第348話 卒業パーティー 後編

「ジャパーニス大公様、少しお時間をよろしいでしょうか?」


 マルティーヌとリュシアンの三人で談笑をしていたところにやってきた五人の令嬢達。少し緊張してるみたいだけど、ここに割り込めるのは逆に褒めたいぐらいの強心臓だね。


「何かな?」

「お初にお目にかかります。私は侯爵家次女で…………」


 それからその五人の令嬢による自己アピールが始まった。とにかく長い、得意なこととか聞いてないのにめっちゃ教えてくれる。そして最後には第二夫人となった場合の利点まで丁寧に教えてくれる。

 でもさ、よく考えたらここにいる令嬢って十五歳ぐらいの年齢だよね? 婚約者決まってないの……?


「申し訳ないんだけど、今は友人と話していたんだ。長くなるようならまた後にしてもらえないかな?」


 俺は色々と疑問に思いつつ、とりあえず穏便に話を終わらせようとそう口にした。すると令嬢達は何故か瞳を輝かせる。


「また後でお会いいただけるのですか! では私の家で開催予定の茶会に是非お越しください」

「私の家にも是非」

「今度屋敷で夜会を開くので、招待させていただいても良いでしょうか?」


 あ、そういう解釈になっちゃうのか。凄い勢いで次の約束を取り付けようとしてくる。でも俺は第二夫人を娶る気は無いし、そもそもここまでギラギラした瞳の女性は苦手なんだけど……


「誤解をさせてしまったのなら申し訳ないけど、私は第二夫人を娶るつもりはないんだ。君達にはもっとふさわしいお相手がいるよ」


 俺は少しだけ使徒様モードを発動して、なんとか威厳を出すようにそう突き放した。しかしちょっと可哀想だったかなと思って、最後に怒ってないという意味を込めて笑顔を向ける。

 すると隣にいたマルティーヌからさりげなく肘で突かれた。……何かダメだった? 


「まあとにかく、もう君達と話すことはできないんだ」


 マルティーヌにも合図されたし無理やり話を終わらせて、まだ話したそうにしている令嬢達を遠ざけた。そしてマルティーヌの方を振り返ると……、そこにはにっこりと、感情の読めない完璧な笑みを浮かべたマルティーヌがいた。

 ……俺、絶対に何かやらかしたんだ。


「あの、マルティーヌ? 俺何かやったかな……?」


 恐る恐る尋ねると、マルティーヌは顔に苦笑を浮かべてくれた。貴族の張り付けた笑顔よりも苦笑の方がよっぽどマシだ。


「そんなに怖がらなくても別に怒ってないわよ。でもそうね、レオンはもう少し自分の容姿について自覚した方が良いんじゃないかしら?」

「どういうこと?」

「さっき断った後に優しく微笑みかけてたじゃない。あれで当主に言われて無理やり話しかけてた令嬢達も、かなり本気になっちゃったわよ」


 ……俺の微笑みってそんなに凄いものだっけ? というか待って、マルティーヌがそう思うってことは、俺の微笑みはマルティーヌから見てカッコ良いと思ってくれてるってこと!?


「マルティーヌってもしかして、俺の容姿を好きでいてくれてるの?」

「……そんなの当たり前じゃない。レオンはかっこいいし時には可愛いし、凄く素敵よ」


 マルティーヌは当たり前だという表情でそう伝えてくれる。俺はその返答に自分でも驚くほど舞い上がった。俺の容姿ってもちろん日本人の時と比べたらどこの王子様? って感じなんだけど、この世界ではごく一般的だと思ってたから凄く嬉しい。


「……嬉しい」


 ちょっと照れくさいけど素直に嬉しい。レオンに転生させてくれたミシュリーヌ様、ありがとうございます! 今初めて心からミシュリーヌ様への感謝が湧き上がってきました!


「威厳はないけど良いの?」

「別に良いわ。それに威厳なんて時が経てば備わるのよ。私は今のレオンも好きよ」

「マルティーヌ…………俺もマルティーヌが好き。本当に可愛いし美人だし努力家だし笑顔は素敵だし」


 俺はニコッと可愛い笑顔を浮かべてくれたマルティーヌに感極まり、マルティーヌの良いところを羅列して思わず抱きしめようと手を伸ばすと……寸前でリュシアンに止められた。

