を紹介していただいたのよね?」
「うん。これからもスイーツを贈り続ける予定だし、俺があのお二人のこと好きだから関係性を途切れさせたくないんだ」
「ならば話に行きましょう。大公家と繋がりがあると分かれば、男爵家の社交は途端に楽になるわよ」
やっぱりそうなのか。あのお二人ならこの繋がりを悪いことに使うとは思えないし、それなら話に行こう。
「それに実家と関係があるとなれば、そこの令嬢とレオンが仲良くても不思議に思われなくなるわよ」
マルティーヌがにっこりと微笑みながら、そんな爆弾を放り投げた。
「あの、それって……ステイシー様のこと?」
「ええ、二人で仲良く話をして、さらに今後の約束までしていたと聞きましたわ」
そ、その通りだけどなんか違う。あれは色っぽい話ではなくてどちらかというと商売の話で……でも確かに、ステイシー様と友人関係は続けたいなっていう気持ちで最後に呼び止めたのは否定しないけど。
なんか……何を言っても言い訳にしかならないような気がしてきた。
「あの、マルティーヌ、ステイシー様との話はそういうのじゃなくて、友達として、ビジネスパートナーとして今後もよろしくねって感じだから……」
俺が焦りながらしどろもどろにそう話すと、マルティーヌはやっといつもの笑顔を見せてくれた。マルティーヌの貴族の笑顔怖い……!
「ふふっ、分かってるわ。ちょっと意地悪を言ってみたかっただけよ。ちゃんとロニーに話の内容を全て聞いたもの」
……ロニーありがとう。マルティーヌを怒らせたら絶対に怖い、怒らせないように気をつけよう。エリザベート様に勝てないアレクシス様の気持ちが分かった気がする。
「じゃあ行きましょう。ダリガード男爵家の皆様はとても良い人達なのでしょう? そういう人との繋がりは大切にしないとダメよ」
「うん、ありがとう」
そうしてマルティーヌに翻弄され、それを少しだけ嬉しいとか馬鹿な考えが浮かんでくるのをなんとか抑え込みつつ、俺はダリガード男爵家のお二人のところに向かった。
舞台から離れるほど爵位は下がっていくので、俺達が男爵が集まる場所へ歩いていくのを見て、皆驚愕の表情を浮かべる。そしてその後に誰が話しかけられるのかと、探るような視線が巡る。そうして誰よりも驚いているお二人のところに辿り着いた。
「ピエール殿、お久しぶりです」
女性には話しかけてはいけないので、ピエール様にだけ話しかける。するとピエール様は驚愕の表情のまま、なんとか挨拶を返してくれた。
「ジャ、ジャパーニス大公様、お久しぶりでございます。お声がけ下さり、大変光栄でございます」
「最近は忙しくてお会いする機会がありませんでしたので、ここまで来てしまいました。スイーツはいかがでしょうか?」
「はい。とてもとても美味しく、皆で楽しませていただいております」
そう言ったピエール様の顔が少し緩む。本当にスイーツが好きなんだね。
「そう言っていただけると嬉しいです。ヨアンが毎日必死に研究してくれているおかげですね」
「ヨアンが……ヨアンは元気でしょうか?」
「はい。目を輝かせてスイーツの研究に没頭しています。周りの者が止めなければ寝食を忘れるほどでして……」
「それは……目に浮かびます」
やっぱりダリガード男爵家にいる時もそんな感じだったんだ。ピエール様とキャロリン様は懐かしいような表情を浮かべている。
「またヨアンとも会ってあげてください」
「それは私の方から願いたいことでございます」
「ではヨアンに伝えておきますね」
「ありがとうございます」
それから最近の新作の中でどれが美味しいか、どれが一番好みかなどの話をして、俺はお二人に挨拶をしてその場を離れた。
周りの視線が痛かったから、ダリガード男爵家に接触を図る貴族も多いかな。でも懇意にしてることは伝わっただろうし、ダリガード男爵家に無理矢理何かをしようって考える人はいないだろう。
その後はいくつかの高位貴族とまた軽く談笑しつつ時間はすぎ、春の月を祝うパーティーは終わりとなった。
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