第338話 宗教行事
「ではまずミシュリーヌ様が祈りを聞いてくださる話からですが、毎週回復の日に六時の朝の鐘から十八時の夜の鐘まで、中心街にある教会の礼拝堂で祈りを聞いてくださるそうです。そしてその中でも熱心に祈っている者や心が清らかな者、そういう者達の祈りを叶えてくださるとのことです」
俺のその言葉に、二人は感激した様子でしばらくその事実を噛み締めていた。そして少しすると落ち着いたのか徐に口を開く。
「ミシュリーヌ様がそこまでこの国を気にかけてくださるとは……本当に、本当にありがたいことだ」
「陛下、ミシュリーヌ様のお気持ちを無碍にせぬよう大々的に国民に公布し、さらに混乱が起きぬよう努めねばなりません」
「そうだな。これから忙しくなるぞ」
忙しくなると言いつつも二人は凄く生き生きとしている。今まで絶望しか見えなかった国が、どんどん良い方向に向かってたらそれは嬉しいよね。俺もできる限り協力しよう。
「では公布と祈りに来る者への対処はお願いいたします。王都に住んでいない者が中心街まで旅をするということも増えると思われますので、経済的な発展も見込めるでしょう。街道の整備や領地間の乗合馬車なども良いかもしれません」
歩いて旅をする人が増えたら、それに伴って宿場町が増えたりもしそうだよね。この前咄嗟に思いついたにしては良い提案だったかも。でもその分混乱も生まれるだろうから、そこは上手く対処しないとだ。
「任せてくれ」
「よろしくお願いいたします。ではもう一つの宗教行事についてですが、ミシュリーヌ様の降誕祭を開催したいと思っています」
生誕祭や誕生祭など誕生日にはいろんな呼び方があって、どれが正しいのか日本にいた時に調べたことがあるんだ。その中でこの言葉を知ったんだけど……多分宗教行事なら一番適切だと思うんだよね。後はこの国に同じような単語があるかどうかだけど……
「なんと……ミシュリーヌ様がお生まれになった日を、我々に祝わせていただけるということか!」
あるみたいだ。ならこの名称で決まりだな。
「はい。ミシュリーヌ様がお生まれになったのは、夏の月第一週の回復の日辺りとのことですので、その日を降誕祭と定めてほしいとのことです」
「分かった。先程の公布と合わせて国民全員に知らせよう」
「よろしくお願いいたします」
アレクシス様とリシャール様が予想以上に乗り気でどんどん話が進む。やっぱり国としても、ミシュリーヌ様への信仰心を高めておきたいのだろう。そうすればこの先内乱の危機に陥る可能性も減るだろうし。
「どのような催しにするのかは、私達が決めるのだろうか?」
「基本的にはそれで良いと思いますが、ミシュリーヌ様と話し合い色々と考えてきた案を聞いていただけますでしょうか?」
「祭りの内容まで考えてくださったのか……! ありがたいことだ。是非聞かせてもらいたい」
「かしこまりました。ミシュリーヌ様からの提案は二つです。一つ目はミシュリーヌ様がお好きな食べ物、クレープを皆に食べて欲しいそうです」
俺がそれを口にした途端、二人は一瞬だけ微妙な顔をした。やっぱりそういう顔になるか……なんでクレープ? って思うよね。この国では昔からずっとある食べ物じゃないし。
「クレープ、なのか……?」
「はい。クレープとは中にどのようなものを挟んでも美味しい料理です。なので降誕祭の日に様々な憂を払い、またまっさらな気持ちで日々過ごせるように、そのような思いが込められているそうです」
俺が数日かけて考えたその説明を二人は真剣に聞いてくれる。うぅ……罪悪感が。でも宗教行事だから何かしらの意味が必要だし、俺が考えるしかなかったんです。二人ともごめんなさい。俺も使徒だし許してください!
内心で謝りながら二人の反応を待っていると、二人は感動したように口を開いた。
「クレープとは、そのように素晴らしいものだったのか」
「もっと味わって食べなければいけないものだったのだな……」
「は、はい。なので降誕祭ではクレープの屋台をたくさん出して、甘いクレープから食事のクレープまで様々なものを楽しむ日にして欲しいそうです」
たくさんの人がメニューを開発して、日本でも見たことのないような面白いクレープができたら良いよね。俺もちょっと楽しみだ。
「それからもう一つの提案ですが、これもクレープについてです。屋台などでは様々な美味しいクレープを楽しみつつ、やはり何も挟まないまっさらなクレープも食べた方が良いそうです。それを食べながら身を清めてほしいと。なのでこれは私からの提案なのですが、それぞれの教会でクレープの皮だけを販売するのはどうでしょうか? 教会に礼拝してその後にまっさらなクレープを食べる。この流れで様々な憂を払ってもらえるかと」
こうして説明すると色々と無理がある気もするんだけど……何年か経てば様々な理由づけが行われて、段々とそれを行う意味も変化していくよね。
とにかく一番大切なのは、ミシュリーヌ教の存在をもっと意識してもらうことだ。教会に礼拝に行くということが日常になること。または日常ではなくとも、何か大切なことがある時に祈りに行く場所となること。これが目指すべきところだ。
「とても素晴らしい行事となるだろう。国民は精神的な支柱を得ることになる」
アレクシス様は俺の話を最後まで聞くと、感動していた様子から表情を真剣なものに変える。
「では話をまとめるが、夏の月第一週の回復の日、ミシュリーヌ様の降誕祭を行う。その内容は、クレープというミシュリーヌ様の祈りが篭ったものを食することにより、それまでの憂を払いその後の生活の幸せを願うというもの。教会ではまっさらなクレープの皮のみを食し、それぞれの屋台では様々なものを挟んだバリエーション豊かなクレープを楽しむ。……合っているか?」
「はい。概ねそのような行事がミシュリーヌ様の望みです。今年から早速開催できるでしょうか? まずは試しに王都だけでも良いと思うのですが……」
もう今は冬の終わりに近い。さすがに国中の街や村に広めるのは無理だろう。それはこれから何年もかけて広めていけば良いと思う。
「そうだな。まずは今年の夏の初めに王都で開催しよう。そのためにもすぐに準備を進めなければならないな」
「陛下、まずはクレープを王都中に広めなければなりません。どのようなものなのか知らなければ、祭りの想像もつかないでしょうし、屋台を出す者が集まらないかと」
「そうだな……レオン、クレープの作り方は広めても構わないのか?」
「もちろんです。と言ってもとても簡単なものなので、すぐに広められるかと思います。後は中に挟むものはそれぞれの好みです」
クレープは慣れれば子供でも作れるほどのお手軽なものだ。それなのにデザートにも食事にもなるってポテンシャル高いよね。
「ではクレープの作り方は大々的に公布し、皆にクレープを知ってもらうために様々な場所で屋台を開くことにしよう。その屋台をやる者をどうやって確保するか……」
「アレクシス様、孤児院の子供達にやってもらうのはどうでしょうか? 降誕祭当日に教会でクレープを売るとなれば人手が必要です。それを孤児院の子供達にお願いして、売上の一部を給金として渡すことにすれば皆が協力してくれるかと。したがって降誕祭の事前準備として各地で開くクレープの屋台も、孤児院の子供達にお願いするのはどうでしょうか?」
これってちょうど良い機会だよね。酷い環境の孤児院にテコ入れするチャンスだ。ぜひ健全な運営体制を構築してほしい。
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