第321話 帰還

 次の日の朝、俺は帰路につく前に魔植物の採取に精を出していた。なんの魔植物かというと……もちろん稲だ!

 ミシュリーヌ様が魔物大繁殖のきっかけになったと言っていた通り、魔物の森にはそこかしこに生えている。そんな稲を採取してアイテムボックスにたくさん収納しているのだ。魔植物は土に生えたままでは収納できないので、土から引き抜いて収納している。

 これで持ち帰ってから植えてまた育つのかは分からないけど、とりあえずやってみないとね。後はアイテムボックスに入れないものもいくつか持って帰ろう。


 今後の展望としては、大公家の屋敷ができたら裏庭で栽培してみて、後々にはこの世界のもう一つの主食としたい。放っておいても勝手に育つレベルなんだから、主食にもってこいだと思うんだ。まだ食べてみてはいないし、味も確かめてみてからだけど。楽しみだなぁ。

 とりあえず米さえあれば塩をかけて塩おにぎりが作れるし、おにぎりで良いから和食が食べたい。もうパンには飽き飽きしてるんだ。やっぱり俺は元日本人だよね、主食は米がいい。


「レオン、何をやってるんだ?」

「魔植物の採取です。稲って名前の植物で主食になるんです」

「……これがパンになるのか? 小麦とは少し違うみたいだが」

「いえ、パンとはまた違うものになります。持ち帰ったら育ててみるので食べてみてください。ミシュリーヌ様からも主食になるってお墨付きをもらってますし、小麦よりも簡単に育つらしいです」


 俺のその言葉に目を光らせたのはトリスタン様だ。


「それは興味深いね。帰ったら育て方や食べ方を私にも教えてもらえるかな?」

「もちろん構いません。パンと並ぶ主食になってくれたら良いなと思っています。アレクシス様にも相談しようかと」


 この稲がどれほど簡単に育つのか分からないけど、ミシュリーヌ様が放っておいても大繁殖するって言ってたレベルだし、餓死者を減らせるんじゃないのかな。飢饉の時とかもかなりの人を救うかもしれない。


「それが良いね。帰っても忙しくなりそうだ」

「ですね」


 帰ったらまずは魔物の森を駆逐するためにかなり忙しくなるだろうし、シュガニスのことや日本食の充実にも力を入れたい。国の制度をもっと良くするための政策も考えたいし……

 まだまだやることはたくさんある。魔物の森は他国の方にまで広がっているから、そっち側はどうするのかも考えないとだよね。この世界に来てから他国のことはほとんど考えてなかったけど、どうなってるのだろうか。


 ミシュリーヌ様も過去の使徒が作った国だからか、この国を世界の中心として見てて他の国はおざなりにしてるところがあるんだ。今度他の国の様子も聞いてみよう。

 他の国の生活様式とか気になる。たまに輸入品だって食べ物が売られてることもあるから、少なくとも植生はラースラシア王国とは違うんだと思うけど……

 ミシュリーヌ様は日本の植生にするために頑張ったって言ってたけど、多分それはラースラシア王国の周辺だけで、もっと遠い国になると別の植生になっているんだろう。カカオとかも輸入品だったし。



