第341話 ロニーとルノー
ロジェが部屋から出ていき数分後、ロニーを連れて応接室に戻ってきた。
「失礼いたします」
ロニーはしっかりと頭を下げて俺に挨拶をする。こうして見てるとロニーの仕草って、他の使用人に全く引けを取っていない。それって結構凄いことだよね。
「ロニー座って。ここではいつも通りで良いから」
「……良いの?」
「うん。いつもと違うのはルノーがいるぐらいだし。あっ、紹介するね。ロニーの上司になるのかな。王宮の文官として働いてたルノーだよ」
俺のその紹介に、ロニーはソファーに座る前にきっちりと挨拶をした。
「ルノーさん初めまして。ロニーと申します。文官としてはまだまだ未熟ですので、ご指導いただけたら嬉しいです」
「ああ、よろしくな。俺は孤児院出身の平民だし、そんなに固くならなくても良いぞ」
「そうなのですか? 僕も孤児院出身です」
「そうなのか! まさか他にもそんなやつがいるなんてなー。この国で孤児院出身で貴族社会にいるのは大変だろ」
ルノーは色々な記憶を思い出しているのか、悲しいような寂しいような、それでいて少しだけ懐かしいような、そんな表情を浮かべた。
「確かに大変なことも多いです。しかし僕にはレオンがいましたので、レオンに助けられて楽しく過ごせています」
「そういえば……レオン様は元は平民でしたっけ? 前に噂で聞いたような……」
「そうだよ。俺達家族は元々王都の外れにある小さな食堂をやってたんだ。使徒だからってことで今はこんな立場になっちゃったけど、やっぱり考え方とかは平民時代のものが抜けなかったりするんだよね。だから使用人の皆が敬ってくれるのはありがたいんだけど、もっと態度を崩してくれても良いのにって思っちゃうんだ」
俺がそう本音を打ち明けけると、ルノーは納得したのか大きく頷いた。
「だから礼儀や敬語については気にしないとか、そんな言葉が出てくるんですね。最初に聞いた時はそんな貴族がいるのかって驚きました」
「まあ貴族にはほとんどいないよね。身分を弁えないといけない場所もたくさんあるし。だから二人にも俺に対してしっかりとした態度で接してもらうときもあると思うんだけど、こうして三人で話してる時とか、屋敷の中では砕けた感じで良いからね」
「分かりました」
「僕も分かったよ」
文官として雇ったのがルノーで良かった。親しみやすいし頭も柔らかそうだ。ロニーとも仲良くなってくれそうだし、俺も仲良くなれそう。
「じゃあお互いに打ち解けてきたところで、これからの仕事の話をしようか。まず大公家は領地を持たないから、他の貴族家みたいに領地経営の仕事は今のところないんだ。その代わりに大公家で運営しているお店についての仕事をしてほしい。それからもちろん大公家の経理もお願いしたい。使用人の給与とか消耗品の購入や食費とかね」
俺のその言葉にルノーとロニーはそれぞれ鞄から紙とペンを取り出して、簡潔に俺の話をまとめ始めた。気が合いそうな二人で良かった……良い師弟関係になれそうだよね。
「かしこまりました。どのようなお店なのでしょうか?」
「シュガニスって名前でスイーツ専門店だよ」
「……聞いたことがあるような、ないような。申し訳ございません」
ルノーは貴族の流行りなんて興味なさそうだもんね。それにまだ平民には広まってないし予約のみだし。
「まだ正式開店してないから知らなくてもしょうがないよ。最近貴族の間で流行ってるんだ」
「今は貴族様向けに予約のみの販売ですが、利益はこのぐらいです」
ロニーが鞄から一枚の紙を取り出してルノーに渡し、ルノーはそれに目を通すと驚愕に目を見開いた。
「なんだこの利益は……どれだけ儲かるんだよ」
そしてポツリとそう呟く。そこまで驚いてもらえるほど利益が出てるのなら良かった。貴族向けで利益を確保しないと、平民向けは利益が少なくなるだろうから。
平民向けは目指せ薄利多売だ。
「春の初めに正式開店の予定なんだ。それから平民向けのスイーツ店も出店したいと思ってるし、まだ先だろうけど食事処も始めたいんだよね」
「……かしこまりました。ではそれも今後の予定に入れておきます」
「お願いね。……それで、実際にお店を見てもらった方が良いかな?」
