第343話 卒業試験 前編

 遂に今日は王立学校、卒業試験の日だ。この日までに魔物の森から帰ってこられて本当に良かったと思っている。やっぱりせっかく入学したのだから、ちゃんと試験を受けて卒業したいよね。

 秋の休みに魔物の森へ遠征をしてそこで使徒だと分かり、それからは全く学校に行っていないのでかなり久しぶりの登校だ。


 俺は久しぶりすぎて少し緊張しつつ王立学校へ向かうための準備をし、リュシアンと共に馬車に乗った。


「……本当に久しぶりだ」

「秋の休み明けから登校していなくて、今はもう冬の終わりだからな。ひと月も過ぎてるぞ」

「そうなんだよね。うわぁ、魔物の森に行ってたら一気に月日が進んじゃった気がする」

「そういう感覚になるのか……? まあでも試験に間に合って良かったな」


 本当に間に合って良かったよ。この日に間に合わなかったら、もう学校に入ることもなかったかもしれないし。半年以上通ってればやっぱり愛着は湧く。最後に王立学校の様子を目に焼き付けておこう。


 ……まあ、入りたいと思えばいつでも入れるんだけど。転移もあるからね。


「それよりも試験は大丈夫なのか? 忙しくて勉強もできてないだろう?」

「そうなんだよね……でも隙間時間で復習してたし、多分大丈夫だと思う。ちょっと危ないのは歴史かな」


 俺って暗記が苦手なのだ。政治や経済の授業内容は実際に使う知識だから覚えられるんだけど、歴史は日常で使わないし詰め込んでもすぐに忘れてしまう。……でも昨日の夜に頑張ったから、大丈夫だと思いたい。


 リュシアンとそんな会話をして少し不安を感じながらも馬車に揺られ、王立学校に到着した。


「なんか懐かしいって感じかも」


 馬車から降りて感じたのは懐かしさだ。約一年前には入学試験のためにここに来たんだよね……この一年で立場変わりすぎだよ。

 リュシアンと共に教室に向かって歩いていると、周りの生徒がギョッとしたように二度見してくる。さらにその場に跪く人もちらほらといる。


 前は完全に下に見られてて居心地が悪かったけど、敬われるのも居心地が悪いんだな……

 そうして色んな人にジロジロと見られつつ、何とか教室まで辿り着き中に一歩入ると……、さっきまで騒々しかった教室が途端に静かになる。しかも皆が俺を凝視している。


「えっと……、おはよう?」


 とりあえず挨拶をしてみたら、教室内は蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。ガタガタッと机や椅子の音を立てながら、皆はその場に跪いていく。


「ジャパーニス大公様、おはようございます」


 そしていつもクラスの中心にいた男の子がそう挨拶をすると、それに続いて他の人にも挨拶をされた。数人事態を飲み込めずに突っ立っている人は、俺が使徒であるということを知らないのだろう。相当驚いている。

 しかしその生徒も近くにいたクラスメイトに無理矢理引っ張られ、その場に跪かされていた。


 この事態どうすれば良いんだろう……


「あの……皆、そんなに跪いたりしなくても良いよ? 王立学校は平等が原則だし、今まで通りで良いからね。それに今日が最後だしさ」


 とりあえずそう言ってみたけど誰も立ち上がってくれない。うぅ……誰か助けて。俺がクラスメイトの態度に困り果てていると、後ろのドアが開き教室にロニーが入ってきた。ロニーは中に入った途端に異様な空気に気付いたのか一瞬固まり、その後に俺をみて深く理解したように頷いた。ロニー、そこで頷かないで!


「レオンおはよう。なんか凄いね」

「ロニー!! おはよう!!」


 俺はロニーが普通に話しかけてくれたことが嬉し過ぎて、思わず食い気味に挨拶を返した。するとロニーは苦笑しつつ自分の席に座る。


「レオンも座れば? レオンが立ったままだと皆が座れないんじゃない?」

「確かに……」


 俺が急いで自分の席に座ると、皆がゆっくりと動き出してそれぞれ自分の席に座った。しかし誰も喋らないので教室内はシーンと静まり返っている。

 なんか悪いことしちゃったかな。王立学校最後の日かもしれないのに、こんな雰囲気にして。


「ねぇロニー、どうすればいつも通りになるかな?」


 俺はロニーに小声で解決策がないか聞いた。するとロニーには首を横に振られる。


「レオンがいる限り無理だよ。今日だけだしこのままで良いんじゃない?」

「でも、今日が王立学校最終日でしょ?」

「そうだけどここは一年生クラスだよ。多分ほとんどの皆はこのまま二年生になるから大丈夫」

「あ……、そういえばそうだったね。じゃあ気にしなくても良いか」

「うん、そう思うよ」


 俺はその事実に少しだけ安心して、クラスメイトに今日だけはごめんねと内心で謝り静かに席に座っていた。そしてしばらく待っていると、担任のオーブリー先生が入ってくる。先生は教室に入って一瞬ギョッとしたように目を剥いたけど、俺の姿を視界に捉えて納得したのか深く頷いた。やっぱりそこで納得するんだね……


「おはよう。皆も既に知ってるかと思うが今日は王立学校の卒業試験だ。この学校の卒業試験はどの学年の生徒も例外なく受験し、合格点に達した者は一年生であっても卒業できることになる。一年での卒業は今後の人生で一目置かれることにもなるので頑張るように。では試験の流れを説明しよう」


 それからオーブリー先生の説明を聞いたところによると、試験は各科目三十分ずつ行われるらしい。科目の間には休憩が十分間あり、午前中に四教科と午後に五教科の筆記試験が行われる。そして筆記の後には剣術と魔法の試験があるそうだ。


「筆記試験は全てこの教室で行うので、試験開始時間の五分前にはできる限り席に座っているように。そして昼食はいつも通り食堂が開いているのでそこで食べてくれ。筆記試験が終わったら学年ごとに剣術の試験だ。二年生が終わる頃に職員が呼びに来るだろうから、それまでは教室で待機だな。何か質問は?」


 オーブリー先生がぐるっと教室を見回したが誰も手を上げなかったので、そのまま説明は終わりとなった。もっと元気が良いクラスだったはずなんだけど……本当に身分って大きいんだなと実感する。


「じゃあ一つ目の試験開始までもう少し待っているように。健闘を祈る」


 一つ目の試験が始まるまでは後二十分ぐらいか。それまでこの気まずい雰囲気が漂う教室にいるのは居心地が悪い。……トイレにでも避難しようかな。


 そう考えて立ち上がろうとした時、俺の机に影ができる。誰だろうと上を見上げると……そこにいたのはステイシー様だった。


「ジャパーニス大公様、こうしてお声がけする御無礼をお許しください」

 

 ステイシー様は、普段のちょっと不思議な雰囲気を全く感じさせない完璧な所作で挨拶をした。ダリガード男爵家にも最近は訪れてないし王立学校にも通ってないし、ステイシー様と会うのは本当に久しぶりだ。


「ステイシー様お久しぶりです。顔を上げてください」

「ありがとう存じます。今はお時間大丈夫でしょうか? レオン様はジャパーニス大公様となられましたのでお屋敷に招待するわけにもいかず、本日は直接お声がけさせていただきました」

「今は暇を持て余していたので大丈夫ですよ。何かありましたか?」


 俺のその言葉にステイシー様は少しだけ顔を綻ばせる。やっぱりこの子って普通に可愛いよね……ピエール様達はかなり心配してたけど、嫁ぎ先も見つかると思うんだけどな。ちょっと植物大好きで不思議なところもあるけど、普段は凄くしっかりとしているし。

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