第310話 魔人の作戦
『後はレオンをどうやって倒すのか、作戦も考えていたみたいよ。一般の騎士では対処できない魔物を操って、それを倒しにきたレオンを狙うらしいわね。戦いの最中って周りには無防備になるからそこを狙うって』
強い魔物と戦ってる時にあの魔人が死角から襲ってきたら……間違いなく避けられないだろうな。
というか今更だけど、なんでそこまでしてこっちの世界を滅ぼしたいんだろう。数十人なんて土地が足りないわけでもないだろうし……
「ミシュリーヌ様、魔人の目的は何なのでしょうか? そこまでしてこの世界を滅ぼして、何か手に入れたいものでもあるのですか?」
『ええ、地中に埋まっている魔素の結晶よ。空気中に魔素があることは知ってるわよね? その魔素が土に染み込んで、それが何千年何万年と時が経つと結晶化するらしいのよ。私もこの前初めて気がついたんだけどね……』
いや、神様なのに魔人より気付くのが遅いって何事!? ミシュリーヌ様、もうちょっと頑張ってください……確かに神様って意外と万能じゃないんだなってことは分かってるけど。
『あの魔人はその結晶を体に取り込んだ魔物が進化した存在らしいのよ。あの結晶を定期的に体に取り込むことでほぼ永遠の命を手に入れてるみたいね』
「ということは、それを取り込んでいる限り不老ってことですか……?」
『まあ、その認識で良いわ』
マジか……つくづく人間離れした種族だな。いや、元々人間じゃなくて魔物か。そもそも人間と比べるのがおかしいのかも。
『それでその結晶があっちの世界では少なくなってきてるみたいなのよね。実際は調べてみたらそんなことなくてもっと沢山あるんだけど、簡単に掘り出せる場所って目線で見ると確かに少なくなってきてるのよ。その点レオン達の世界ではその結晶の存在すら知られてない。それに気づいた魔人達は、レオン達の世界の人間を滅ぼして魔素の結晶を独り占めしようとしてるって感じね』
そんな理由があったのか……それなら平和に交渉はできないのかな。結晶を採掘してあげるから魔物の森がこれ以上広がらないようにしてほしいとか。取引できないのかな……
「ミシュリーヌ様、魔人と取引はできないのですか? 結晶を定期的に渡す代わりに不可侵を誓ってもらうとか。さらに魔物の森の広がりを抑えてもらうとか……」
『それは無理ね。あの種族、元が魔物だからかすごく好戦的なのよ。それに放っておいてもそのうち滅びそうな世界と取引する理由なんてないじゃない? 滅ぼしてしまった方が楽だもの』
確かにそうなんだけど……もっと皆には平和を愛してほしい。これは俺が日本での記憶を持ってるからこそ、思うことなのかもしれないけど。
『それに魔素の結晶の存在を知ったら、魔人に渡すなんてあり得ないってなると思うわ』
「なんでですか? 何かこっちの世界でも使えるものなのでしょうか?」
『色々調べてみたんだけど、魔素の結晶はエネルギーの塊みたいなものなのよ。なんて言えば良いのかしら……属性がない魔力って言えば分かる?』
「……よく分からないのですが、例えばどのように使えるのですか?」
『魔力が込められた魔石があるでしょう? 今までは魔力がなくなったらまたその属性が使える人に魔力を込め直してもらわないといけなかったじゃない。さらに込める魔法が使えるほどの魔力量を有してる人じゃないといけなかった。でも魔素の結晶を使えばそれがいらなくなるのよ。一度魔力が込められた魔石はその魔力を記憶していて、魔素の結晶を魔石に触れさせると全く同じ魔力が再度込め直されることになるわ』
ということは、アイテムボックスや毒除去の魔法具に、俺が魔力を込めなくても魔素の結晶から魔力を補充できるってこと……? それは凄い、凄すぎる。
「その結晶ってどの程度の大きさで、何回ほど使えるのですか?」
『かなり膨大なエネルギーが凝縮されていて、手のひらサイズの小さな魔素の結晶で、魔石一つなら百回はいけそうだったわね』
マジか……それやばいよ。この世界でも存在が知られたら混乱を生みそうだ。だって攻撃魔法の魔法具と魔素の結晶を組み合わせたら……
「ちなみに、どの程度の数が地中に眠っているのでしょうか?」
『相当量、としか言えないわね』
「それは本当にやばいですね……」
これは絶対にここだけの秘密にしておいた方が良いやつだ。それが悪用され始めたら酷いことになる。魔素の結晶の存在をこの世界に知らせないためにも、魔人をこの世界に入れちゃいけないな。
でもそのうち誰かが魔素の結晶を見つけて、結局は掘り出されることになるのかな。……まあいずれはそうなるんだろうけど、でもそれは絶対に今じゃない方が良い。もっと平和で文化的にも発展した後に発見されたのならば、この世界にとって有益な使い方をされるかもしれないし。
