第303話 家族への説明
「レオン、急に話があるってどうしたの?」
「また何かあったのかい?」
ここは公爵家の俺の部屋だ。夕食を食べ終わった後に、話があると家族皆を呼んだ。
「うん。実は使徒としての仕事のことで話さないといけないことがあって、まずはソファーに座ってよ」
「分かったわ」
実はまだ家族皆には、俺が魔物の森に行くことを伝えていないのだ。最近は色々あって皆も大変だったから、少し落ち着いたら話そうと思って今になってしまった。
平民の間にも使徒のことが少しずつ広まって来ているので、近いうちに使徒と三人の騎士が魔物の森に行くという情報を大々的に公布する。だからその情報が出る前に、家族皆には俺から伝えようと思ったのだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。マリーもお話聞いてくれる?」
「もちろん!」
「ありがとね」
「それで何の話なの?」
「……皆はさ、魔物の森のことは知ってるよね?」
魔物の森のことは平民にも公布したから皆も知ってるはずだ。
「ええ、知ってるわよ。魔法を使う怖い動物や植物がたくさんいる森で、このままだと人間が住む場所が全て飲み込まれてしまうのよね? でも騎士の方々が抑えてくれているから、皆で力を合わせて対抗すれば大丈夫だって話だったはずだけど」
「うん。でも実はその魔物の森の勢いが予想よりも強いんだ」
「それじゃあ、私達が住む場所も飲み込まれてしまうってこと……?」
母さんが一気に顔色を悪くしてそう呟く。そうならないために俺が頑張らないと。
「何もしなければそうなるかもしれないけど、心配はいらないよ。魔物の森の勢いを抑える方法が分かったんだ。でもその方法を実行するには魔物の森の一番奥まで行かないといけなくて、俺は使徒で強いから俺が行くことになった」
俺がそこまでを口にすると、母さんと父さんは深刻な表情を浮かべる。マリーも暗い雰囲気が伝わっているのか不安そうだ。
「レオンが、危険なところに行くのね」
「うん。でも俺が行かないとこの国が危険になるから、頑張ってくるよ」
俺はもう自分の中では魔物の森に行くことは決めていたので、決意を込めて母さんと父さんとマリーにそう告げる。すると母さんと父さんは少しだけ表情を緩めてくれる。
「もう決めているのね」
「この国を助けたいんだ。大切な人達がたくさんいるから」
「そうか。……心配だけど、父さんはレオンを応援するよ」
「母さんもよ。本当は危険なところに行ってほしくないけど、レオンの決意は応援するわ。……絶対に元気に帰ってくるのよ。それだけは約束して」
母さんは瞳を潤ませながら静かにそう言った。
「うん。約束するよ」
絶対に皆で怪我なく帰ってこよう。そのために全力を尽くそう。
「それなら良いわ。……頑張るのよ」
母さんはそこまで言うと立ち上がり、俺のことをぎゅっと抱きしめてくれた。母さんに抱きしめられたのは久しぶりだけど、やっぱり落ち着くな……
「お兄ちゃんは、危険なところに行くの……?」
不安げに俺達の話を聞いていたマリーが、ポツリとそう呟く。
「そうなんだ。この国が大変だから助けに行くんだよ」
「……ちゃんと、帰ってくる?」
「うん。ちゃんとマリーのところに戻ってくるよ」
「いなくなっちゃわない?」
「いなくならないよ。ほら、おいで」
マリーがあまりにも寂しそうだったので腕を広げてマリーを呼ぶと、マリーは俺の腕の中に飛び込んできた。そしてギュッとしがみついてくる。
「じゃあお兄ちゃんが帰って来たら、またバーベキューしよう?」
「そうだね。またしようか」
「今度はお肉をもっとたくさんだよ。甘いものも食べたいよ」
「じゃあ今度はお肉いっぱいのバーベキューで、デザートも準備しようね」
「ジュースも飲みたい」
「いろんな種類のフルーツジュースを準備しておくよ。マリーは何が一番好き?」
