第306話 従業員寮へ
従業員寮に着くと、外にはロニーとアルテュルが出迎えに出てきてくれていた。ロジェがヴァレリアを抱いて、俺はピエリックを連れて馬車から降りる。
「あ、あにうえ〜!」
馬車から降りてアルテュルに気づいた途端、ピエリックは小さな体でアルテュルのところへ走りだした。やっぱり数回会っただけでもお兄ちゃんのことは覚えてるんだね。
一人でも頼れる身内がいるだけで全然違うだろう。アルテュルと一緒にいさせてあげられて、本当に良かった。
「ピエリック!」
「ひっぐ……ひっ……は、ははうえが、もう会えないって……うわぁぁぁぁん」
ピエリックはアルテュルに会えたことで安心したのか、アルテュルの足にしがみついて泣き出してしまった。
「ピ、ピエリック。ここでは泣くな。……レオン様、お見苦しいところをお見せして大変申し訳ございません」
「ううん、気にしないで。突然親と引き離されて子供達だけで知らないところに連れてこられたら、不安なのが普通だよ。ヴァレリアはさっきまで泣いてたんだけど泣き疲れて眠ってるんだ。とりあえず二人を休ませてあげようか」
「ありがとうございます」
そうして皆で寮の中に入った。ピエリックとヴァレリアの部屋はしばらくアルテュルと同じ部屋だ。
「もうアルテュルの部屋は整えたの?」
「はい。先程こちらに着きまして、まずは部屋を整えさせていただきました」
「それなら良かった。二人もくつろげるね」
「乳母の方に二人に必要なものも整えていただきましたので、今日から暮らしていくのに問題はないかと思います」
そんな話をしながらアルテュルの部屋に向かうと、部屋の中にはお年を召した優しそうなお婆さんがいた。この人が乳母さんか。誰を雇うのかは完全に任せちゃったから俺は初めて会う。
「レオン・ジャパーニスです。二人の世話をお願いしますね」
「かしこまりました。精一杯努めさせていただきます」
乳母さんは優しく微笑んで挨拶をしてくれた。この人なら問題なさそうだな。
「じゃあアルテュル、二人を寝かせたら食堂に来てくれる?」
ヴァレリアは完全に寝ているし、ピエリックもさっきからかなり眠そうだ。多分横になったらすぐに寝ると思う。
「かしこまりました。すぐに参ります」
「ゆっくりで良いからね」
そうして二人をアルテュルと乳母さんに任せ、俺達は食堂に向かった。そして席には俺とロニーが座る。
「ロニー今日はありがとう。学校まで休んでくれて」
「もう学校は復習中心だし全然大丈夫だよ。それよりも泣いてて可哀想だったね……」
「……そうなんだ。そうだロニー、アルテュルと少しは話した?」
「うん。最初に来た時に丁寧に挨拶されたよ。何か、別人みたいだったね」
ロニーは少し困惑した表情でそう話す。確かに王立学校にいた時のアルテュルと比べたら別人だよね……それだけお父さんの影響が強かったんだろうけど。
「色々あってアルテュルも変わったから。孤児院にも行ってたし」
「そう。素晴らしい孤児院で得難い経験をさせてもらえたって言ってたよ。院長先生も皆も元気だったって」
「そっか、それなら良かった」
あの孤児院での数週間は、アルテュルにとって良い経験になっただろう。
「そうだ、まだアルテュルに店長になって欲しいって話はしてないんだけど、今日話をしても良い?」
流石にこういう大切なことは面と向かって伝えるべきだろうと思って、手紙に書くのはやめたのだ。
「分かった。じゃあそれで了承してもらえたら、僕は引き継ぎを始めれば良いんだね」
「うん。よろしく」
「了解」
そこまで話したところで、アルテュルが足速に食堂へ戻ってきた。
「アルテュル、二人は大丈夫?」
「はい。二人ともぐっすり寝ましたので、乳母に任せてきました」
「それなら良かった。じゃあ今後の話をしたいから座ってくれるかな」
「良いのでしょうか? 私は立ったままでも構いませんが……」
「ううん、気にしなくて良いよ。座ってる方が話しやすいし」
「かしこまりました。では失礼いたします」
俺とロニーは隣同士で座っていたので、アルテュルは俺の向かいの席に腰掛けた。
「レオン様、改めまして私達を一緒に雇ってくださり、本当にありがとうございます。まだ弟妹は迷惑をかけるばかりでお役に立てないかと思いますので、私が二人の分も働かせていただきます」
