第344話 卒業試験 後編
「実はレオン様からアドバイスいただいた野菜中心のレシピが数点完成いたしまして、このレシピをダリガード男爵家で使用しても良いか伺いに参りました」
「レシピができたのですか!」
「はい。まだ改良する部分などはたくさんありますが、基本となるレシピは完成いたしました」
「それはおめでとうございます。……そのレシピをダリガード男爵家で使用することに私の許可が必要なのでしょうか?」
俺は最初の頃に本当に少しアドバイスしただけで、ほとんど関与してないのに。
「アドバイスいただいて完成したものでございますので、やはり報告は必要かと考えた次第です」
そういうものなのか……確かに後から権利を主張されても困るよね。こういうのは最初にきっちりやっとかないとだ。
「丁寧なご報告感謝いたします。レシピについてはステイシー様のものですので、私は一切権利は主張しません。ステイシー様がお好きなように使用してください」
「かしこまりました。ありがとうございます」
ステイシー様は再度綺麗な所作で頭を下げた。そして無駄な話は一切せずに別れの挨拶を始める。
「本日は私のためにお時間をくださり感謝いたします。では御前失礼いたします」
やっぱり俺が大公となっちゃったことで、男爵家の娘であるステイシー様は俺に今までのように話しかけられないんだろうな。それにもう婚約者がいる身として、ステイシー様と屋敷で会って話すっていうのも避けるべきだろうし。仕方がないんだけどちょっと寂しいな……
「ステイシー様」
俺は教室から出て行こうとするステイシー様を、思わず呼び止めた。
「ステイシー様が完成させたレシピをもとにお店を始めるとなった時には、ぜひジャパーニス大公家も協力させていただけたら嬉しいです。例えば卵不使用のスイーツや乳製品不使用のスイーツなど、ステイシー様のお店に適しているかと思いますし、需要も存在すると思います。我が家で開発したものをステイシー様のお店に卸すという形でも構いません。まだ先のことだとは思いますが、頭の片隅にでも覚えておいていただけたら幸いです」
そしてこれから先にも繋がりそうな提案をする。これからも友人としての関係を続けていきたい、そしてダリガード男爵家に少しでも恩返ししたい、そんな気持ちからの提案だったけど……迷惑だったかな。
少し緊張しつつステイシー様の反応を待っていると、ステイシー様は植物を前にした時のような無邪気な笑顔を浮かべて頭を下げた。少なくとも迷惑ではなかったみたいだ……良かった。
「過分なご配慮感謝いたします。では私がお店を開くことができた暁には、ジャパーニス大公家にご連絡をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。楽しみにしていますね」
そうして最後に約束を交わしてステイシー様は教室を出て行った。この立場だと友達と会うのにも、何かしらの理由がないといけないっていうのが大変だ。
多分この後でダリガード男爵家には他の貴族家からそれとなく探りが入るのだろうし、ステイシー様と仲良くなろうとする貴族子息子女も増えるだろう。
やっぱり貴族って、特に高位貴族って面倒くさい立場なんだな。ダリガード男爵家の様子はそれとなく情報として集めることにしよう。俺の言動がきっかけでピエール様達が大変なことになってるなんて、そんな事態は避けたいからね。
「ねぇレオン、さっきの人ってヨアンが前に働いてたダリガード男爵家の人?」
「そう。ステイシー様っていうんだ。一時期はダリガード男爵家の厨房を借りてたから、その関係で仲良くなったんだよ。それに回復魔法の授業も一緒だったし」
「そうなんだ。存在は知ってたけど初めて会ったよ。凄く可愛い人なんだね」
「え、本当? 本当にそう思った?」
ロニーから誰かが可愛いとか初めて聞いた気がする。でも確かにステイシー様は可愛いけどね。マルティーヌは美しさもある可愛さなのに対して、ステイシー様はとにかく可愛いを追求した感じだ。見た目だけならふわふわしてておっとり可愛いって感じかな。
「うん。貴族様にしては珍しいタイプかなって」
「……確かに言われてみればそうかも」
