第346話 リュシアンの今後

「二人でいるなんて珍しいね。どうしたの?」


 ソファーに座りながらそう聞くと、リュシアンが答えてくれた。


「昼過ぎに卒業試験の結果が二つ届いたんだ。確認してみると私とロニーの分だったからロニーを呼び、今は中身を確認して話をしていたところだ」

「そうだったんだ」


 ロニーの所属はジャパーニス大公家に変えてあるから、試験結果もここに届いたのだろう。


「それで……結果はどうだった?」


 少しだけ緊張しつつ二人にそう聞くと、二人は深刻そうな顔をして俯いてしまう。えっと……まさかダメだったとか?

 いや、でも普通は受からないんだからダメでも仕方ないよね。二年生で頑張れば良いんだし、ロニーも一年ぐらいは放課後しか働けなくても別に問題ないし。あっ、働かせすぎたのがダメだったのかな? もしかして勉強する時間が足りなかった……?


 それなら悪いことしたかも。じゃあ今年一年は回復の日だけ働いてもらうのでも……


「ふふっ……」


 そこまで考えて焦りまくっていたら、俯いた二人から笑い声が聞こえてくる。もしかして……


「二人とも、笑い声が聞こえてるよ!」

「こ、ごめんごめん……だって、レオンの慌て方が面白くて」

「ははっ、レ、レオン、予想以上の反応をありがとう」


 絶対に揶揄われた! 完全に引っかかったよ……うぅ、悔しい!


「二人とも酷い!」

「本当にごめんって。僕もリュシアン様もちゃんと卒業が認められたよ」

「はぁ……焦ったのに。とりあえずおめでとう」

「ありがとう」

「レオンの焦ってる顔が面白かったぞ」

「まだ言ってるし!」


 本当にリュシアンは人を揶揄うのが好きなんだから。


「そうだ、ステファンとマルティーヌも卒業できるってよ」

「そうなのか。全員無事に卒業だな」

「うん。ちょっとだけ寂しいけどね」


 王立学校を卒業したらそれぞれ忙しくなるし、今までよりも会うのは難しくなるだろう。特にリュシアンが一番会えなくなる。貴族家の嫡男は王立学校を卒業したら領地に戻って、父親から領地経営を学ぶのだ。


「確かに今までよりは会うのが難しくなるかもな。私も領地に戻らないといけない」

「やっぱりリュシアンは領地に戻るんだね。いつ頃に戻るの?」

「春の月を祝うパーティーが終わってからだ。父上と母上と一緒に領地に戻るぞ。そして戻ったら父上の補佐をしながら領地経営の勉強だな」


 じゃあ後一週間か、長くても二週間ぐらいで領都に行っちゃうってことだよね……やっぱり寂しいな。


「レオン寂しいのか?」


 リュシアンが揶揄うような表情を浮かべる。なんか認めるのは悔しいけど……それは寂しいでしょ! だって一年間同じ屋敷で暮らしてたんだし。


「ちょっとだけだよ、ちょっと寂しいかなって」

「ははっ、ありがとう。私も少し寂しいぞ。領地に戻ったら遊び相手もいないからな」

「同年代の貴族が全くいないんだよね」

「そうだな。しかし領地に戻ったら覚えることばかりで遊ぶ時間なんてないだろうし、仕方がないことだ」


 そうかもしれないけど……、ちょっとぐらいは息抜きがあった方が仕事にも集中できたりするよね。俺が公爵領の領都まで行けないかな。転移は流石に遠すぎてまだ無理だ。隣の街までなら辛うじて行けるかもしれないけど、そこで魔力が尽きて回復するまで待機しないとだし。

 待機している時間で馬車を進めたとしても……領都まで二日はかかるだろう。


 それならファブリスに乗っていった方が早いかもしれない。公爵領の領都へは魔物の森に行くよりも近いから、ファブリスに飛ばして貰えば一日もかからないかも。街道を通るのは他の人を驚かせちゃうから、ちょっと外れた場所を走っていけば良いだろうし……


「俺がファブリスに乗って遊びに行くよ。多分ファブリスなら一日で着くと思うんだよね。途中まで一緒に転移すればもっと早いだろうし」


 俺のその提案にリュシアンは嬉しそうに破顔する。


「確かに神獣様ならば領都までの距離も遠くないのか」

「うん。ファブリスは走るのめっちゃ早いから」

「そうか。それならレオンが来るのを楽しみにしてるぞ。ロニーも是非来てくれ」

「ありがとうございます。……でも僕も神獣様に乗せてもらえるのかな?」

「うーん、それは問題ないと思うよ。俺が信頼してる人なら誰でも乗せるって言ってくれたし」


 俺はそう答えつつ、応接室から屋敷の外を眺めた。この応接室からはちょうど屋敷の庭が見えるようになっていて、庭で寝そべるファブリスが見えるのだ。


 特注で作ってもらったファブリス専用のベッドに気持ちよさそうに寝ている。ただ本人曰く目を瞑っているだけらしいんだけどね。基本的にはあのベッドの上にずっといて、朝昼晩の三度の食事の時のみいそいそと起き上がってくるそうだ。そして食事を堪能したらまた寝る。