「うん。そう思ってくれるのは嬉しいけど、体調を崩したら元も子もないし頑張りすぎないようにね。ピエリックとヴァレリアにだって成長したら働いてもらうから問題ないよ」
「……本当に、ありがとうございます」
なんかアルテュルにここまで感謝されるとちょっとやりづらいというか、調子が狂うな。
「アルテュル、ピエリックとヴァレリアって教育は始まってたのかな?」
「はい。確か二歳になると家庭教師がつきますので、ピエリックは少しは学んでいたかと。ヴァレリアはまだだと思います」
「そっか。じゃあピエリックがここでの生活に慣れたら家庭教師もつけるね。これから先大公家で働いてもらうためにも、教育は受けてもらいたいんだ。それでも良いかな?」
「教育を受けさせていただけるのは本当にありがたいことです。よろしくお願いいたします」
「分かった。じゃあピエリックには落ち着いた頃に、ヴァレリアは二歳になった時に家庭教師をつけよう」
これで二人にはしっかり学んでもらって、大公家で有能な使用人になってもらいたい。大人になってから学んでも成長はするけど、やっぱり子供の頃から学んだ方が定着するし伸びる。それに貴族の子なら頭が良い可能性も高いだろうし。
「それからアルテュルにしてもらいたい仕事の話なんだけど、アルテュルには俺のお店シュガニスの店長として働いてもらいたいと思ってるんだ。どうかな?」
「店長、ですか?」
「そう。あっ、俺のお店のことは知ってる?」
「もちろん存じておりますが、私なんかが店長などという重要な役職についても良いのでしょうか?」
「うん。アルテュルはしっかりと教育を受けてきたから有能だし、俺は店長として頑張って欲しいと思ってる。今の店長はここにいるロニーなんだけど、ロニーには大公家で文官として働いてもらう予定なんだ。だから店長の方はアルテュルに任せたい」
俺がそこまで話をすると、アルテュルは少し不安そうにしながらもしっかりと頷いてくれた。
「……かしこまりました。私に任せていただけるのであれば、精一杯努めさせていただきます」
「アルテュルありがとう。じゃあ引き継ぎはロニーからしてもらってね。でもロニーは王立学校にまだ通ってるから、夕方以降と回復の日に」
「はい。ロニーさん、よろしくお願いいたします」
ロニーさん、確かにそんな呼び方になるのか……なんか違和感。
「ちょっ、ちょっと待ってください。アルテュル様にそう呼ばれるのは……」
ロニーも同じことを思ったらしい。少し慌ててそう言った。
「いえ、私はもう貴族ではなく平民です。ロニーさんは上司となりますのでその呼び方が良いかと……あっ、それともロニー様の方が良いでしょうか?」
「い、いえ、ロニーと呼び捨てで良いです! 平民ならば対等ですし……あっ、なので僕もアルテュルと、呼んでも良いでしょうか?」
ロニーが恐る恐るそう問いかけると、アルテュルは躊躇いなく頷いた。
「もちろんです。私に敬語も敬称も必要ありません。ですが……私も呼び捨てにして良いのでしょうか?」
「もちろんです。じゃあ僕もアルテュルって呼ぶから、アルテュルもロニーって呼んでね。敬語もなしで」
「……良いのですか?」
「うん。アルテュルに敬語を使われるのはなんかむずむずするというか、居心地が悪いから……」
「……分かった。ではロニーと呼ぶ。これからよろしく頼む」
「うん! よろしくね」
なんとなく二人も上手く行きそうでよかった。アルテュルとロニーは同い年だし、アルテュルが俺に対して態度を崩すことはないだろうから、ロニーと良い友達になってくれたら良いな。
「じゃあそういうことで、これから引き継ぎをよろしくね。俺はしばらく王都を留守にすることになるから、ロニー頼んだよ」
「うん、任せて。アルテュルへの引き継ぎも、二人がここに馴染めるようにも気を配っておくよ。レオンは心配しなくて良いからね」
そう言ってロニーは、頼もしい顔で笑いかけてくれた。本当にロニーは頼りになる。
「ありがとう。よろしくね」
そうしてロニーにアルテュルと弟妹のことを頼み、俺は従業員寮を後にした。これから三人の人生が良い方向に進めば良いな。
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