第333話 ファブリスを紹介

 俺のその言葉にロニーは不思議そうに首を傾げる。


「ファブリスって、誰だっけ……?」

「そっか、まだ名前は知られてないよね。神獣だよ。ファブリスって名前なんだ」

「……凱旋パレードの時にレオン達が乗ってた、あの神獣様?」

「うん。ロニーも見たの?」

「レオンの無事を確認したくて、遠くからちょっとだけ見たんだ。でも神獣様の迫力に圧倒されてレオンを見るの忘れたんだけど」


 何それ、俺はロニーのその言葉に思わず笑ってしまう。なんかちょっと、ツボに入った。ロニーでもそんな間抜けなことあるんだね。


「はははっ、ロニー、面白い」

「ちょっとレオン、笑ってる場合じゃないよ! 神獣様が今ここにいるの!?」

「うん。一緒に来たから。裏庭で待っててもらってるよ」

「神獣様を待たせるとか……絶対ダメでしょ!」


 ロニーが急に慌てて立ち上がり始めた。でも何をしたら良いのか分からずにうろうろしている。久しぶりにこんなロニー見たかも。最近は昔のロニーとは比べ物にならないほどしっかりしてたから。


「ロニー慌てすぎだよ。ファブリスは気にしてないから大丈夫、時間の感覚も俺達と違うんだ。多分ファブリスにとっては一分も一日もそんなに変わらないよ」

「……そうなの?」

「うん。長い時を生きてるとそうなるんじゃないのかな」

「そっか、まあそれなら良いんだけど……って良くないよね! できるだけ待たせない方が良いでしょ!」

「まあ確かにそうかな。じゃあファブリスのところに行こうか。アンヌとエバン、ヨアンも呼んできてくれる? アルテュルにも紹介するからアルテュルも来てね」

「かしこまりました」


 そうして俺はロニー、アルテュル、アンヌ、エバン、ヨアンの五人を引き連れて裏庭に向かった。裏庭に続くドアを開くと、ファブリスが地面に丸まって気持ちよさそうに目を瞑っている。ファブリス曰く、この体勢の時は本格的に寝ているわけじゃないけど体力を回復させているらしい。


「ファブリスお待たせー」

『ん? 主人か』

「待たせてごめんね。紹介したい人達を連れてきたよ」

『そうか』


 ファブリスはのっそりとその場に立ち上がる。やっぱり寝てる時も大きいけど立ち上がるとかなりデカい。連れてきた五人はファブリスを目の前にして完全に固まっているみたいだ。

 俺はそんな五人の背中を押してファブリスに近づける。


「ファブリス、一番右にいるのがロニーだよ。俺の親友で大公家で文官として働いてもらうことになってるんだ」


 俺のその言葉にロニーはぎこちないながらも動き出した。そして跪き深く頭を下げて口を開く。


「し、神獣様、ロニーと申します。お会いできて光栄でございます。よろしくお願いいたします」

『ロニーだな。我はファブリスだ、よろしく頼むぞ』

「じゃあ次ね、次はアルテュルだよ。俺が始めたシュガニスっていうスイーツ専門店の店長になってもらう予定なんだ。ちなみに今の店長はさっきのロニーね」

『アルテュルだな。我はファブリスだ、スイーツの供物ならいくらでも受け取ろう』



 そうしてアンヌ、エバン、ヨアンと紹介してファブリスは皆と挨拶を交わした。一番ファブリスが食いついたのは予想通りヨアンだった。さすがミシュリーヌ様の神獣だ。


「じゃあファブリス、これからこの五人とは関わることも多いと思うから仲良くしてね」

『了解した。名前と匂いと姿形は覚えたからもう完璧だ』

「ファブリスって匂いとか見分けられるんだ」

『当たり前だろう?』


 まあこの見た目ならそうか。逆に鼻が効きませんって言われたら、何でこのビジュアルにしたのって疑問になる。ミシュリーヌ様ならありそうだけどね……


 よしっ、とりあえず今日シュガニスでやるべきことは終わったかな。皆の様子も見れたしお店の売り上げの話も聞いたし。また何か忘れてたら来れば良いだろう。

 俺はそう考えて皆の方に向き直った。


「じゃあ俺はこの辺で帰ろうかな。もうお客さんも来てる時間だし皆も忙しいでしょ?」

「確かにもうそんな時間だね」

「だよね。じゃあ最後に一つだけ。アンヌとエバンとヨアン、あと数週間でシュガニスは正式に開店になるけど、開店して少し経った頃には大公家の屋敷も完成してると思うんだ。だからその頃には仕事を完全に引き継いでもらって、大公家に引っ越してもらうことになると思う。そのつもりで準備をお願いね」


