第349話 春の月を祝うパーティー 前編

 卒業パーティーが終わって数週間後に、春の月を祝うパーティーが開かれた。俺は卒業パーティーの余韻も感じられぬほどに忙しく準備をこなし、すぐに当日となった。


 今はパーティーが始まりアレクシス様が春を寿ぐ挨拶を終え、さらに俺が使徒としての挨拶を終えたところだ。皆の視線はほとんど全てが俺に向いていて、一挙手一投足まで注目されている。

 

 そんな中で俺とマルティーヌは大公家としてパーティーに参加するため、一段一段舞台から階段を降りていく。

 うぅ……もうそんなに見ないで欲しい。俺は注目されるのは好きじゃないんだ。今すぐ転移でこの場から消えたい。


 使徒様の降臨に好意的な視線もあれば、あんな若造が大公なんてという批判的な視線もあり、さらに先の粛清で損害を受けた貴族家からは恨まれていたりと。華やかな笑顔の裏に隠した貴族達の裏の感情がなんとなく分かり、見られているだけで辟易する。


 まあ全員が好意を持ってくれるなんてことはないから仕方ないんだけどね……表面上は友好関係を築いてくれる人なら良しとしないと。

 過激な敵対貴族は全て取り潰されたから、表立って悪意を向けてくる者がいないのはありがたいかな。本当は全員と友好関係を築けるのが理想なんだけど……貴族は少なからず特権意識があって自分の地位を少しでも上げることに心血を注いでるから、どちらかと言えば平民の権利を守ろうとしている俺と仲良くなるのは難しいだろう。


 俺がこの世界に生きている間に、少しでも良い国にしていけるように頑張ろう。とりあえず日本の憲法のように明確な法が必要なのかな……この国にも法はあるんだけど、トップ数人の会議で変えられてしまうような仕組みなんだ。それってあんまり意味ないよね。


 今はアレクシス様が素晴らしい王様でステファンもそうだから良いけど、この先愚王が生まれるかもしれないし、そうなった場合でも法の仕組みで上手く国が回るようにできるのが理想かな。あとは上手く宗教を広めないとね。


 ミシュリーヌ様はこの先もずっといるんだろうし、ミシュリーヌ様の力を強くしておきたい。ちょっと、いやかなり抜けてるところもあってポンコツなことは否定しないけど、それでもミシュリーヌ様はこの世界を良くしたいという気持ちを持った良い神様だから。

 そのためには信仰が廃れないような仕組みづくりが必須だよね。とにかく継続的な神力が必要だろうし。



 俺は貴族達の顔をぼんやりと眺めてそんなことを考えながら階段を降りていき、下り終わると一番前にあるテーブルに腰を下ろした。もちろんマルティーヌのエスコートも忘れてない。


「ふぅ、緊張した」

「本当ね。貴族達の視線が痛かったわ」


 俺とマルティーヌは席に着いた後、そっと視線を合わせて小声で話をした。お互いの顔には安堵の表情が浮かんでいる。王女様であるマルティーヌも緊張してたんなら、俺が緊張するのなんて仕方ないよね。あの雰囲気の中で緊張しない人がいたら会ってみたいよ。


 そうこうしているうちにアレクシス様がパーティーの開始を告げて、貴族達は一斉に、けれど優雅に立ち上がった。

 この後は高位貴族から王家に挨拶をし、貴族達の社交開始となる。今回大公家は最初に王族と会話をしているので、王家への挨拶は免除だ。なので皆より少しだけ遅れて立ち上がり、王家への挨拶を終えた高位貴族の元に向かった。


 大公家は公爵家と侯爵家に声をかけないといけないので、同じ爵位の中でも絶妙な力のバランスに配慮して順番に声をかけていく。凄く美味しそうな食事がたくさんあるのに、ほとんど食べられずに終わるのが普通だそうだ。

 ……もったいないよね。皆で楽しく食事を楽しむパーティーが良い。パーティーの後で使用人達が食べるみたいだけど、俺もその使用人になりたい。


「クリストフ殿、リシャール殿、本日はおめでとうございます」


 俺はまずタウンゼント公爵家の皆さんに声をかけた。声をかける順番は現当主、前当主の順だ。配偶者やその他の家族には必要な時にしか声をかけない。


 そして春の月を祝うパーティーなので、最初に春が訪れたことを祝うのも通例だ。さらに俺の方が身分が高いので、クリストフ様、リシャール様と呼んではいけない。

 ……凄い違和感だし決まりが多すぎて疲れる。


「ジャパーニス大公様、お声がけいただき感謝いたします。今年も良き春を迎えられましたこと、とても嬉しく思います」


 クリストフ様が笑顔で答えてくれた。そしてリシャール様も笑顔で頷いてくれる。この貴族達が集まるパーティーでお二人の笑顔に安心する……


「本当ですね。今年の作物はよく育ちそうでしょうか?」

「今のところはよく育ってくれるかと。これからも日照りなどなく順調に行けば良いのですが」

「日照りは全ての民が苦しみますから、ないことを祈るばかりです」


 こうして当たり障りのない世間話から始まり、領地の作物の出来や特産品の状況、それから領地で起きた事件や他の貴族の醜聞などに話題は移り変わっていくのだ。

 リシャール様とならいくらでも話すんだけど、他の人と話すのは憂鬱だ。もちろん志の立派な素晴らしい貴族もいるんだけど、そもそも俺はコミュニケーションが得意な性質ではないのだ。ほぼ初対面の人とにこやかに当たり障りなく、しかし情報はしっかりと得るように腹を探りながら話すなんて……もう胃が痛くなるなんてものじゃない。


 リシャール様と話を終えると、早速次は別の公爵家だ。この国の北東部に広大な領地を持ち、三つの国と国境を接している公爵家。さらに一部魔物の森とも接している。

 この家はまさに質実剛健。当主をはじめとして全員が武勇に優れているらしい。


 三つもの隣国と国境を接しているので、兵士団の強さは国内一との評判なんだそうだ。俺と近い歳の子供がいなくて今までほとんど関わりがなかった。チラッと顔を見たことはあるけれど、話すのは初めてだ。


 俺は緊張しつつその公爵家、コラフェイス公爵家の元に向かった。前公爵は現軍務大臣で、全ての騎士団をまとめる立場にある人だ。凄く体が大きくて目つきの鋭い人。そしてその隣にいるのが現公爵か……こっちも大きい。

 リシャール様の話では少々真面目すぎるところがあるぐらいでとても良い男だって話なんだけど、ちょっと、いやかなり怖いです! もし子供がいたら泣き叫びます!


「コラフェイス公爵殿、軍務大臣殿、お初にお目にかかります。レオン・ジャパーニスと申します」

「ジャパーニス大公様、お声がけ下さり大変光栄でございます。私はアルセン・コラフェイスと申します」

「ジャパーニス大公様、御目通りできましたこととても嬉しく思います。私はヴァルンタン・コラフェイス、軍務大臣の任を拝命しております」


 二人ともまだまだ見た目子供の俺にきっちりと挨拶をしてくれた。その様子には子供だからと侮るような雰囲気は一切ない。それだけでもう良い人認定したくなる。

 それに現公爵の方は普通ににこやかだし、軍務大臣の方はキリッと厳しそうな感じだけど目元は少し柔らかい。


 俺はそんな二人の様子に無駄に入っていた体の力を抜いた。そしてさっきまでよりも少しだけ落ち着いて話を続ける。

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