「……リンゴ」
「じゃあリンゴジュースを沢山準備しないとね」
「後は……釣りもしたい」
「釣り楽しいよね。釣った魚もその場で焼いて食べようか」
「……うん。絶対、約束だよ」
マリーは約束をすればその分俺が安全に帰ってくると思ったのか、たくさんの約束を口にした。そんなマリーの様子を見ていると何だか俺まで泣きそうになってくる。
絶対に元気で帰ってこよう。マリーの涙を拭いながら改めてそう誓った。
「じゃあここからは楽しいお話をしようか」
俺は暗くなった部屋の雰囲気を変えるために、意図して明るい声を出す。
「何のお話?」
俺の腕の中にいたマリーも少し期待した顔で見上げてきた。
「そうだね……じゃあお洋服のお話をしようか。マリーも新しいお洋服を沢山作るんだよ」
家族皆の服装はとりあえずサイズが合う中古服で間に合わせてるんだけど、大公家の人間になるんだししっかりとした服を作らないといけない。
まだ公には顔を明かしてないし外に出ることもないからいらなかったけど、早めに作らないとね。公爵家に仕立て屋を呼んでもらわないと。
「私の新しいお洋服!?」
おお、マリーが一気に元気になった。やっぱり女の子だからなのか新しい服が好きみたいだ。
「そうだよ。沢山作ろうね」
「でもこの前いっぱいもらったよ?」
「あれも可愛いけど、もっと可愛くて豪華なお洋服を沢山作るんだ」
「あれよりも?」
中古服とはいえかなりの高級店で買ったから、マリーからしたら今着てる服も十分豪華なんだろう。でも大公家の娘としては全然だ。
「もちろん」
「やったー!」
「ふふっ、良かった。後は装飾品も買わないとね。もちろん母さんと父さんもだよ」
「やっぱりそうなのね……今のお洋服で十分なのだけど」
「この服は凄く上等だよね。父さんはこの服でも着ていると緊張するよ」
母さんと父さんは今着ている服にも慣れない様子だ。確かに今までの服と比べたら値段も天と地ほどの差があるからね。でも多分大公家の人間として作る服装は、その今着てる服とまた天と地ほどの差があると思うな……
皆には値段は教えないことにしよう。
「あんまり気にしないで。お金はあるんだし」
「それでもやっぱり気になるのよね。レオンはお金を気にせず何でも買って良いと言ってくれるけど、今までの感覚は抜けないのよ……」
この国の貴族の資産は基本的に領地からの収入なんだけど、それ以外にも毎年王家から俸給が支払われる。大公家にも例外なく支払われているので、お金は十分にあるのだ。
さらに今後は分けようと思ってるけど、今のところは俺の資産もイコール大公家の資産のようなものだし、お店が始まればその利益も大公家を潤すだろうし、お金の心配は全くいらない。
まあでも、感覚が変わらないっていうのはよく分かる。俺もいまだに日本での庶民感覚と、この世界の実家での貧しい感覚が抜けきらないから。
「まあ段々と慣れていってくれれば良いよ」
「そうね、そうするわ」
「父さんも段々と慣れるように努力するよ。……まずは貴重な調味料を沢山使えるところからかな」
「確かにそれにもまだ慣れないわ」
「調味料?」
「ええ、公爵家の厨房を借りてたまに料理をするんだけど、砂糖とか蜂蜜とか、後はいくつかの香辛料とか。高くてとてもじゃないけど使えなかったものが、普通に渡されるから驚くのよ」
確かにその辺にもギャップがあるのか……平民は基本的に塩しか使わないことが多いからね。
「確かにまずは身近なとこからだね」
そうしてそれからは、家族皆と平民としての暮らしと公爵家での暮らしの違いについてで盛り上がった。そして時間も遅くなって来たので今日の話し合いは終わりとなり、皆はそれぞれの部屋へと戻っていった。
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