第311話 魔物の森へ
「では皆さん、準備は良いでしょうか?」
「うん。バリアはちゃんと張ったしアイテムボックスの魔法具に荷物も全部詰めた。体調も完璧だよ」
「俺も大丈夫だ」
「ああ、いつでも行ける」
俺達は朝早くに起きて馬車に乗り、ついに魔物の森が見える場所までやってきていた。見送りには騎士の方達が集まってくれている。
「じゃあ行きましょうか」
「そうだね。あまり気負わずにリラックスしていこう。ずっと緊張しっぱなしでは疲れてしまうから」
「そうですね」
俺達はビシッと整列してくれている騎士の方々に顔を向ける。そして一言、「行ってきます」と告げた。
「ご武運をお祈りしておりますっ!!」
すると騎士の方々は皆で声を揃えて、一糸乱れぬ動きで敬礼をしてくれた。今一番嬉しい見送りかもしれない。気合が入る。
俺達はそんな騎士達を背に、魔物の森に向かって歩き出した。今は不思議とあまり緊張をしていない。適度な緊張感で良いコンディションだ。このまま順調に作戦が終わると良いんだけど……
それから数時間後、俺達は魔物の森の一角に休憩用のバリアを張り昼食を食べていた。今日のお昼は軽めにサンドウィッチだけだ。
しかし地面に直に座って、居心地悪くサンドウィッチを食べているのではない。しっかりと机に並べられたおしゃれなサンドウィッチを、椅子に座ってカトラリーで食べている。さらにバリアの中にはトイレも完備だ。
「本当に魔物の森の中だとは思えないよ……」
「こうして机の上だけを見ていると、カフェみたいだな」
そう口にしたのは見張り中のトリスタン様とジェラルド様。流石にバリアの中とはいえ見張りなしは危ないので、二人ずつに分かれて食事をしている。今は俺とフレデリック様が食事の順番だ。
「でも外を見ると魔物や魔植物がたくさんいますよ」
「この差が凄いな……」
「あっ、ウォーターベアが来ましたね」
「本当だ」
ウォーターベアは俺達に気づくと、獲物を見つけたと言わんばかりに一直線に近づいてきて、そのままバリアにぶつかり気絶した。一応ジェラルド様がバリアが壊された時のために剣を構えているけれど、今のところ剣が使われたことはない。
「本当にこのバリアは頑丈だね」
「はい。でも魔人には破られましたし、魔物の中にも壊せる奴がいるかもしれませんから、油断はしないでください」
「分かってるよ」
「当然だ」
そうこう話しているうちにウォーターベアが目を覚ましたみたいで、今度は慎重にバリアの周りをぐるぐる回っている。そして時折腕を振り上げて攻撃してくるが、ガキンッという音と共に弾かれているようだ。
それからしばらくして、諦めて去っていった。
「行ったな」
「良かったです。どうしても諦めてくれない時は、バリアの中から魔法で攻撃しちゃってください。攻撃されるとバリアの魔力も消費するので」
「ああ、しつこいやつにはそうするよ」
サンドウィッチを食べ切ったところで、お皿とカトラリーにピュリフィケイションの魔法具をかけてアイテムボックスに仕舞った。
「では順番にトイレに行ってまた進みましょうか」
「そうだね」
事前に決めた隊列で魔物の森の中を進んでいく。森の中には獣道しかなく、ほとんどはそれすらもないような場所ばかりなのでとても走れるような環境ではない。
俺達は出来るだけ早歩きで、でも慎重に進んでいた。
「本当に、レオンの魔法は規格外だ……」
後ろからそう呟いたジェラルド様の声が聞こえてくる。もうこの森に入ってから何度も聞いてるな。
俺は隊列の先頭に立ち、バリアを剣の形にして邪魔な魔植物を端から切り落としてアイテムボックスに収納しているのだ。だから予想よりもかなりスムーズに進めている。
魔力を多めに込めたバリアの剣は切れ味抜群だ。たまにアイアンフラワーのように硬い魔植物があると流石に切れないけれど、そこまで多くないのでその場合は少し迂回している。
「レオンはこうして私達と気安く接してくれているけれど、使徒様だからね」
「そうですよね……レオンがあまりにも今まで通りなので、使徒様だということを忘れてしまいそうです」
「ふふっ……それは私もそうかもしれないね」
そんな会話を聞きつつ魔物の森を進んでいると、身体強化魔法で強化していた耳に魔物の走る音が聞こえてきた。これは……俺達の方に向かってるな。
かなりの数だからロックモンキーかもしれない。
「皆さん、ロックモンキーの群れがこちらに来ています」
「じゃあロックトルネードだね」
