第332話 売上と引継ぎ

「えっと、この紙だ。これ見てくれる?」


 ロニーが渡してくれた紙を見てみると、そこには毎日の売り上げと経費が書かれていて、一日の利益が計算されているものだった。ロニーが有能すぎる……


「それを見たら分かるように、毎日凄い額の利益が出てるんだ。もちろん材料費も高いんだけど、それ以上に貴族向けってことで値段を高くしてるから一つ一つの利益が大きくて、さらにそれが大量に売れるから凄いよ。毎日いくら作っても追いつかないほどの予約が来てて、今では三日待ちとか一週間待ちとかになってる。一度買った人は必ずと言って良いほどリピートしてくれて、さらに周囲の人にも広めてくれてるみたいなんだ」


 そんなに凄いことになってたなんて……売り上げには期待できるかなと思ってはいたけど、ここまでとは正直予想してなかった。これは大公家の資金も安泰かも。この利益を大公家の資金にして、早々に俺の個人資産とは分けようかな。


「凄いことになってるね。予想以上だった」

「王族の方々がおすすめしてくれたり高位貴族の奥様方の間で流行ったりして、一気に下位貴族にまで広まったみたい」


 マルティーヌやエリザベート様、カトリーヌ様だよね。後でしっかりお礼をしないと。新作スイーツを持ってお礼に行こうかな。


「ダリガード男爵家にもスイーツを送ってくれた?」

「うん。ちゃんと定期的に送ってるよ」

「ありがとう」


 この現状じゃ下位貴族だと手に入れるのが難しくなってるだろうし、少しでもダリガード男爵家の地位向上に役立てたら良いけど……でもピエール様とキャロリン様は、そんなこと考えずに使用人達とスイーツパーティーでも開いて楽しんでそう。

 俺はそのパーティーの様子を思い浮かべて思わず顔を緩めた。絶対にそのパーティー楽しいよね、俺も参加したい。


「あと数週間で開店日になるけど、カフェスペースも開いて回せそう?」

「そこが正直厳しいんだよね……でもカフェスペースを開いたらそっちで食べていこうって人が増えて持ち帰りは減るだろうから、そうなれば何とかなると思う。給仕は問題ないんだけど、料理人の方が追いつかないんだ。かと言ってあまり人数を増やしすぎても厨房が狭くなっちゃうし」

「確かに料理人はこれ以上増やすのは難しいよね」


 でも増築するっていうのも踏み切れないよな……ここまで大盛況なのは最初だけで、さすがに少し経てば落ち着くだろうから。


「落ち着くまでは何とか皆に頑張ってもらって、予約の待ちを伸ばしてもらう感じになるかな」

「分かった。じゃあそれで対応するよ。アルテュルよろしくね、僕はもう店長じゃなくなるから」


 今まで俺とロニーの会話を真剣に聞いていたアルテュルは、ロニーのその言葉に少しだけ躊躇いながらも頷いた。


「ああ、精一杯頑張る。……だが、私にできるだろうか」

「アルテュルは凄く仕事できるから大丈夫だって。あっ、でも笑顔は忘れちゃダメだからね」

「分かった。笑顔だな」


 ロニーがアルテュルに笑いかけて、アルテュルはそれにぎこちない笑顔を返している。うん……それ笑顔というよりも変顔!


「はははっ、何でそんな笑顔になっちゃうの?」

「レオン様、おかしいでしょうか?」

「うん、笑顔っていうよりも変な顔? って感じだよ。前は自然に笑ってなかったっけ?」

「それがさ、貴族様らしいニヤッとした感じの笑みとか人を見下すような笑顔とか、裏で何か悪いこと考えてそうな黒い笑顔とかそういうのはできるんだけど、自然な接客の笑顔ができないんだよ」


 ロニーはため息を吐きながらそう言った。確かにアルテュルの笑顔ってそんなのしか見たことないかも……あれ、でも牢屋で話した時に笑ってたよね。あれは自然だった気がする。