 完全に怠惰な食べて寝るだけの生活だよ……たまには運動とかさせた方が良いのかな。ファブリスの散歩のためにも公爵領に行くのはありかも。


「それなら僕もお願いしようかな。リュシアン様の領地には海があると聞いて、一度行ってみたかったのです」

「ロニーは海に興味があるのか。凄く広くて綺麗だぞ」

「ロニーとステファン、マルティーヌも連れて公爵領の領都に行けたら良いよね。ステファンとマルティーヌは難しいかな……」


 さすがに王族を好き勝手に連れ回せないかな。……でも使徒である俺と神獣であるファブリスがいれば、万に一つも危険なことは起きないはず。もうこの世界に魔人はいないし、命が脅かされるような脅威はない。

 今度提案してみるのもありかもしれないな……、まずはアレクシス様を説得しないと。


「お二人は難しいかもしれないが、来ていただけたら嬉しいな」

「アレクシス様にも頼んでみるよ。名目上は視察とかにすれば行けるかもしれないし」

「楽しみにしているぞ。そういえばロニーはレオンのところで働くんだよな?」


 リュシアンが話を変えてロニーに問いかけた。するとロニーは誇らしい表情でしっかりと頷く。


「はい。ジャパーニス大公家の文官として雇っていただいたので、これからは大公家のために必死で働きます」

「そうか、頑張れよ」

「ありがとうございます」


 うんうん、この二人もどんどん仲良くなってくれて嬉しいな。ロニーの人脈って凄いことになってるよね。そのうちロニーも何かしらの爵位が得られると良いんだけど……やっぱり明確な身分があると違うだろうし。


「そういえば、レオンは卒業パーティーに出席するのか?」

「うん、出席する予定だよ。リュシアンは?」

「もちろん参加するぞ。ロニーもだろう?」

「僕も参加予定です。せっかく参加資格のあるパーティーなので、逃したら損かと思いまして」


 確かに平民は貴族達が出席するパーティーに出られることなんてないよね。良い思い出になるだろう。


「じゃあ皆で楽しもうか。卒業パーティーってどんな感じなのかな?」

「堅苦しいものじゃなくて、入退場自由で飲み食い自由の緩いパーティーだと聞いたぞ。まだ婚約者が決まってない貴族達が相手探しに躍起になる場だな」


 うぇ〜、それ一気に行く気無くなるんだけど。でもマルティーヌと婚約してるし、さすがに声はかけられないよね……?


「レオンには令嬢達が群がるだろうな」

「え、やっぱりそうなるかな。マルティーヌがいても?」

「王立学校は身分関係なく平等だと謳っているだろう? いつもは身分をひけらかすくせに、そういう時だけ都合よく決まりを持ち出してくるんだ。卒業パーティーを逃したらレオンに直接声をかける機会なんてないようなものだから、無礼でも寄って来る者は多いだろうな」

「マジか……一気に憂鬱だよ。そういえばリュシアンは婚約者って決まったの?」


 前に候補は絞られてるけど決まってないって話してたけど、そろそろ決めないとだろう。


「まだ決まってないな。少し前にいくつもの貴族家が取り潰しになっただろう? その影響で貴族は混乱しているから、もう少し落ち着いてから正式に決めようって話になってるんだ」

「……そうなんだね。じゃあ卒業パーティーの時はリュシアンに盾になってもらえるか」


 婚約者のいない公爵家嫡男なんて、婚約者がいる大公よりも絶対に優先順位高いよね。リュシアンと一緒にいれば俺に来る令嬢は減りそう。


「なんでそうなるんだ。私はレオンの盾になんてならないぞ」

「ここは俺を助けると思って……!」

「というかレオン、二人で一緒にいたら寄ってくる令嬢達が倍になるだけだと思うぞ。あまり意味はなさそうだ」


 確かにそれはあり得る……じゃあもう諦めるしかないのか。普通は可愛い女の子にちやほやされるなんて喜ぶべきことなんだろうけど、貴族令嬢って基本的に怖いんだよね。瞳の奥がギラギラしてて、獲物を狙う狩人みたいなんだ。うん……できる限り逃げよう。そしてマルティーヌに助けてもらおうかな。


 いや、さすがにそれは情けなさすぎるか。


「ロニーはどうなの?」

「え、僕?」


 ロニーはこの流れで自分に話が来たことに心底驚いてるみたいだ。でもロニーだっていずれは結婚するかもしれないよね。


「ロニーに貴族令嬢が群がることはないだろうけど……好きな子とかいないの?」

「うーん、いないかなぁ。だって王立学校にいるのって貴族令嬢ばかりだし。同じクラスにいるのは騎士になりたい強い感じの人ばかりだし……」

「……まあ確かにね。じゃあ他は? 例えば同じ孤児院出身の女の子とか。エマとかキアラとかいるでしょ?」

「エマとキアラは…………好きな人とかじゃなくて家族って感じなんだよね。リズと同じような認識というか」


 同じ孤児院で小さな頃から育つとそんな認識になっちゃうのか。じゃあ……待って、他にはロニーの周りに女の子っていないじゃん。出会いがなければ好きな子なんてできないよ。


 ……まあまだ十一歳だし焦る必要はないのか。普通はこの歳で恋愛に焦ることなんてないよね。俺も貴族の考えに染まってきたなぁ。

 ロニーが結婚したいって言ってきたら、盛大にお祝いをする心の準備だけはしておこう。


「そんな認識なんだ。皆が家族ってやっぱり良い孤児院だね」

「うん! あの孤児院に入れて良かったよ」


 それからもリュシアンとロニーといろんな話をして、とても充実した時間を過ごした。

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