第342話 降誕祭について

 今はちょうどお客さんがいないということで、馬車から降りて正面から店内に入った。中に入るとルノーは感嘆の声をあげる。


「……内装、とても素敵ですね」

「本当? 内装はかなりこだわったから、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「そうなのですね」


 ルノーは机や椅子の質からその配置、絨毯やカーテンの色合いなどまでしっかりと確認しているようだ。そうしてぐるっと店内を回り、最後にやってきたのはショーケースの前。少しだけ身を屈めて中を覗き込んでいる。

 今ショーケースの中には、今日予約のケーキでまだ受け取りに来ていないものだけが入っている。ショートケーキが二つにロールケーキが一つだ。


「これはガラスですよね? こうして商品を並べているのは新鮮ですね……」

「この中は魔法具を使って常に冷やされた状態になってるんだ。だから展示用の冷蔵庫って感じかな」

「中は冷えているのですか!? ……素晴らしいです」


 それからしばらくショーケースをいろんな角度から見て周り、やっとルノーが満足したので奥に向かう。


「アンヌとエバンも来てね。他の皆はお店をよろしく」

「かしこまりました」


 ルノーのことを紹介するためにアンヌとエバンを呼び、さらに厨房からヨアンも呼んで皆で休憩室に入った。

 そしていくつか椅子を追加して全員が座ったところでルノーを紹介する。


「紹介するね。この人はジャパーニス大公家で、ロニーと一緒に文官として働いてくれるルノーだよ」

「ルノーと申します。今までは王宮で文官として働いていました。これからよろしくお願いいたします」


 ルノーが簡単な自己紹介をしたところで、俺はアンヌ、エバン、ヨアン、アルテュルのことを紹介した。この四人とはこれから関わることも多いだろうから。


「アンヌさん、エバンさん、ヨアンさん、アルテュルさんですね。よろしくお願いいたします」

「これからは大公家の主要な使用人同士、職務は違うけど情報交換しつつよろしくね」

「かしこまりました」

「よしっ、じゃあルノーの紹介はこの辺にして、一つ話があるんだ」


 俺はそう前置きをして、降誕祭に向けて色々考えたアイデアをまとめた紙を取り出した。そしてそれを見せながら皆に話をする。


「実は今年から、ミシュリーヌ様の誕生を祝う降誕祭というお祭りを開催することになったんだ。日時は夏の月第一週回復の日。……皆はクレープを知ってるよね? 実はクレープってミシュリーヌ様の好物で、穢れを祓うという意味も込められてるんだって。だからそのお祭りの日は、さまざまな憂を祓うために皆でクレープを食べるんだ。そこでこのお店でも、降誕祭に向けた特別なクレープを売り出したいと思ってる。貴族向けだから基本はミルクレープかな」


 俺はそこまで説明したところで一度言葉を切り、皆の顔を見回した。すると全員が真剣な表情を浮かべながらも、どこか嬉しそうに顔を緩めている。


「それは素晴らしい催しだよ」

「ええ、ミシュリーヌ様の誕生を祝わせていただけるなど……光栄でございます」


 ロニーがポツリと呟いた言葉にアンヌが肯定の意を示す。予想以上に皆にスッと受け入れられたみたいだ。

 やっぱりお祭りって楽しいし、何よりも最近はミシュリーヌ様の存在が広く知られているからこそだろう。それはひとえに俺が使徒として頑張って名を広めてるからであって……うん、ミシュリーヌ様に何かしらご褒美をもらわないとだな。


「レオン様、特別なミルクレープとはどのようなものでしょうか!」


 ヨアンはやっぱりブレずに、特別なミルクレープに惹かれたらしい。


「それはヨアンにも考えて欲しいんだけど、俺も一応考えてきたから提案するね。まずこのお店で売るのは貴族向けの豪華なものだから、とにかくいつもより見た目を派手にしたいんだ」


 いつものミルクレープは生クリームとフルーツソースのみで作ってるから、豪華というよりも優美という感じだ。そのミルクレープを、降誕祭の時だけは豪華にして特別感を出したい。