「アルテュル、無理に笑おうとしなくて良いんだよ。思わず溢れた笑いを想像すれば良いんだ。例えば……ピエリックとヴァレリアを想像して。二人がアルテュルの元に小さい体で頑張って駆け寄ってくるんだ。そして精一杯手を伸ばして兄上〜って笑顔を向けてくる。どう、可愛いよね?」

「……ああ、可愛いな」


 アルテュルは二人の様子を想像したのか、ふっと優しい顔で笑った。


「そう、その笑顔!」

「アルテュル今のやつだよ! さすがレオン!」

「今笑っていましたか……?」

「笑ってたよ。じゃあこれからアルテュルは毎日鏡の前で今の想像をして、笑った自分の顔を覚えること。そしてその顔を意図的に作れるようになること。頑張ってね」

「は、はい。頑張ります」


 今まで自然に笑うってことをほとんどしない人生を送ってきたのかもしれないけど、これからは弟妹もいるしどんどん笑えるようになるだろう。


「じゃあアルテュルは、あと笑顔さえ作れれば店長としてやっていけるってことかな?」

「うん。引き継ぎはもう済ませてあるから大丈夫だよ」

「ありがとう。いつから店長を交代しようか。ロニーはいつが良いとか希望はある?」

「そうだね……シュガニスの開店は店長として見届けたいかな」


 確かにそうだよね。せっかくここまで頑張ってきたんだし、開店まではロニーを店長としよう。


「分かった。じゃあ開店まではロニーに店長として頑張ってもらって、アルテュルはその補佐でよろしく。そして開店して落ち着いたらアルテュルに完全に引き継いでくれる?」

「レオンありがとう。あと少し頑張るよ」

「お礼を言うのはこっちだよ。ロニーがいなかったら絶対にこのお店は上手くいってなかったから。本当にありがとう。そしてこれからも大公家の文官としてよろしくね」

「うん! これからはもっと大変そうだね」


 ロニーは苦笑しつつそう呟いた。確かに一店舗の店長よりも全ての店舗をまとめる立場の方が大変だよね。しかも仕事はそれだけじゃないし。大公家の経理も仕事の内容になる。

 あとはこの前ミシュリーヌ様と話し合ったイベントのことでも、色々と動いてもらうことになるかもしれないな。給金は奮発しよう、そしてしっかり休みも取れるようにしよう。


「かなり大変になるかもしれないけど、できる限り休みを取れるようにしたり給金を増やしたり要望は聞くから、遠慮せずに言ってね」

「ありがとう。じゃあ言いたいことはどんどん言うことにしようかな」

「そうして。大公になったら意見を言ってくる人も減ったから貴重なんだよ」

「ふふっ、確かに大公様に意見を言う人なんてあんまりいないよね〜」

「ちょっとロニー、大公様って言い方は止めて!」


 ロニーに大公様って言われるのは冗談でも寂しい。というか全員に大公じゃなくて普通にレオンって呼んで欲しいんだけどね。まあそれが難しいのは分かる。


「分かったよ。ちゃんとレオンって呼ぶから」


 ロニーは俺の反応に笑いながらそう言ってくれた。ロニーが俺に対して敬語も敬称も使わなくて、それでも何も文句を言わない人しかロニーの周りには雇わないことにしようかな。リシャール様に相談する文官経験者の人選はこだわろう。


「ありがと。じゃあとりあえずあと数週間はこのままで、またこれからのことはシュガニスが開店してから決めようか。その頃には屋敷も完成してるかもしれないから、ロニーとアンヌ達には引っ越してもらうことになるかもしれないし」

「そうだね。じゃあまたその時に話し合おう」


 屋敷もそろそろ完成するし、本格的に大公家の使用人を雇わないとだよね。……本当にやること多すぎて大変だ。

 何で俺ってこんなに忙しくなってるんだろう? 自分ではのんびりしたいと思ってるのに不思議だ。


「よしっ、今日の話はこのぐらいにして、皆にファブリスを紹介しても良いかな?」

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