「はい。群れをできる限り一箇所に集めたいので、追い込むのを手伝ってもらえますか? そうですね……あのあたりに」
「分かったよ」
「了解した」
ロックモンキーはバリアを壊せないから脅威ではないんだけど、かなりしつこく攻撃してくるので倒してしまったほうが楽なのだ。
「あちらの方向から来ます」
「じゃあ俺はこっちから回るな」
「私はこちらだね」
「俺はできる限り後ろに回り込んでみる」
「はい。よろしくお願いします」
ロックモンキーには囲まれる前に、こっちから囲んでしまうのが一番有効的だ。そして集まったところにロックトルネードを使えば、一度で壊滅させられる。
俺は三人がロックモンキーを追い込んでくれるのを、少しだけ緊張しつつ待った。
「ギギッー!」
「ギッギッ!」
すると遠くからロックモンキーの鳴き声が聞こえてくる。苛立っているようだし、皆が上手くやってくれたみたいだ。
あっ、先頭のロックモンキーが見えてきた、俺はバレットなどを駆使して、ロックモンキーがこれ以上進めないように攻撃を開始した。
ロックモンキーは危険を察知すると群れで固まる習性があるので、仲間がやられると後ろに戻っていくことが多いのだ。そして本来であればまた仲間と連携して襲ってくる。だからその固まってる時に倒してしまうのが一番だ。
『ロックウォール』
ほとんどのロックモンキーが一箇所に集まった時点で、逃さないようにロックウォールを使った。
『ロックトルネード』
そしてその中にロックトルネードを放つ。この方法なら自分達に被害が及ぶこともないしグロい光景を見なくて済むから、最近はいつもこうしている。
しばらく後にロックトルネードを解除すると……、もうロックモンキーの鳴き声は聞こえなかった。
「レオン、成功したか?」
「はい! 完璧です」
「それなら良かった。追い込む時に数匹は逃げたが、逃げるやつまで追わなくても良いと思ってそのままにしたぞ」
「さすがに群れのほとんどを失ってまた襲ってくることはないだろ」
「そうだね。じゃあ成功ってことで先を急ごうか」
「はい」
ロックモンキーの討伐大成功だ。これは完全に作戦勝ちだな。
――それからも同じように俺が道を作りながら先へ進み、魔物が出てきたら魔法を使って確実に倒していった。そして辺りが暗くなってきたところで、魔植物を切り倒してちょっとした広場を作り、野営の準備を始めた。
野営とは言ってもベッドがあるから、一般的なものとは違うけどね。
「はぁ〜疲れたな」
「全く問題はないけれど、ずっと魔物の森の中にいるという事実に疲れるよね」
「気を張りっぱなしですからね」
「では皆さん、早めに休みましょうか?」
皆が疲れているみたいだったから、俺は手早く夕食の準備を進めていく。といってもアイテムボックスから出すだけなんだけど。
確かに魔物の森にいるという事実だけで精神的に疲れるんだよね。鬱蒼とした森の中って感じだし、何より気を抜いたら命の危険があるし。
「レオンありがとう。魔力は大丈夫かな?」
「はい。今日ぐらいならばまだ半分以上残っています。一晩寝れば完全に回復するでしょう。あっ、皆さんのバリアとアイテムボックスの魔法具に魔力を込め直しますね」
「そうだった。よろしく頼むよ」
「レオン頼む……なんか俺達足手まといか?」
フレデリック様が少しだけ申し訳なさそうにそう聞いてきた。
「確かに……レオンが凄すぎて俺なんか全く役に立っていない」
「それを言ったら私もだよ」
「いえ、そんなことないです! 皆さんがいるだけで本当に心強いです」
実際一人でこの森の中にいたら、とにかく孤独でおかしくなってたかもしれない。それに今よりも絶対緊張してただろうし。
「皆さんが見張りをしてくださるのでゆっくりご飯を食べられますし、夜も安心して眠れると思います」
「そうか。少しでも役に立ててるのなら良かった」
「とてもありがたいです。……じゃあお昼と同じように交代でご飯を食べて、早めに眠りましょうか。先にご飯を食べた方が先に寝るということで」
「では昼間は私達が最初だったのだから、夜はレオンとフレデリックが最初で構わないよ。私は夜更かしは得意なんだ」
「私もそれで大丈夫です」
「ではお言葉に甘えさせていただきます。毎日交代にしましょう」
そうして二人一組で見張りを交代しつつ食事を取って眠りについた。ベッドは疲れが取れるように高級なやつにしたからか、魔物の森の中でもぐっすりだった。
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