「ミルクレープに果物を載せたり、生クリームを上に盛り付けても良いかもしれない。それから食用のお花があるよね? あれを使うのもありかな。あとはミルクレープに載せるために小さく焼いたクッキーを飾るとか。お花の形やドレスの形とか……色々とクッキーで作れると思うんだ。色も野菜を練り合わせたら色々と作れると思う。カボチャで黄色とかね」


 そこまで俺の話を聞いたヨアンは瞳を輝かせて立ち上がった。そして拳を握り締めて天井を見上げる。


「レオン様……たくさんのアイデアが思い浮かんできました! 今すぐに実践してみたいです。クッキーに野菜を練り込むなど……今まで考えたことがありませんでした!」

「それなら良かった。じゃあヨアンはいつもの業務と並行して降誕祭のメニュー作りをお願いね。大公家の屋敷が完成したら新商品開発だけに専念できると思うから、それまでは無理しすぎないように」


 ヨアンはストンッと椅子に戻ると大きく頷く。


「かしこまりました。ではシュガニスが開店するまであと少しの期間は、後継の育成に力を入れます」

「よろしくね。じゃあ降誕祭のメニューはヨアンに任せるとして、次は予約のことなんだ。ギリギリの予約だと混乱すると思うから早めに予約開始したいんだよね。でもどうしようか、メニューが決まってないとやりづらい?」


 というかそもそも、降誕祭を行うってことを貴族に公布してからじゃないとダメか。多分早めに公布するだろうけど……情報が行き渡るまで一週間はかかるかな。

 今から一週間経ったら、本当にあと少しで開店のタイミングだ。そうすると予約と開店が被って混乱するよね……


「やっぱりメニューが決まってた方が良いと思うな。どんなケーキなのかって聞かれて、すぐに答えられないのも困るし」


 俺がぐるぐると悩んでいるとロニーがそう意見をくれたので、やっぱり予約開始はもう少し先にすることに決めた。


「じゃあ予約の開始は、シュガニスが開店して数週間経ってからにしよう。ヨアンにはそれまでにメニューを決めて欲しい。それから、その頃の店長はアルテュルだけど大丈夫?」


 俺のその問いかけに、アルテュルは頼もしく頷いてくれた。


「もちろん問題ありません。しかし一つだけ提案しても良いでしょうか?」

「もちろん。何かな?」

「降誕祭当日のことです。ほとんどの貴族は当日の朝早くに受け取りたいと希望するかと思いますが、さすがに同じ時間に受け渡しは不可能ですし、作る方も間に合わないと思います。なので降誕祭の二日ほど前から臨時休業とし、料理人はミルクレープ作りに邁進、さらに下位貴族から順に受け取りに来てもらうというのはいかがでしょうか?」

「それは、下位貴族はミルクレープを降誕祭の二日前に受け取るということだよね?」

「仰る通りです」


 うーん、これは悩むな。確かに作るのにも時間がかかるし受け取りも分散したいけど……二日前だと当日までケーキが保つのか心配だ。

 基本的には当日に、遅くとも翌日までには召し上がってくださいと明言してるし、それを曲げるのも微妙だよね。


 でも当日だけでは作りきらないことは確かだし、前日を入れても間に合うかどうか。どれぐらい予約が入るかにもよるけど……ここは謙遜せずに、かなりの数を予想しておいた方が良いだろう。


「確かにどれほどの量が当日に作れるのかって問題はあるね。……ここは思い切って、数量限定にしようかな。高位貴族から降誕祭でのミルクレープ予約についての案内を送って、早い者勝ちで数量限定。そして予約できなかった人は、降誕祭が終わった後に優先的に予約できる権利をあげるとか……どうかな?」


 俺のその提案にアルテュルは少しの間だけ考え込み、俺の意見を採用してくれた。


「確かに数量を限定してしまうのは良いかと思います。高位貴族と中位貴族だけならばそこまで多くもないので、全ての家から予約が入っても問題ありません。下位貴族は早い者勝ちでも問題ないでしょう」

「じゃあ今話した方法で予約をするから準備をお願いね」

「かしこまりました」


 これで降誕祭用の豪華なミルクレープと、その予約も問題なくできそうだ。


 そうしてシュガニスで色々と話し合い、俺はロニーとルノーと共に公爵家に戻ってきた。本当に開店まであと少しになってきた。なんだか楽しみだな。

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