「とりあえず今の話は聞かなかったことにします。今この世界では手に余るものだと思うので」
魔物の森への対策に使えるのならとも思ったけど、そんなにすぐに人員を確保できないだろうし、魔素の結晶を掘り出すのに気を取られて魔物の森への対策がおざなりになったら本末転倒だし、魔素の結晶の有益性に目が眩んだ人が国をまた混乱させるかもしれないし、今軽く考えてもデメリットがメリットを上回るだろう。
『確かにそうね』
「それでは話を戻しますが、今はクドゥフェーニが時空の狭間を頻繁に訪れる以外、他の魔人は来ていないのですよね?」
『そうよ。皆準備で忙しくしてるわ。日々の糧も獲らないといけないし』
「分かりました。ではまだ余裕がある今のうちに時空の歪みを塞いでしまうのが一番ですね。今ならば最悪魔人と対峙しても、クドゥフェーニ一人だけと」
『多分そうなるわ』
あいつ一人だけならなんとかなるかもしれない。この前よりもまた鍛えたし、大丈夫なはずだ。自分を信じよう。
「ではミシュリーヌ様、また監視をお願いします。もし魔人に動きがあれば教えてください」
『分かったわ。じゃあまたね』
「はい」
そうしてミシュリーヌ様との話を終わらせて、俺は三人に向き直った。ミシュリーヌ様の声は聞こえてないから魔素の結晶のことは気づかれてないはずだけど……魔人が何かの結晶を手に入れたいってことは分かったよね。
「話は終わったかな?」
「はい。あの、魔人が何かの結晶を手に入れようと画策しているということが伝わってしまったかと思いますが、その結晶のことについては他言無用でお願いしたいです。この国を混乱させてしまうので」
俺は素直に誰にも言わないで欲しいと頼むことにした。すると三人は神妙な顔つきで頷いてくれる。
「もちろんだよ。レオンがミシュリーヌ様と話している内容は、レオンが私達に直接話してくれたこと以外は聞かなかったことにすると決めてあるんだ。まあレオンの声しか聞こえないからよく分からないのだけれど……」
そう言って苦笑したトリスタン様に俺はホッと安堵の息を吐く。本当にできた人達だよね。
「ありがとうございます」
「当然だよ。それで魔人の様子は聞けたかな?」
「はい。現在の魔人は次の作戦への準備をしているようでして……」
そこからは魔素の結晶のことは話題に出さず、魔人の作戦とクドゥフェーニが偵察に来ている現状だけを話した。
魔人の作戦を聞いた三人は深刻な表情を浮かべる。もし俺達の今回の作戦が失敗したら、それはイコールでこの世界の滅亡を意味するかもしれないのだ。
「その作戦はかなり危険だね。今でさえ魔物の森を広げないように、魔植物と対峙するだけで精一杯なのに……」
「もし魔物が森から出てきて街や村を襲い始めたら、一気に魔物の森が進行してくるでしょう」
「そうなったらもう、飲み込まれるのを待つだけになってしまいます……」
部屋の中に重苦しい空気が流れる。この世界は本当にギリギリの状態だ。この世界を救ったら、ミシュリーヌ様にたくさんご褒美をもらわないとだな。
「でも考え方を変えれば、今がチャンスということだよね。今のうちに時空の歪みまで辿り着ければ、最悪でも魔人一人と対峙するだけで済む」
トリスタン様が声を明るくしたそう言った。それに部屋の雰囲気が一気に変わる。やっぱりこういうのが上手いのは王族だよね。
「その通りです。なのでできる限り急ぎましょう。もし魔人に何か動きがあれば、ミシュリーヌ様が知らせてくださるそうです」
「これから私達にできることは、とにかく急ぐことだけだね」
「はい。でも無理はしすぎずに、途中で倒れないように気をつけましょう」
「分かっているよ」
「今のチャンスを逃さないようにいたしましょう」
「なんとか今回で時空の歪みまで辿り着きましょう」
そうして最後には、皆で明日からの魔物の森攻略に向けてやる気を高め合い、早めに解散となった。
そして自分の部屋に戻ってベッドに入る。ついに明日からは魔物の森だ。俺はその事実に緊張してなかなか眠りにつけなかったけれど、何とか目を瞑って気持ちを落ち着かせることで眠りに落ちることができた。
寝る前に考えていたことは俺の大切な人達のことだ。マルティーヌ、母さん父さんマリー、マルセルさん、ロジェ、ロニー、リュシアン、ステファン、他にもたくさんの大切な人達がこの世界にいる。
その人達のことを守るために、絶対成功させよう。そしてその人達を悲しませないために、絶対に生きて帰ろう。
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