 ――よしっ、このぐらいあれば十分かな。魔物の森を完全に駆逐できるのなんて相当先の話だろうし、また足りなければ採取に来れば良い。

 そうして俺が採取を終えて立ち上がると、ファブリスと三人は準備完了で待ってくれていた。


「お待たせしました」

「問題ないよ。神獣様がいらっしゃると魔物もほとんど来ないからね」

「確かにそうですね。では行きましょうか。ファブリスよろしくね」

『うむ。任せておけ』


 帰りもファブリスの背中に乗せてもらうことになったので、俺は三人と一緒に転移で背中に乗る。そしてバリアで落ちないように固定した。


「皆さん準備はいいですか?」

「大丈夫だよ」

「いつでも行けるぞ」

「俺もだ」

「では行きますね。ファブリスよろしく」

『了解した』



 ――そうしてファブリスの背中に乗ること数日、俺達はほとんど魔物と戦うこともなく、行きの数倍の速さで魔物の森からの脱出に成功した。


「うぅ〜ん、やっと魔物の森から出られた!」


 魔物の森の中は陽の光が届かないわけではないんだけど、それでもどこか薄暗いし居心地は良くなかった。外に出られて爽快感が凄い。


「やっぱり陽の光は良いね」

「もうしばらくは中に入りたくないな」

「しばらく魔物の森は見たくない」

「その気持ち分かります……でも魔物の森はまだまだ広がってますからね。本番はこれからかもしれません」


 新しいものが入ってこなくなっただけで、今この世界にある魔物の森は今まで通りにどんどん広がって行くだろう。でも少しはそのペースも遅くなるのかな。

 楽観視はせず、今まで以上に魔物の森の駆逐に尽力しないと。とりあえずファブリスの力を借りて俺が頑張るしかないか……


「そうだね。早く帰ってこの後の話し合いをしないと」

「この後はどう帰りますか? このままファブリスに乗って帰るので良いのでしょうか?」

「確か馬車が待機してくれているはずだけど……」


 そこまで話したところで、遠くから騎士団が隊列を組んでこちらに向かってくるのが見えた。


「あっ、迎えに来てくれたみたいです」

「そうだね……って、あれ攻撃しようとしてないかな?」

「あれは確実に攻撃体制です。多分私達が見えていなくて神獣様のみだと思っているのでしょう。大型の魔物が出現したと捉えられているのかと」


 ジェラルド様によるとあれは魔物と戦う時の隊列らしい。こっちに気づいてもらわないと。


「誤解を解かないと大変だね……」

「では私が転移で知らせてきますね」

「確かにそれが一番だ。よろしく頼むよ」

「かしこまりました。ファブリス、ちょっと行ってくるけど三人のことよろしくね」

『分かった』


 転移で騎士団から少しだけ離れたところに飛ぶと、一斉に剣を向けられたけれどすぐに俺だと気づいて剣を下ろしてくれた。


「ジャパーニス大公様、大変申し訳ございません!」

「気にしてないから良いよ。それよりもあそこに見えるのは俺の神獣でファブリスなんだ。だから攻撃する必要はないよ」

「……神獣様、でございますか?」

「うん。魔物の森の中で会って、これから俺とずっと一緒にいることになるからよろしくね。あそこにトリスタン様達もいらっしゃるから、こっちに来てもらうね」

「はぁ……」


 ここにいる騎士の中で一番立場が上に見える人にそう話をしたけれど、よく理解できてないみたいだ。急に神獣とか言われても理解できないよね。

 とりあえず皆を呼んでこよう。そう考えて俺はもう一度転移をした。


「ただいま戻りました」

「大丈夫そうだったかな?」

「はい。一応攻撃対象でないということは分かってもらえたと思います」

「それなら大丈夫だね。では行こうか」

「じゃあファブリスよろしく。あっちにいる人達の少し離れた場所まで行ってくれる?」

『了解した。では行くぞ』


 そうして騎士団の元にファブリスに乗って向かうと、総勢数十人の騎士達はかなり警戒していた。一応剣を向けてくることはなさそうだけど、ファブリスを恐れてるみたいだ。


「では転移して地面に降りますね」


 俺達がファブリスから降りると、警戒していた騎士達もやっと安心したようでその場に跪く。


「皆様、ご無事のご帰還何よりでございます」

「出迎え感謝する。そして任務は無事成功したことをここに宣言しよう」

「何と……! 騎士団一同、心よりお慶び申し上げます」


 その言葉にトリスタン様は、鷹揚に頷きながら騎士全体を見回した。こういう態度が威厳につながるのかもな……俺も見習おう。


「では早速だが街に向かっても良いだろうか?」

「もちろんでございます」


 そうして俺達はとりあえず一番近くの街に向かい、そこで一泊して疲れを癒した。ベッドに横になった瞬間深い眠りに落ちたから、自分で思っていた以上に疲れていたみたいだ。ファブリスは建物の中では窮屈そうだったので、訓練場の一角に簡易のベッドを作ってもらってそこで寝ていた。大公家の屋敷の庭に、ファブリスの家も作らないとかな。

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