第304話 マルティーヌとのお茶会

 今日はかなり久しぶりに、マルティーヌと二人きりでお茶会をする予定がある。仕事の合間などに少しずつ会ってはいたんだけど、婚約してからはお互いに忙しくてゆっくり話す機会がなかったので、魔物の森に行く前に一度時間を作ろうって話になったのだ。


 なので今日は朝からロジェが張り切っている。いつもより上等な服装に装飾品、念入りに髪型も整えられたし、いつもより三割り増しぐらいでキラキラしている気がする。


「ロジェ、もっと普通で良いんだけど……」

「いえ、王女殿下にお会いになるのですからこれぐらいはしなければ」

「でも、普段からたまに会ってるよ?」

「それと正式に約束をしてのお茶会は違います」

「そういうもの……?」

「はい」


 ……まあ良いか。ロジェに任せておこう。

 ロジェは前から俺の服装をその場面に合わせて最適なものを選んでくれてたんだけど、最近は何だか俺を飾り立てるのにハマってる感じなんだよね。


 あの魔人、クドゥフェーニとの戦いで俺の服や装飾品が全てダメになって新調してから、ロジェは今までよりも念入りに服や装飾品を整えて保管するようになった。

 何かがきっかけでロジェのやる気に火をつけたみたいなんだけど、ロジェの好きなものが増えるのは俺も嬉しいので指摘せずに任せている。

 実際必要以上にゴテゴテに飾られるとかは全くなくて、俺の立場や場面に相応しく完璧に仕上げてくれるので、全く文句はない。


「お待たせいたしました」


 ロジェが服装の乱れを最終チェックし、少しだけ満足げに頷いてからそう頭を下げた。


「ありがとう。ねぇロジェ、従者を増やすとしたらどんな人が良い? 経験豊富な人とか、経験はないけどやる気はある人とか、そういう感じで要望はある?」


 俺の従者は今のところロジェだけだけど、流石に大公として少なすぎるので後二人は増やそうと思っている。ロジェも休みを取れるようにしてあげたいし。


「そうですね……まず第一条件は、レオン様をしっかりと敬えること。上辺だけではなく心からです。そこさえクリアしていればどんな人物でも問題ありません。しかし欲を言えば、あまり経験がない方がレオン様や私のやり方を受け入れやすいと思います」


 その第一条件は確かに大切だけど……一番難しい条件でもあるな。でもできる限り探してみよう。


「分かった。じゃあ今の条件を前提に探してみるね。とりあえず二人で良い?」

「はい。教育も大変ですのでとりあえずは二人ほどがありがたいです。しかしその二人が使えるようになれば、あと数人は増やしても良いかと思います」

「そんなに必要……?」

「これからレオン様はさまざまな雑務に追われることが予想されます。経理やお店経営のことは文官に、屋敷に関わることは執事にと仕事を振ることになるかと思いますが、それ以外の細かい雑務などは従者に振るのが一番楽かと思われます。よって五人ほどいると便利かと」


 確かにどこに頼めば良いのか明確でない仕事とかは、従者に頼んで上手く采配してもらえたらありがたいよね。職種を横断するような仕事では、調整役とかもやってもらえるとありがたいし。実際にロジェは今でもやってくれている。

 そう考えたら五人ぐらいは必要なのかな。交代で休憩や休みを取ってもらうことも考えると……必要だな。


「確かに必要だね。じゃあまずは二人、それから時期を見てまた二人追加しようか」

「よろしくお願いいたします」

「うん。魔物の森から帰って来てからでも良い?」

「はい。やはりレオン様がいらっしゃらなければ、雰囲気も掴めず教育もしづらいので」

「分かった。じゃあ帰って来たら雇おう」


 最終的にはそう決めてロジェの方を向いて笑いかけると、ロジェは俺の顔をじっと見つめて来た。そして少しだけ沈黙が場を支配した後に口を開く。


「……レオン様、魔物の森からのご無事のご帰還、お待ちしております」


 そして深く頭を下げた。やっぱりロジェにも心配かけてるんだな……でも心配してくれるのが嬉しい。


「うん。無事に帰ってくるから、その間のことはよろしくね」

「かしこまりました」

「よしっ、じゃあ行こうかな。もう馬車は準備できてる?」


 俺は少しだけ暗くなった雰囲気を変えるように話題を変えた。するとロジェもすっかりいつも通りに戻って答えてくれる。


「既に準備できております。ではエントランスまでお願いいたします」

「うん。行こうか」


 

