第315話 ファイヤーリザード

 それから体感で二時間ほど、ひたすら振り落とされないようにファブリスの背中の上で耐えていたら、少しずつ速度が緩みしばらくして止まった。はぁ……本当に地獄の時間だった。

 後ろを振り返ると疲れを隠せていない三人がいた。もう最初の頃の凛々しさのかけらも無くなっている。でもこれは仕方ないよね……


「ファブリス、速すぎるよ」


 俺は舌を噛みそうで言いたくて言えなかったことを、やっと口にした。


『……そうか? いつも通りの速度だが』

「そうなんだ。でも俺達には速すぎたみたい。次からはさっきの半分ぐらいの速度にしてくれる?」

『それでは駆け足程度だぞ?』

「うん。駆け足程度が良いんだ」


 俺達のその会話に後ろの三人も激しく頷いている気配がする。俺達四人は今が一番分かり合えてるかも。


『ならばそうするが、本当に良いのか?』

「もちろん。絶対に次はゆっくりにしてね」

『了解した』


 ふぅ〜納得してくれて良かった。これでもうあの地獄を味わうことはないだろう、多分。


「それでここはどこなの? 魔物はいる?」

『魔物まであと少し走れば辿り着ける。しかしその前に止まったほうが良いかと思ったんだ』

「止まってくれて助かったよ。ありがとう」


 この疲労感でそのまま魔物に突撃されたら悲劇だった。ここで一息吐けたのはありがたい。


「ふぅ……よしっ、じゃあこれからはさっきよりもゆっくりのペースで魔物まで近づいて、気づかれないギリギリの場所で俺達を下ろしてくれる? その後は俺達も歩いていくから」

『了解した。ではもう少し進もう』


 それからはさっきよりもかなりスピードを抑えてくれたことにより、快適にファブリスの背中に乗っていることができた。そしてまたファブリスが止まったところで背中から降りる。


『この先に魔物がいる。この魔力は……ファイヤーリザードだな』

「ファイヤーリザードとは、どのような魔物でしょうか?」

「俺も聞いたことがないな」

「ファブリス、どんな魔物なの?」

『火を吐く大きなトカゲだ。尻尾を硬化させて振り回してくるのが厄介だな』


 それって一般的には、ドラゴンとか恐竜とか言われる感じのやつだったりしないよね……? 


「大きいってどのぐらい?」

『そこまででもない。我の二倍程度だ』


 ファブリスの二倍って十分大きいし! ファブリスが俺の二倍ぐらいだから、俺の四倍の大きさか……


「かなり大きいよ。うーん、どうやって戦おうか。今回の目的はファブリスの戦い方を見ることと、俺との連携を確認することだから……とりあえず俺とファブリスだけで戦っても良いですか?」

「もちろん構わないよ」

「ありがとうございます。ではファブリス、どうやって戦う?」

『そうだな。あいつはとにかく体が硬いことが厄介なんだ。身体強化を全身にかけられると我の爪でも致命傷は与えられん。だからいつも目を狙うのだが、それには口から吐く火と尻尾が厄介なのだ』


 じゃあ俺がファイヤーリザードの意識を逸らして、その間にファブリスが攻撃する感じが良いかな。


「じゃあ俺が陽動をするね。その間にファブリスは攻撃してくれる?」

『了解した』

「じゃあ行こう」


 それからファブリスの指示に従って進むこと三十分、ついに俺達はファイヤーリザードと相まみえている。途中で向こうも俺達に気づき向かってきたので、不意打ちはできなかった。俺はとにかく正々堂々、ファイヤーリザードと戦うことに決めた。


 まずは俺の全力がどれほど通じるのか知りたくて、剣にバリアを纏わせてさらに身体強化を強くかけ、ファイヤーリザードに飛びかかった。しかし俺の剣がファイヤーリザードに届く前に尻尾の攻撃が襲ってくる。

 そこで巨大なファイヤーバレットを作り出し、それを全力で尻尾に当てその攻撃を防いだ。しかしファイヤーリザードにはほとんど傷がついていないみたいだ。あの攻撃でほとんどダメージなしはやばいな……


 横目でその様子を確認しつつ、ファイヤーリザードに向けて全力で剣を振り下ろした。


「おりゃゃっあ!!」


 ガキンッッ! しかしファイヤーリザードにはほとんどダメージを与えられずに剣が弾かれる。これはマジで硬いよ……鉄より硬いんじゃないか?


 俺はその反動で空中で体勢を崩した。そんな俺の様子を見てファイヤーリザードがニヤッと笑った気がする。落ちていく俺にファイヤーリザードの爪が襲って……スカッと何もない空中を切り裂いた。ファイヤーリザードは確実に殺ったと思っていたのか、不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している。


「こっちだよっ!」


 今度は上から攻撃を仕掛ける。そう、転移でファイヤーリザードの上空に避難したのだ。本当に転移は戦いで便利だよね。

 魔力をこれでもかと注ぎ込んで鉄よりも硬くなるようにバレットを作り、それをファイヤーリザードの頭に思いっきり放った。


 ドンッッ。おっ、今度の攻撃はちょっとダメージを与えられたみたいだ。頭から少しだけ血を流している。ファイヤーリザードはその攻撃が痛かったのか、さっきからちょこまかと逃げては攻撃してくる俺のことが憎かったのか、上に向けて火を吐くべく口を開いた。


「ファブリス!」

『分かっている』


 しかしそんな隙を逃してやるほど優しくない。ファイヤーリザードが火を吐く寸前に、ファブリスが遠くから一気に跳躍してきてファイヤーリザードの頭を貫いた。あの爪ってあんなに伸びるんだね……ちょっと、いやかなり怖いんだけど。


 その攻撃でファイヤーリザードは絶命したらしく、その場にどさっと倒れ込んだ。ふぅ……勝てたな。久しぶりに強い敵と戦った気がする。


『主人は強いな。一人でファイヤーリザードと戦うよりもよほど楽だった』

「それなら良かったよ。じゃあ俺達の連携は問題ないかな?」

『ないだろう』


 ファブリスと待機してくれていた三人のところに戻ると、三人はどこか遠くを見るような目で佇んでいた。


「どうしたのですか?」

「いや、ちょっと私達がここにいる意味を考えてしまってね……」

「ああ、戦いが異次元すぎて参考にもならないというか」

「もしあの戦いへ手助けに入ったら、敵に攻撃されたわけでもないのに巻き込まれて死にそうだ」

「多分そうなるだろうね……」

「俺もそんな予感しかしないな……」


 確かに俺も自分で異次元の戦いだよなって思う。俺の魔力量で体が保つ程度の最大まで身体強化をすると、もう動きが人間じゃなくなるから……

 そこにバリアとか転移とか入ってきたらもうあり得ないよね。元一般人としてその気持ち凄く分かる。


 でも三人がここにいる意味がないなんてことは絶対にない。だって三人がいなかったら、俺は絶対にここまで辿り着けなかったし。


「皆さんのおかげでここまでこれたのですから、意味がないなんてことは絶対にありません。本当にたくさん助けていただきました」


 俺のその言葉に三人の表情が少し和らぐ。


「そうか。レオンの役に立てていたのなら良かったよ」

「はい!」

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