第307話 出立前日
遂に今日は出立の前日だ。明日は朝早くから支度をして王宮に行きそこからパレードが始まるので、今日のうちに皆のところに出立の挨拶に回ることになっている。
マルセルさんのところに行き、次にマルティーヌのところ、それから家族皆のところだ。他の人達には今までの一週間で挨拶に行った。まずマルセルさんのところには転移で向かう。
「ロジェ、じゃあマルセルさんのところに行ってくるね。帰ってきたらマルティーヌのところに馬車で向かうから、準備だけはよろしく。お昼ご飯はマルセルさんと食べてくるよ」
「かしこまりました。では準備をしておきます」
「ありがとう」
そうして俺はマルセルさんの工房に転移をした。
「マルセルさん、レオンです」
「おおレオン、久しぶりじゃな」
「はい。忙しくてあまり来られなくてすみません……」
「良いんじゃよ。たまに顔を出してもらえるだけで嬉しいからな。それにこの前マリーちゃんと来てくれたじゃろう?」
マルセルさんはそう言ってでれっと笑った。この前マリーがどうしてもマルセルさんに会いたいと言ったので、護衛と一緒に俺が転移で連れて来たのだ。
「マリーは嬉しそうでしたね。……あのマルセルさん、マリーは慣れない環境に慣れない勉強で少し不安定なところもあるので、たまに会いに行ってもらえませんか? 俺はしばらくマリーの近くにいてあげられないので……」
「そうか……、もう行くのか?」
「はい。明日出立します」
「レオン、この国を頼むぞ。それから絶対に無事に帰ってくるんじゃ」
マルセルさんは真剣な、でも心配しているのを隠しきれていない表情でそう言った。
「はい。まだまだやりたいこともありますし、大切な人もたくさんいます。俺は帰ってきますよ」
絶対とは言えないけど……でも、気持ちでは絶対に帰ってくると決意している。
「そうじゃな。レオンは強いから……大丈夫じゃよな」
「はい。大丈夫です。俺にはミシュリーヌ様もついていますし」
「……そうじゃな。ミシュリーヌ様、レオンをお守りください」
マルセルさんはそう言ってミシュリーヌ様に祈り始めた。マルセルさんって元々信仰心を捨ててなかった貴重な人だから、ミシュリーヌ様の名前を出したら安心できたみたいだ。
マルセルさんには絶対、ミシュリーヌ様の実態はバラさないようにしよう……
「じゃあマルセルさん、暗い話はやめてお昼ご飯を一緒に食べませんか? お昼を持ってきたんです」
「そうなのか? 確かにレオンと食事を共にするのは久しぶりじゃな」
「ですよね。何が良いですか? 基本的になんでもあります」
「そうじゃな……ステーキが食べたいな」
「おおっ、マルセルさん若いですね。じゃあステーキとパンにしましょう!」
俺はアイテムボックスから、焼き立てで仕舞ったふわふわのパンと、とても良い部位を使っている赤身のステーキを取り出した。
「このステーキは相当良い部位を使ってるな?」
「そうなんです。俺はこの部位が一番好きなんですよね。赤身だけど固くなくて肉の味がしっかりしていて」
「わしも脂が多いと胃もたれするから、このぐらいがちょうど良いわい」
「それなら良かったです。じゃあ食べましょう」
俺はカトラリーや飲み物も取り出して机に並べ、マルセルさんに手渡した。
「ありがとう。じゃあ早速いただくとするかのぉ」
「どうぞ。俺もいただきます」
そうしてマルセルさんとたくさんの話をしながら、とても楽しい昼食を終えた。そして転移で自分の部屋に戻る。
「レオン様、おかえりなさいませ」
「ロジェただいま」
自分の部屋の隅に転移をすると、部屋の中にはロジェが待機してくれていた。
「馬車の準備はできておりますが、少しお休みになられますか?」
「うーん、疲れてないからこのまま行こうかな」
一度休んでゆっくりしちゃうと出かけるのが嫌になるんだよね。俺は結構面倒くさがりなのだ。
「かしこまりました。では連絡をしてきますので少しお待ちください」
「ありがとう」