貴族女性って顔は整っていても雰囲気がキツいというか……強い感じというか、まあとにかく凛々しさが滲み出てる人がほとんどだ。でもステイシー様は見た目にそれを感じさせない。
……そう考えるとステイシー様って結構凄いのかも。実際はしっかりしてるけど、それを表に出さないのだから。
「もしかしたらこれから先、お店のことで関わることがあるかもしれないから、その時はよろしくね」
「分かった。覚えておくね」
「うん」
そこまで話したところで二十分が過ぎ、筆記試験が始まる時間となった。そこで俺は頭を切り替えて試験に集中することにする。
試験の内容は一年生ではまだ習ってない部分も含まれるのでかなり難しいけれど、教科書を先取りして勉強した成果でなんとか解いていく。計算や読み書きは日本の教育に感謝しつつスラスラと解いていく。
――そうして全ての教科の試験が終わった。本当に、本当に疲れた。ずっと全力で試験を受けてるのってこんなに辛かったっけ。
「レオンどうだった? 試験できた?」
ちょっと疲れた様子のロニーにそう聞かれ、俺は机に突っ伏したまま顔だけをロニーの方に向ける。
「何とか……ロニーは?」
「僕も頑張ったけど、多分大丈夫だと思う……ぐらいかな。ちょっと難しかったよね?」
「うん、歴史の試験が特に難しかった」
「僕は数学かな。最後の問題の答えがちょっと自信なかったんだ」
「ああ、あれか。確かに難しかったよね」
そんな会話をしつつだらっと机に体を預けていると、他のクラスメイト達も試験の出来を周りの人と話し始めた。やっと俺がいることにも慣れてくれたのかな。
それから数十分ほど雑談しつつ教室で待機していると、職員の人が教室にやって来て剣術の試験の順番が来たことを告げられた。
職員の案内で訓練場に向かって服を着替えると、ランダムに五つの列に並ばせられる。俺が一番右側の列でロニーは真ん中の列になった。
まだ前に十人はいるからしばらく待機だな……そんなことを考えつつ何となく周りを見回していると、前の方にリュシアンがいるのが見えた。
あっ、マルティーヌもいる。マルティーヌはシュッとしたシンプルな訓練着に身を包み、髪を高い位置に結い上げていた。
やっぱり普段のドレス姿も良いけど、この姿もいつもとのギャップがあって良いんだよね……カッコいいし可愛い。最近は王立学校に通えなかったからこの姿を見るのも久しぶりだ。
たまにはマルティーヌと一緒に剣術の鍛錬をするのもありかも……今度提案してみようかな。
そんなことを考えつつマルティーヌのことをぼんやりと見つめていると、視線を感じたのかマルティーヌが後ろを振り返った。そして俺と目が合うとふわっと笑いかけてくれる。
うぅ……可愛い、反則だ。この姿での笑顔はいつも以上の破壊力だよ。俺はギャップに大ダメージを受けつつ、何とかにこやかに笑い返した。
やっぱり学校という場所で会うのもいつもとは違った良さがあるよね……もう一年間王立学校に通いたくなってきた。
「次っ、マルティーヌ・ラースラシア」
「はいっ!」
マルティーヌの順番が来たみたいだ。名前が呼ばれると凛とした声音で返事をして、数歩前に出て試験官から木剣を受け取る。
「では始めっ」
試験開始の合図とともに、マルティーヌは垂直の振り下ろしから素振りを開始した。剣術の試験は素振りの形を見ることと、規定数を遅れずに素振りできるかの体力を見るものだ。
剣を振るたびに艶やかな金髪が揺れて本当に綺麗、それに素振りの姿勢も洗練されている。そんなマルティーヌの素振りにかなりの人数が見惚れているらしく、皆の視線を集めているようだ。
マルティーヌのことを自慢したい気持ちと誰にも見せたくない気持ち、両方がせめぎ合って……ちょっと複雑な気持ちになる。でもどちらかといえば誇らしさの方が強いかもしれない。この素振りは努力の賜物だよね。
それから数分間剣を振り続け、マルティーヌの剣術の試験は終わった。思わず拍手を送りたくなる美しさだった。
そしてその後はすぐに自分の順番もやってきて問題なく剣術の試験は終わり、場所を移動して魔法の試験も受けて卒業試験は終了となった。最後に学生気分を味わうことができて、大変だったけれど満足な一日となった。
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