 リュシアンが俺とマルティーヌの間に入ってきたことで、間違えてリュシアンを抱きしめそうになってしまう。


「ちょっとリュシアン、邪魔しないでよ」

「レオン、ここはパーティー会場だぞ? それにこの場でなくても婚約者を抱き締めるのはダメだ」

「……貴族って面倒くさい」


 俺がボソッと呟いたその声が聞こえたのか、リュシアンは呆れたような表情で肩をすくめた。


「もう大公なんだから諦めろ。ほら、そんなに抱きしめたいなら私が相手になってやるぞ」

「……リュシアンじゃ意味ないし。それにこんな場所でそんなことしたら、マルティーヌを抱きしめるよりよほど変な噂が広まるから!」

「ふふっ、確かに面白いぐらい噂が広まりそうね」


 揶揄うように両手を広げたリュシアンに俺が噛み付くと、マルティーヌは楽しそうに笑った。そんな俺達のところにステファンとロニーも食事を持って戻ってくる。


「二人で騒いでどうしたんだ?」

「ステファン様、レオンが私を抱きしめたいみたいだったので、両手を広げて待っていたのです」

「…………レオン、もしかしてリュシアンを?」

「ちょっと、盛大な誤解です! リュシアンもややこしいこと言わないで!」


 最近リュシアンには揶揄われっぱなしだよ……なんか悔しい。リュシアンの背が伸びて俺の背があんまり伸びてないのも悔しい!

 リュシアンと並ぶと俺がちょっと見上げないとダメなんだよね。ステファンもだ。ロニーは……まだ同じぐらいだな。ロニー、そのままでいてくれ。


「レオン、僕はレオンが誰を好きでも応援するよ。でも二股はダメだよ……?」

「ロニーまでそんなこと言う!?」

「ふふっ、はははっ、レオン必死だね」

「もう揶揄わないで」

「だって今、僕の背の低さを見て安心したでしょ」

「……え、何で分かったの?」

「レオンは慌ててる時とか全部顔に出るんだよね。だからすぐに分かるよ」


 最近はポーカーフェイスも頑張って練習してたはずなのに。まだ慌てたりすると忘れるんだよね……はっと気づいた時には顔の筋肉が好きなように動いてるんだ。


「ちゃんと顔に出ないように気をつける」

「でも私はレオンの分かりやすい表情も好きなのよね」

「マルティーヌ、本当?」

「ええ。でも貴族としてはポーカーフェイスを練習しないとね」

「うっ……分かってるよ」


 ちゃんと練習しよう。ついつい表情筋が動いちゃうんだ。貴族って心の中では笑ってても顔には出ないんだから凄い。俺は頬がピクピクしちゃうよ。


 そうしてまた五人で話をして楽しんでいると、今度は三人の令息達がやってきた。


「ジャパーニス大公様、お初にお目にかかります」


 五人で話してるにも関わらず、当たり前のように話しかけてくる。でもこのパーティーは緩いからこれもありなんだよね……緩いパーティーは楽だけど、こういう部分はやっぱり困るな。

 

 令息達は令嬢達とは違って、自己紹介はそこそこに領地の特産品についての話をひたすらしてきた。そして三人とも最後には、そんな領地にいる自分の可愛い妹って話になり、妹を第二夫人にってところに話は着地するのだ。


 妹の紹介がなくて領地の話だけなら面白いのに勿体無い……王都ではあまり出回ってない香辛料の話とか気になったんだけど。家名は覚えておいて、今度当主に連絡してみようかな。いろんな香辛料を集めたらカレーを再現できるんじゃないかなと最近は思ってるのだ。


「第二夫人を娶るつもりはないけれど、領地の特産品の話は興味深かった。気になったものについては今度正式に買い付けたいな。その時は当主宛に手紙を出しても良いかな?」

「は、はい。もちろんでございます!」

「ありがとう。その時はよろしく頼むよ」


 三人の令息達は俺のその言葉に顔を紅潮させ、最後は満足そうに去っていった。


「レオン、何か気になるものがあったの?」


 マルティーヌにそう聞かれたので、耳元に口を近づけてこそっと告げる。


「香辛料で日本の料理を再現できないかと思ったんだ」

「まあ、それは本当?」

「まだ分からないけどね。色々試行錯誤したら可能性はあるかも」

「そうなのね。楽しみにしているわ」

「うん。もし完成したら絶対にマルティーヌのところに持っていくよ」


 それからも時折やってくる令嬢、令息の話を適当に聞きつつ、俺は卒業パーティーを楽しんだ。卒業パーティーは予想以上に楽しくて、これから大公家でパーティーを開く時はこんなパーティーにしたいなと、そう思うほどだった。

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