第305話 アルテュルの弟妹

 平民にも使徒様が魔物の森に行くという事実が大々的に公開されて、ついに俺達が出立する日時も正確に決まった。

 今日からちょうど一週間後の火の日だ。出立までの一週間は仕事を休んでも良いと言われたけれど、俺はいつも通りに仕事をすることを選んだ。その方が落ち着くからね。


 そして今日はかなり大事な仕事がある。実は今日の午前中に、アルテュルの弟妹が王都にやってくるのだ。

 俺は午後に二人を引き取り、そのまま従業員寮に連れて行く予定だ。アルテュルにも既に連絡をしていて、今日の昼頃に中心街の広場に乗合馬車で到着するらしい。


「レオン様、昼頃に中心街の入り口広場へ公爵家の馬車を一台手配しておきました」

「ありがとう」


 アルテュルには、公爵家の馬車を手配しておくからそれに乗って従業員寮に向かうように伝えてある。ロニーとアンヌにもちゃんと伝えてあるから大丈夫だろう。

 今日は本当は王立学校がある日なんだけど、ロニーは学校を休んで寮にいてくれるらしい。本当にありがたいよね。


「じゃあ俺も王宮に行こうかな。今日は午後から仕事ができないから、早めに行って仕事を進めたいし」

「かしこまりました」


 

 そうして俺はいつもより少し早めに執務室へ向かった。今日はリシャール様とは別の馬車だ。というよりも、最近は時間が合わないことが多くて別の馬車で仕事に向かうことが多い。


「アレクシス様、おはようございます」


 執務室に入ると既に何人かの文官が仕事を始めていた。


「レオンおはよう。今日は早いな」

「今日は午前中しか仕事ができないので早めに来ました」

「そうか、アルテュルの弟妹を引き取るのだったな」

「その予定です。……もう王都に着いているのでしょうか?」

「ああ、先ほど連絡があった。そろそろ王宮にも着いただろう」


 そうなのか……じゃあこれからアルテュルの弟妹は、母親や使用人と引き離されることになるんだな。そしてアルテュルの弟妹以外は、そのうちに処刑や重い罰を受けることになるのだろう。

 

 ……そう考えると悲しいし辛いしやりきれない。でもその決定に異を唱えることはしないと決めたんだし、俺ができることは二人をアルテュルの下に連れて行ってあげることだけだ。


「では二人を引き取ることができるようになりましたら、教えていただければと思います」

「ああ、分かった」

「よろしくお願いいたします」


 アレクシス様にそうお願いをして、俺はいつものように自分の机に座り仕事を開始した。今日はふとした時に思考が暗い方に行ってしまうので、とにかく仕事に熱中した。そのおかげでかなり仕事が捗ったよ。



「レオン、アルテュルの弟妹を引き渡す準備ができたそうだ」


 そろそろ昼の鐘が鳴るか鳴らないかくらいの時間に、アレクシス様がそう声をかけてくれた。予想より早かったな。


「早いですね」

「まだ話を聞けるような年齢でもないからな」

「確かにそうですね。……ではアレクシス様、本日はここで失礼しても良いでしょうか?」

「ああ、もちろん構わない。また明日もよろしく頼む」

「かしこまりました。また明日も参ります」


 そうして俺は執務室を後にして、王宮の使用人に案内されてアルテュルの弟妹のところに向かった。


 二人がいたのは王宮の応接室だ。二歳半だという弟は不安そうにソファーに座っていて、まだ一歳にもなっていない妹はお兄ちゃんにしがみついて泣いていた。

 本当に幼い子達だ……こんなに小さな頃に親を失うなんて、どれだけ辛いのだろうか。もちろん悪いことをしたから仕方がないんだけど、この子達に罪はないのに……


 俺は部屋に入ると二人のソファーまで向かい、二人の前にしゃがんで目線を合わせた。


「こんにちは。俺はレオンって言うんだ。君たちの名前を教えてくれる? 名前わかるかな?」

「……だれ?」

「俺は君達を引き取る人だよ。これから君達は俺のもとで暮らすんだ」

「……ピエリック。なまえ」


 弟の方が名前を答えてくれた。この子も不安で泣きたいだろうに、ギュッと拳を握り締めて泣くのを我慢しているみたいだ。二歳半だと貴族って教育が始まってるのかな? 少しは今の現状を理解しているのだろうか。


「妹さんのお名前はわかる?」

「……ヴァレリア」

「ピエリックとヴァレリアか。良い名前だね」


 そう笑いかけてもピエリックは不安げに瞳を揺らし、ヴァレリアは泣き続けている。


「君たちが何でここにいるのかは分かる?」

「よくわかんない。でも、わるいことをしたから、もういっしょにいられないって、ははうえが……」


 ピエリックはそこまで話すと涙を堪えきれなくなったのか泣き始めてしまった。大きな瞳からボロボロ涙が溢れていく。

 ……やばい、俺が泣きそうになる。


「そっか」

「ひっ……ひっく、おにい、ちゃん、もう、ははうえとは、会えないの?」

「……うん。もう会えないんだ。君たちのお母さんはお空にいっちゃうんだよ。だから、これからはお兄ちゃんと暮らそうね」

「な、なんで……ははうえ……」


 そこまで話をすると、ピエリックは本格的に泣き出してしまった。それに釣られてヴァレリアも激しく泣き始める。


「うわぁぁぁぁん」


 ……どうしよう。こうなるんだろうなとは思ってたんだけど、実際に目の当たりにすると可哀想で辛い。



 ――それからしばらくは、二人の背中を撫で続けて少し落ち着くまでひたすら待った。すると途中でヴァレリアは泣き疲れたのか寝てしまって、ヴァレリアが泣き止んだことでピエリックも少し落ち着いたみたいだ。


「ピエリック、アルテュルのことは覚えてる? 君のお兄さんなんだけど……何回か会ったことがあると思うんだ」


 俺はピエリックが少し落ち着いてきたところでアルテュルの話をしてみることにした。アルテュルは何度か会ったことがあるって言ってたんだ。


「あにうえ?」

「そう。分かる?」


 ピエリックはその問いに小さく頷いてくれた。良かった……


「良かった。じゃあこれからお兄さんのところに会いに行こうか」

「……会えるの?」

「うん。お兄さんとはこれからずっと一緒にいられるよ」

「ほんとう?」

「本当」

「……会いたい」

「よしっ、じゃあお兄ちゃんと一緒に馬車に乗ってくれる?」

「うん」


 良かった。とりあえずアルテュルに会えば少しは落ち着くだろうし、従業員寮に行けば乳母さんもいる。早めに移動した方が良いな。


「ロジェ、ヴァレリアを抱いてあげてくれる?」

「かしこまりました」

「ピエリックは自分で歩けるかな?」

「うん。歩ける」

「よしっ、じゃあ馬車まで行こうか」


 そうして俺は二人を連れて馬車に乗り、従業員寮に向かった。ヴァレリアは余程疲れたのか、抱き上げても馬車に揺られても起きなかったので、馬車の中は静かな空間となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る