 そうして俺は馬車に乗って王宮に向かった。いつもは執務室がある王宮の中央宮殿に向かうんだけど、今日の行き先は王族の居住スペースである北宮殿だ。

 そこの中庭にある東屋で今日のお茶会は行われるらしい。従者も護衛も声が聞こえないほど遠くまで下がらせて二人きりだ。本当に久しぶりだよね。


 王宮に着くとマルティーヌのメイドさんが出迎えに来てくれて、東屋まで案内される。


「レオン! 今日は来てくれてありがとう。嬉しいわ」


 東屋まで向かうと、既に席に着いて待っていたマルティーヌが笑顔で出迎えてくれた。


「マルティーヌ、今日は招待ありがとう」

「ええ、今日は楽しみましょう」


 俺はロジェが引いてくれた椅子に優雅に座った。机の上には既にたくさんの食事やスイーツが並べられている。


「ロジェ、ローラン、下がっててね」

「かしこまりました」

「はっ!」

「あなたたちも下がってなさい」

「かしこまりました」


 お互いの従者や護衛を下がらせると完全に二人きりだ。いや、東屋なので遠くからこちらを見ている皆はいるんだけど、声は聞こえない距離だから二人きりのようなものだ。まだ婚約者の立場では部屋で二人きりとかは許されないんだよね。


「こうしてお茶会をするのは本当に久しぶりね。王立学校に入学する前以来かしら?」

「多分そうだよ。もう一年も経っているなんて、時が経つのは早いなぁ」


 でもこの一年で本当にいろんなことがあった。もう一年なのかまだ一年なのか。


「本当ね。それにしても一年で色々変わったわよね。あの頃はレオンが使徒様だなんて思っていなかったわ」

「俺も思ってなかったよ。本当に俺が一番驚いてるんだ」

「ふふっ、レオンはずっと否定していたものね」

「そうなんだよ……今となってはちょっと恥ずかしい」


 全てはミシュリーヌ様のせいなんだよ。もう責めるつもりはないけど。


「そういえば私、ずっと気になっていたことがあったの。聞いても良い?」

「もちろん」

「ありがとう。……レオンは別の世界で生きた記憶があるのよね?」

「そうだよ」

「もしかして使徒様って、別の世界から来た人のことなのかしら? それがずっと気になっていて……」


 マルティーヌは少しだけ聞きづらそうにそう言った。確かに今までの話を合わせたらそこ気になるよね。


「実はそうみたいなんだ。前の使徒様も、俺と同じ場所から転生した人だったみたい」

「やっぱりそうだったのね! やっとスッキリしたわ」

「あのマルティーヌ、俺は使徒だってことはもう公にしてるけど、別の世界から来たってことだけはずっと明かさないようにしようと思ってるんだ。どうしても家族にそのことを知られたくなくて……だから、秘密にしてくれる?」


 もし俺に家族がいなかったらいくらでも公表して良いんだけど、俺には大切な家族がいる。家族の気持ちを考えたらずっと秘密にしておいた方が良いと思ったのだ。世の中には秘密にしておいた方が良いこともあるよね。


「分かっているわ。この話はレオンと私が二人きりの時だけにしましょう。別の人生を生きた記憶があると聞いたら、レオンのご両親は複雑に感じるものね……」


 マルティーヌはそう言って少しだけ寂しそうな顔をする。マルティーヌは俺の心の中を読めるんじゃないかって言うほど、その時に欲しい言葉をくれるんだよな……

 その度にマルティーヌのことが好きになる。


「うん。ありがとう」

「お礼を言われることじゃないわ。私はレオンの前の世界の話もいくらでも聞くから、遠慮せずに話してね。たまには話したくなることもあるでしょう?」

「……うん。じゃあその時はマルティーヌに話すよ。長い話になるかもしれないけど」

「いくらでも聞くわ。楽しみね」


 そう言って笑ったマルティーヌの笑顔に見惚れる。本当に好きだなぁと、心から思う。


「そういえば前の世界にあった服や装飾品の話をしてくれるって約束だったわよね。是非聞きたいわ!」


 うっ、マジか……その話は苦手分野だ。でもマルティーヌが楽しそうだから頑張って話したくなる。なんとか記憶を探って雰囲気だけでも話そう。


「俺の前の世界の服は、本当に自由だったんだ。世の中にはさまざまなデザインの服が溢れていて、誰がどんな服装をしても良かった。この世界にない服と言ったら……例えばミニスカートとか」

「ミニスカート?」

「そう。膝上二十センチぐらいまでの長さしかないスカートとか、履いてる人結構いたよ」

「な、え、それって、それで外を出歩くの……?」


 マルティーヌは衝撃を受けているみたいだ。この世界って膝を出すことはないからね。特に貴族女性は素肌をあまり見せない。スカートは足首までを隠す長さが普通だし。


「それで出歩くんだよ」

「な、な、なんて恥ずかしいの……」

「でもそれが普通だったから、誰も恥ずかしく感じてなかったんだよね」


 本当に文化って面白いよね。ある国ではめちゃくちゃ恥ずかしいことでも、ある国ではごく当たり前のことだったりするんだから。


「そうなのね……驚きだわ。他には何か面白い服はあったのかしら?」


 マルティーヌの瞳が輝いている。この話をかなり気に入ってくれたみたいだな。



 ――それから数時間、マルティーヌとさまざまな話をした。いつまで話しても話が途絶えることも尽きることもなく、本当に楽しい時間になった。

 これからもずっとマルティーヌとこうして生きていけるなんて幸せだな。改めてそう思った。

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