第312話 魔物の森の奥での出会い

 魔物の森に入ってから三週間が経過した。魔物の森は奥に行けば行くほど魔物が強くなる……という傾向はそれほど強くなかった。

 確かに奥にいる魔物の方が強いやつが多いけれど、そこまで顕著な差もないという感じだ。そのおかげで俺達は特に問題なく、初日と変わらないペースで先に進むことができていた。しかし突然強い魔物が現れる危険性もあるし、油断は禁物だ。


「もう半分は過ぎただろうか?」

「どうでしょうか……かなりのペースで進んでいるので、半分は来たと思いたいですが」

「一週間前にミシュリーヌ様は、まだ半分も過ぎていないと仰ったんだよな」

「はい。今日の夜にでももう一度聞いてみましょうか」


 ずっと変わらない景色の中を進んでいくと、とにかく達成感がなくて気持ちが参ってくる。四人で励まし合いながら進んでいるから良いものの、ここで一人だったらリタイアしていただろう。

 ……仲間がいた方が良いと主張してくれたマルティーヌには感謝しないとだよね。


 マルティーヌは今頃何をやってるのかな。まだ王立学校があるし、卒業試験に向けての最後の追い込みかな。

 マルティーヌの笑顔がみたい。それに皆ともお茶会をしたい。シュガニスは上手くいってるだろうか、ロニーとアルテュルは上手くやれてるかな……


「それにしても、一時間ほど前から魔物が全く現れないな」

「確かにそうですね。何かあるのでしょ……」


 バリンッ!! え、今何が……


「っ……」


 何の前触れもなく俺のバリアが壊された。そして現れたのは……俺の背丈よりも大きな真っ白い獣だ。犬というよりも、狼って感じ。


「レオン大丈夫かっ!?」

「……は、はい!」


 俺は急いで剣を構える。バリアは割られてしまうのなら意味はないので、張り直すことはしない。


 ……他の魔物と存在感がまるで違う。どうすれば良いんだ、勝てるイメージができない。この魔物、あの魔人と良い勝負なんじゃないか……? 威圧感が同じだ。いや、この魔物の方が何故か膝をつきたくなるような雰囲気が……


『我の寝床に入り込むとは命知らずなやつめ。……ん? 魔物ではなく人間だったのか。人間は我が助けねばならぬ存在。そこの小さいの、すまなかったな。だが我はまだ眠いのだ。もう少し寝たらまた助けてやるからしばし待て』


 え、これってミシュリーヌ様と話す時みたいに、頭に直接話しかけられてる、よね? この魔物何者なんだろう。ミシュリーヌ様と関係があるのかな……

 

「……あの、君は誰?」

『我を知らんのか? あれだけ助けてやったというのに。はぁ、人間は面倒くさいしすぐに死ぬし忘れるし、ミシュリーヌ様は何故このような生物が好きなのか』


 今ミシュリーヌ様って言った! やっぱり関係があるんだ。もしかしたら俺と同じような立場とか……?


「ミシュリーヌ様と何か関係があるの? 俺はミシュリーヌ様の使徒なんだけど、君は……?」

『なんと! お主はミシュリーヌ様の使徒なのか。どのような使命を持っておるのだ? 我の使命は人間を魔物から救うことだ』


 人間を魔物から救うこと……確かにこの世界には今一番必要な存在だけど、なんで今までミシュリーヌ様からこの子の話を聞いたことがないんだろうか。この子と力を合わせたら、ここに来るのももっと楽だったかもしれないのに。


「俺はこの世界を魔物の森の脅威から救うことと、この世界の文化を発展させることだよ。それにしてもなんでお互いの存在を知らされてないんだろ。――ミシュリーヌ様に聞いてみようか」