すぐにロジェは戻って来て、俺は馬車に乗り王宮へ向かった。王宮に着くと顔パスで中に入れてくれて、すぐにマルティーヌのところへ案内される。
マルティーヌとは約束もしていたけれど、それにしてもスムーズだ。やっぱり使徒と婚約者って立場は凄い。
案内されたのは北宮殿の東屋だった。まだ王立学校入学前に、マルティーヌとはお茶会をした場所だ。
「レオンいらっしゃい」
「マルティーヌ、今日は時間を作ってくれてありがとう。こうして会えることも少なくてごめんね」
「気にしなくても良いわ。レオンが忙しいのは仕方がないことだもの。魔物の森の問題が解決して余裕ができたら、私との時間も確保してね?」
「もちろん」
もっとマルティーヌとの時間を確保したいし、家族皆やマルセルさんとの時間も確保したい。そのためには魔物の森の問題を解決しないとなんだ。
今回の遠征で時空の歪みを塞いで、この世界が滅びるかもしれないという憂いを絶って、絶対にまたここへ戻ってこよう。
「マルティーヌ、魔物の森に行ってくるね」
「……ええ。行かないでとは言えないけれど、絶対に生きて帰ってきて」
マルティーヌは少しだけ泣きそうな、でも決意を込めた瞳でそう言ってくれた。
「うん。俺の帰る場所はここだから。絶対に帰ってくる」
「帰ってきたら美味しいものをたくさん用意して、楽しいお茶会をしましょう。だから、だから絶対よ……」
マルティーヌはそこで耐えきれなくなったのか、大きな瞳から涙を溢した。しかし顔には笑顔を浮かべる。
「信じているわ」
「……うん。ありがとう」
マルティーヌは本当に強い。もし俺がマルティーヌの立場だと考えたら、泣いていかないでと引き留めてしまうかもしれない。信じてると送り出してくれるその信頼を、絶対に裏切らないように頑張ろう。俺は改めて気合を入れた。
そうしてマルティーヌにも挨拶をして公爵家の屋敷に戻ってきた。最後は家族皆の部屋だ。父さんの部屋に全員いるみたいなのでそこに向かう。
「レオン来たのね」
「うん。待っててくれたの?」
「そうよ。レオンが来るって言ってたから。ついに明日行くんでしょう?」
「うん。行ってくるね」
「……レオン来なさい」
母さんが両手を広げてそう言ってくれたので、俺は躊躇いなくそこに飛び込んだ。もう母さんに抱きしめられるのはちょっと恥ずかしいけど、でも凄く安心する。
「レオン、危なかったらすぐに逃げるのよ。失敗しても良いんだから。無理はしないのよ」
「……うん。無理はしないよ。もしダメそうだったら引き返して、また次の手を考えるよ」
「約束よ……」
母さんが俺を抱きしめている手は震えていて、声は涙で掠れている。こんなに心配させて申し訳ないと思うと同時に、こんなに心配してくれて嬉しいとも思う。
「レオン、父さん達が一番嬉しいのはこの国が助かることじゃなくて、レオンが無事に帰ってくることだから、それを忘れないように」
母さんに抱きしめられている俺の顔を覗き込み、優しく頭を撫でながらそう言ってくれた。
「うん。ここに帰ってくることを第一に考えるよ」
「ありがとう。待ってるからね」
「お兄ちゃん……頑張ってね。また一緒に遊ぼうね」
マリーに服を引っ張られながらそう言われたので、俺は母さんに離してもらってマリーに向き合った。
「マリー、帰ってきたら少しは時間に余裕もできるだろうからまた遊ぼうね。お兄ちゃんが転移でどこにでも連れて行ってあげるよ」
「……うん。楽しみにしてるね」
マリーは不安そうに、けれどそれを隠すように俺を見上げた。そしていつものように元気はないけれど、ニコッと笑みを浮かべてくれる。
まず一番に考えないといけないのは、四人で怪我なく帰ってくることだ。時空の歪みを塞げるのが一番良いけど、もし今回失敗したとしてもまだ猶予はあるはず。だから自分を大事にして頑張ろう。
俺は今日会った皆の涙と笑顔を思い出し、絶対に悲しませないと誓った。
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