「ご案内していただけるのであれば是非。どのようなお店なのかは見に行くのが一番早いですから」
やっぱりそうだよね……この後時間もあるし、二人を連れてお店に行こうかな。降誕祭の話もヨアン達にしたかったからちょうど良い。
「じゃあ早速今から行こうか。もうお客さんは来店してる時間かな?」
「うん、時間的にはそうだね。でも予約した商品を取りに来るだけだからお客様がいない時間も結構あるし、店内も見てもらえると思う。とりあえず最初は裏口から入れば大丈夫だよ」
「それなら良かった。じゃあお昼までに戻って来れるように早めに行こうか。ロジェ、馬車の手配をお願いね」
「かしこまりました」
それからロジェが馬車を手配してくれるのを少し待ち、ルノーとロニーと共にシュガニスに向かった。
「レオン、僕が裏口から入ってお客さんがいるか確認してくるよ。もしいなかったら表から入れるだろうし」
「確かにそっか。じゃあお願いしても良い?」
「うん。ちょっと待ってて」
ロニーが馬車から降りて裏口に向かうのを見届けると、馬車の中は途端に静かになる。ルノーはシュガニスの外観をじっと観察しているようだ。
「ルノー、外観はどうかな? ルノーの目から見て改善した方が良いところとか思い浮かぶ?」
「いえ、高級志向のおしゃれなカフェという雰囲気でとても良いと思います。……ただ私は貴族向けのお店についてはあまり詳しくないので、これから学んでいきたいと思っています」
「ありがとう。俺もまだまだ学ぶべきことがたくさんあるからもっと頑張らないとだ。貴族向けのお店って色々配慮しないといけなくて大変なんだよね」
少し苦笑しつつそう本音を溢すと、ルノーも苦笑しながら頷いてくれた。
「私も貴族様のことはまだまだ理解できないことも多いです。しかしお店をやる時にお客様を貴族と想定するのはありだと思います。少しミスをしたら大きな損失が出る可能性もある危険な賭けですが、その分大きな利益が見込めますので。……そう考えると、大公様という立場のレオン様が貴族向けにお店をやるのは強いですね」
そうなんだよね。大公という立場でお店を宣伝することもできるし、他の貴族が大公家に少しでも好印象を持って欲しくてお店を利用してくれる。問題が起きた時も大公家より身分が上の貴族家はないからスムーズに対処できる。そもそも大公家がやってるお店というだけでほとんど問題は起きなくなる。
その上で売っている商品が素晴らしいものなら流行らない方がおかしいだろう。
「有利な立場にいることはしっかりと自覚しつつ、それも利用してお店を大きくしていく予定だからこれからよろしくね」
「かしこまりました。……これからの仕事がとても楽しみです」
ルノーが悪巧みをしているような顔でニヤッと笑ってくれたところで、馬車にロニーが戻ってきて話は中断となった。
ルノーは清濁併せ呑むことができるタイプだろう。ロニーも結構そういうタイプだし、俺も清らかすぎる人よりもそういう人との方が仕事をやりやすい。本当に良い人を紹介してもらったな。
俺は新しく雇った大公家の文官に満足しつつ、これからお店をどんどん大きくしてこの国の食文化をもっと発展させることを夢見て、馬車から降りた。まずはルノーにお店を案内しないと。
〜お知らせ〜
いつも読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。皆様のおかげでここまで書き続けられてると言っても過言ではありません。コメントや評価などとても励みになっています!
今日は皆様にお知らせがあります。この小説は連載開始してから一年間、ずっと毎日投稿を続けて来たのですが、これからは週に四回の投稿に変更したいと思います。火曜、木曜、土曜、日曜に投稿する予定です!
毎日楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ないのですが、余裕が生まれた分より一話一話を面白くしていけたらと思っています。
これからもよろしくお願いいたします!
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