第334話 魔法具談義

「神獣様、お初にお目にかかります。マルセルと申します。お会いできて光栄でございます」


 マルセルさんが涙声だ。そういえばマルセルさんは、この国で珍しく信仰心を持ち続けてた人なんだよね。やっぱり信仰心があまりない人とはまた反応が違う。感激してる感じだ。


「マルセルさん、そこまでかしこまらなくても大丈夫ですよ?」

「いや、神獣様を前にしてそれは無理じゃ」

「でもずっと顔を伏せていたらファブリスのことが見えないと思うんですけど……」

「直視など恐れ多くてできんのじゃ。こうして側にいるだけで神々しさを感じ取れる……」

「……そうでしょうか?」


 ファブリスからそんなに神々しさが感じ取れるかな? うーん、俺には分からない。まあミシュリーヌ様も神様だとは思えないなっていつも思うし、そんなものなんだろう。


「じゃあファブリスは外で待っててくれる? 俺はマルセルさんと話してくるから」

『分かった。ゆっくりしてきて良いぞ』

「ありがとう。じゃあちょっと待っててね」


 そうして俺は跪いて動かないマルセルさんを連れて工房の中に入った。マルセルさんの家なのに何故か俺が家主みたいになってるよ。


「マルセルさん大丈夫ですか?」


 マルセルさんを椅子に座らせて、俺は顔を覗き込みながらそう聞いた。


「ああ、大丈夫じゃ。しかし凄いオーラをお持ちだな。わしは緊張して殆ど動けなかったぞ」

「……俺はもう慣れたのかよく分からないんですよね」

「まあレオンも使徒様じゃからな。――そう考えると緊張が解けてくるから不思議じゃ」

「ちょっとそれどういうことですか!」


 俺は使徒様らしくないって聞こえる。まあ否定はできないけどさ。自分でも使徒様らしさはないなって思ってるから。


 冗談を言い合っているとマルセルさんも少しは落ち着いてきたみたいなので、俺も向かいの席に腰を下ろした。


「では改めて魔物の森から無事に生還しました。作戦も成功です」

「……本当に良かった。わしも安心じゃ」

「魔物の森ではバリアの魔法具が大活躍でしたよ。それから持ち運びトイレも凄く役立ちました」

「そうなのか。魔法具で何か改善点はあったか?」


 マルセルさんは魔法具の話になると途端に真剣な表情になる。こういう部分が職人って感じでカッコ良いんだよね。


「そうですね……改善を考えても良いかなと思ったのは、水道です。俺は水魔法が使えるので直接水筒に水を発生させていましたが、それができない人は水筒を持ち、さらに水道の魔法具も持つことになりますよね?」

「そうじゃな。騎士達は二つを持っていると聞く」

「はい、それが煩わしいなと思って。水筒と水道が合体したような魔法具を作ったら便利じゃないかなと思いました。基本的に使う人は騎士に限られると思いますが、貴族が馬車で移動する時にも従者にとっては水をこぼす心配も減り便利ではないかと」


 俺以外の三人が水筒と水道を持参していて、ジェラルド様から水の確保ができないような魔物の森に入る時はこの二つを持参すると聞いて、改良できないかなと思ったのだ。

 

「確かにそれはありじゃな……どんな改良が良いだろうか」


 マルセルさんの瞳が途端に輝く。やっぱりマルセルさんは魔法具作りが好きだよね。そして俺も好きなんだ。マルセルさんと工房で魔法具について話し合ってる時間は楽しいし落ち着く。