『確かにそれが良いな。ふわぁ〜、我は寝ていたからミシュリーヌ様と話すのも久しぶりだ』


 白い獣の大きなあくびで鋭そうな牙が見えて警戒心を高めつつ、アイテムボックスから本を取り出しミシュリーヌ様に呼び掛けた。


「ミシュリーヌ様、今大丈夫ですか? 聞きたいことがあるんですけど」

『大丈夫よ〜どうしたの? ちなみに魔人に大きな動きはないわ』

「ありがとうございます。実は魔物の森で……そういえば君の名前は?」

『我はファブリスだ』


 ファブリスがそう口を開いた途端、ミシュリーヌ様が高いところから転げ落ちるような音が聞こえてきた。


「ミシュリーヌ様、大丈夫ですか?」

『お、お、お前は……ファブリスじゃない!? なんで今更そんなところにいるのよ!?』


 やっぱり知り合いだったんだ。こんなに心強い仲間がいるならもっと早く教えて欲しかったよ。


『ミシュリーヌ様、おはようございます』

『おはようございます、じゃないわよ!? 私がいくら呼び掛けても起きなくて、通信を遮断までしたでしょ!!』

『そうでしたか……?』

『はぁ〜、なんでこんな神獣を作ったのかしら。過去の私を殴りたいわ』


 ……どういうこと? ミシュリーヌ様も今まで連絡が取れなかったのかな。


「あの、ミシュリーヌ様、詳しい説明をお願いします。このファブリスとは何者なのでしょうか?」

『はぁ、そうだったわね。……ファブリスは私が何十万年も前、いやもっと前かしら? とにかくずっと昔にあなたの世界と繋がっている魔物の世界、その世界にまだ人間がいた頃に作った神獣なのよ』


 そんなに前の話なの!? え、じゃあこいつ何歳……?

 それに神獣なんて存在は初めて聞いた。そんな存在がいたなんて……


『あの頃は魔物がどんどん勢力を拡大していて、人間が数を減らしていた時だったの。私はなんとか人間を守ろうと思って、あの頃にはまだ潤沢だった神力をかなり注ぎ込んでファブリスを作ったわ。人間を助けてもらうために、そして魔物を倒してもらうために。それからそうね……数千年はファブリスのおかげで人間の世界は保たれたのよ。でもある時急にファブリスが疲れたから寝たいって言い始めて、私が止める声も聞かずに森の奥深くで眠りについて、そのせいで人間の世界は滅亡したのよ! 今の今までずっと眠ってたんだから!』

『え……人間は絶滅したのですか? ですが今目の前に四人おりますが?』


 待って、前の世界の人間が絶滅したことを今知ったの!? いや、今更すぎる。


『それは新しい世界の人間よ! はぁ、人間は少し放っておいたらすぐ死ぬってあれほど言い聞かせたのに』


 ということは、ファブリスは何万年も寝てたってことだよね。人間の感覚ではあり得ないな……

 なんかこの子もミシュリーヌ様の神獣らしく、ちょっと常識はずれというか、ちょっと残念感漂うというか……そんな感じがヒシヒシと伝わってくる。


『ですが、我は新しい世界になど移動した記憶はないのですが……』

『私がちょっと失敗して、前の世界と新しい世界を穴で繋げちゃったのよ。多分あなたは寝ぼけながらその穴を通ったんでしょ』

『確かに少し前、一度だけ目が覚めて歩き回り、また眠くなって移動先で寝たような?』

『その時ね。もう、なんでその時に連絡してこないのよ! あなたと連絡が取れればあなたに穴を塞いで貰えば良かったのに……』


 本当だよ。その時ならまだ魔物の森もそこまで広がってなかったかもしれないし、その時に穴を塞げてたらどれだけ良かったか。俺ももっと平和な世界に転生して、日本の食べ物の普及に専念できたよね……

 でも魔物の森の脅威がなければ、俺が転生することもなかったのかな? いや、ミシュリーヌ様の本命は日本風の世界を作り上げて欲しいってところだったし、多分その場合でも転生してもっと平和な世界への転生になってたんだろう。……そっちの方が良かった。


『まさか、我が寝ている間にそのようなことになっているとは知らず。申し訳ありません。人間とは本当にすぐ死ぬのですね』

『だからそう言ったでしょう! あなたが眠ってから百年も経たずに絶滅したわよ』

『なんと……たった百年とは。昼寝にもならないではないですか』


 だからその感覚がおかしいんだって。もっと人間の感覚と似た神獣にすれば良かったのに。想像できないほど長生きをするものに、人間と同じような時間感覚を与えるのは不都合があるのかな……?

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