 俺のその言葉に三人は力強く頷いてくれた。ヨアンは瞳をキラキラさせている。よっぽどスイーツ研究だけの仕事が嬉しいんだな。


「かしこまりました。しっかりと仕事を引き継いでおきます」

「引っ越しの準備も進めておきます」

「その日を楽しみにしております!」

「よろしくね、じゃあ今日は帰るよ。皆はお店に戻って良いよ」


 それから皆がお店に戻ったのを見届けて、俺も店を後にすることにした。


「ロジェ、マルセルさんのところにも行きたいんだけど、ファブリスを連れて行きたいから馬車を出してもらえる?」


 最近マルセルさんのところに行く時はいつも転移だったんだけど、さすがにファブリスと一緒に工房内に転移したらキツイだろうし、かといって前の通りに転移したらそこにいる人達を相当驚かせちゃうだろう。ここは潔く馬車で向かった方が良いよね。


「もちろん構いません。どこへでも自由に馬車をお使いください」

「ありがとう。ローランはマルセルさんと会うの初めてだよね?」

「はい。お会いしたことはございません」

「マルセルさんとはずっと前からの付き合いなんだ。俺にとっては魔法具の師匠であり、返しきれない恩のある恩人って感じかな」


 最初にマルセルさんと出会った頃はまだこの世界のこともよく分かってなくて、さらに転生という訳のわからない事態に混乱していてかなり奇妙な子供だったと思う。そんな俺がこうして今幸せでいられるのは確実にマルセルさんのおかげだ。

 色々と忠告をしてくれて俺のことを守ってくれて、本当に感謝している。


「レオン様にとって大切な方なのですね」

「そうなんだ。だからローランのことも紹介するね」

「ありがとうございます」


 そんな話をしつつ馬車に乗り込み、マルセルさんの工房まで向かった。


「マルセルさんこんにちはー」


 ノックをして中に呼びかけようとしていたロジェを止めて、俺は自分でマルセルさんを呼ぶ。すると中からドタドタと足音が聞こえてきてバンッと勢いよくドアが開いた。


「レオン!」

「お久しぶりです」

「怪我はないのか? 魔物の森に行って大丈夫じゃったのか? お主ならどんな怪我でも治せるだろうが、万が一ということもあり得る」


 マルセルさんはそう捲し立てながら、俺の体を身体検査するように触って怪我がないか確かめている。マルセルさんのその様子が完全に孫を心配するおじいちゃんそのもので、俺は心が温かくなるのを感じた。


「マルセルさん、どこも怪我はないので大丈夫です。心配かけてすみません」

「……そうか。本当にレオンは最初の頃から心配ばかりかけおって、わしの心臓がいつ止まるかと気が気ではないわい」

「ごめんなさい。マルセルさんには長生きしてもらわないと困るので、心配しすぎないように気を付けてください」


 そういえば最近はマルセルさんをスキャンしてなかったな。また病気などがないかちゃんと調べさせてもらおう。これを怠って手遅れだなんてことになったら、悔やんでも悔やみきれない。マルセルさんには長生きして欲しいからね。


「こんなとこで立ち話もなんじゃし、中に入るか?」

「はい。あっ、でもその前にファブリスを紹介させてください。神獣であるファブリスです」

『我はファブリス。ミシュリーヌ様の神獣であり今はレオンに仕えておる。よろしく頼むぞ』


 マルセルさんはその声でやっとファブリスの存在に気づいたらしく、ギギギっと音がしそうなぎこちない動きで首を横に向けた。そしてファブリスを視界に収めると途端に跪く。

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