「まずこの世界の水筒って基本的に竹じゃないですか。竹って軽いし水筒には便利だと思うんです。なのでそこはそのままに、蓋だけを魔法具にするのはどうでしょうか?」

「ふむ、確かにそれならば魔鉄の消費も少なくて、値段を抑えられるかもしれんな」

「そうですよね! しかも竹部分がダメになったら、蓋はそのままに竹部分だけを新しくすることもできると思うんです」

「確かに可能じゃな。ネジではめておけばすぐに外せるじゃろう」


 魔法具のメンテナンスは基本的に魔法具工房に持ち込むのが普通だし、竹を取り替えるぐらいすぐにできるだろう。


「じゃが、魔石はどのようにつけるんじゃ。魔石をいちいち取り外して嵌めるのならば、水道を持つのとそこまで変わらない気もするが…」

「そこもちゃんと考えたんです! まず蓋を二重にしたいです。上部分に使うのは普通の鉄で、下部分にだけ魔鉄を使います。そして魔石は上部分に嵌め込んでおきます。その上で二重の蓋の間にバネを入れて、押し込めば魔石が魔鉄に触れる、離せばバネによって魔石が魔鉄から離れる。これならば魔石を少し押すだけで水が出せると思うんです」


 イメージはブッシュ式のスイッチだ。日本のは押し込むとそこで固定されて、それをもう一度押し込むと今度はスイッチが戻ってくるっていう仕組みになってたけど、それのやり方はわからないので押し込む固定はなしにしてある。

 水筒が満タンになるまでに必要なのは数秒だと思うから、逆に押し込まれた状態で固定されない方が使い勝手は良いと思うんだよね。


「レオンはあれじゃな、やはり天才じゃな」


 マルセルさんは驚いてるような呆れたような、複雑そうな表情でそう言った。


「ありがとうございます。でも俺はアイデアは出てくるけど洗練されてないので、マルセルさんの方が凄いと思います。マルセルさんは魔鉄の変形もデザインも洗練されてますから」

「そ、そんなことはないわい」

「ではマルセルさん、俺がさっき思いつきで口にしたアイデアはもっと良くなると思いますか?」


 マルセルさんは少し照れながらも真剣に考え始める。それから数分経って、徐に紙とペンを取り出して設計図を描いていった。

 マルセルさんって絵も上手いんだよね。俺は絵が下手だから設計図もかなり下手なんだ……


「さっきのレオンの説明だと、蓋はこんな構造になるってことじゃよな?」

「そうです。……やっぱり上手いですね」

「このぐらい当然じゃ。しかしこれだと上の鉄と下の魔鉄がバネだけで繋がっていて、横から見たらかなり不恰好じゃ。これなら魔鉄で横の壁まで作って、さらに上の板も魔石に触れない部分は魔鉄にした方が良い。そして上の板は少しだけサイズを小さくするんじゃ、横の壁の内側にピッタリと張り付く、しかしスムーズに動く大きさじゃな。その繊細なサイズ調整は鉄ではなく魔鉄の方がやりやすい」


 確かにマルセルさんの改良案の方がカッコ良い。そしてこれなら間に埃とかも入り込まないし衛生的かも。


「確かに改良後の方が良いですね……この横の壁の上部はそのままだと危ないので、最後にくるっと丸めた方が良くないですか? その方がデザイン的にも豪華になりますし」

「それはありじゃな。魔石を嵌めた鉄板を上に引っ張っても丸みに引っかかって取れなくなるし、故障防止にも役立ちそうじゃ」

「確かにそうですね。いくらバネで繋がってるとはいえ、無理やり引っ張ったら壊れますよね」



 そうしてそれからしばらくは、マルセルさんと魔法具について話し合った。かなり久々に魔法具談義をして、時間を忘れて熱中してしまった。


「レオン様、ご昼食を召し上がられなくてもよろしいのでしょうか? マルセル殿や神獣様もいらっしゃいますが……」

 

 ロジェのその言葉でハッとして時計を見ると、すでにここに来てから三時間が経過していて昼もとっくに過ぎていた。熱中しすぎた、声をかけてくれたロジェに感謝だ。


「ロジェ、完全に忘れてたよ。声をかけてくれてありがとう。ロジェもローランもお腹空いたよね。それにファブリスも待たせてたんだった。マルセルさんもお腹空きましたよね」

「いや、わしは大丈夫じゃ。しかし熱中しすぎたな」

「ですね。ここでお昼ご飯を食べても良いですか? ロジェとローランも一緒に」

「構わんよ。では机を片付けるか」


 マルセルさんが机の片付けを始めてくれたところで、俺は後ろを振り返った。





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