第296話 皆の今後

 お店に着きロジェとローランと共に中に入ると、飲食スペースには給仕担当の皆がいた。貴族に対する接客の実践練習をしているらしい。貴族のお客様役はアンヌみたいだ。


「レオン様、お久しぶりでございます」


 俺が中に入ると皆が一斉に頭を下げてくれる。ここには使徒だってことと、ジャパーニス商会が大公家になるってことを知らせに来て以降ほとんど来てないから久しぶりだ。忙しくて完全にお店のことは後回しになってるんだよね……


 でも俺のところにケーキの販売はいつからだ、お店はいつ開店するんだって問い合わせがかなり来てるし、そろそろお店のこともやらないと。結局は予約での販売もまだ開始してないから、まずはそこからかな。


 今日は新しいレシピよりもまずはそっちを話し合うか。うん、その方が良い気がしてきた。それにロニーとアンヌ、ヨアン、エバンには大公家で雇いたいって話もしたかったんだ。

 とりあえず皆を集めてもらって午前中はその話、そして午後に新しいレシピの話にしようかな。


「皆久しぶり。アンヌ、ロニーとエバン、ヨアンはいる?」

「ヨアンは厨房におります。ロニーとエバンは屋台に行っております」


 そうだった……屋台のこともどうにかしないとだよね。商会じゃなくて大公家になっちゃったし、屋台はとりあえずやめようかと思ってるんだ。それで屋台の代わりに平民向けのスイーツ店を作りたい。

 まあでも他が色々落ち着いてからになると思うけど。そうじゃないと俺が過労死しそうだ。


「じゃあ仕事中悪いんだけど、ロニーとエバンを呼んできてもらえるかな?」

「かしこまりました。ではキアラ、二人を呼んできて」

「かしこまりました」


 キアラはアンヌのその言葉にキリッと答えると、俺に向かって深く頭を下げてお店を出て行った。なんか前よりも皆の態度が恭しくなったな。

 教育の成果なのか、俺が使徒で大公になったからか。多分後者だろう。


 本当はもっと崩した態度でも良いんだけど、これからたくさんの従業員や使用人を雇う中で、あんまり親しい態度を許しすぎるのも良くない。

 もうここは俺が諦めないといけないところだよね。それにこれから時間が経てば皆が慣れて、もっと態度が崩れるかもしれないし。それまでは我慢かな……


 とりあえず崩した態度を許すのは、本当に仲の良い少数の人だけにしよう。ロニーは絶対にその少数の中だ。ヨアンもかな。アンヌとエバンは……元々ちゃんとしてるからね。


「ではレオン様、奥の休憩室へどうぞ」

「うん、ありがとう」


 俺はアンヌに案内されて奥の休憩室に向かった。そしてそこにあるソファーに腰掛ける。


「ロジェ、お茶の準備をお願い。五人分ね」

「かしこまりました」

「それからアンヌ、五人で話したいからこの机の周りに椅子をいくつか持ってきてくれないかな?」


 休憩室には三人掛けのソファーが二つあるんだけど、多分俺の隣に座るのは断られるだろうし、そもそも横に座ったら話しづらい。


「かしこまりました」


 そうしてロジェとアンヌが休憩室で話をできるように準備を整えてくれていると、ヨアンが休憩室にやってきた。


「レオン様、お久しぶりです」

「ヨアン久しぶり。最近はどう? 研究の進捗とか他の二人の様子は」

「はい。研究の方はあまり成果は上げられていません。最近はカカオをどうにかスイーツにできないかと試行錯誤しているのですが、あまり上手くいかず……」


 やっぱりカカオは難しいか。これはシェリフィー様にチョコレートの作り方の本を頼んだ方が早いかもしれない。カカオからどうやってチョコレートになるのか、みたいな本あるかな?


「そっか。すぐには難しいと思うから気長にやろう。それからもしかしたらなんだけど、カカオの調理法が分かるかもしれないからその時はすぐに教えるよ」

「本当ですか!?」

「うん。まだ先だけどね。冬の終わり頃かな」

「かしこまりました。その時を楽しみにしております!」


 ヨアンは新しい調理法を知れるかもという情報に瞳を輝かせている。やっぱりヨアンは研究に向いている。

 それにしても使徒になったら、俺がいろんな知識を知っていることを誰も疑問に思わなくなったな。前みたいに誤魔化したりしなくて良いから凄く楽だけど。多分ミシュリーヌ様から教えてもらってるって思われてるんだろう。実際はシェリフィー様なんだけどね。


「それから他にもたくさんの新しいスイーツのレシピがあるんだ。それは今日の午後にでも教えるね。まだお店のメニューには加えなくても良いけど、美味しいものが作れるように研究は始めてほしいんだ」

「なんと、新しいスイーツまで。レオン様にお仕えできて本当に幸せです……」


 ヨアンはもう嬉しいを通り越して感激している様子だ。ヨアンは大袈裟だけど、そう言ってもらえるとやっぱり嬉しいよね。


「ありがとう。じゃあとりあえず座って、午前中は別の話があるんだ」

「かしこまりました。失礼いたします」


 そうしてヨアンが座った頃にはアンヌも席に着き、それからすぐにロニーとエバンもやってきた。


「ロニー久しぶり。エバンも久しぶりだね」

「レオン久しぶり、最近は忙しそうだね」

「お久しぶりです」


 そんな挨拶をしながら二人にも席を勧める。


「そうなんだ。色々やることがあって大変かな。ロニーは学校はどう?」

「王立学校はそろそろ卒業試験も近くなってるでしょ? だから少し忙しくなったかも。一年間学んできたことの復習の授業が増えたかな」


 確かに秋の休みが終わってもう完全に冬だ。冬の終わりの少し前に卒業試験をして、その後に卒業パーティーだったはずだから……段々と試験も近づいて来てるね。


「ロニーはどう? 卒業試験受かりそう?」

「うん、問題ないかな。心配なのは剣術だったんだけど、最近はエバンさんに教えてもらったりしてるから」

「そーなんだ。それなら問題なさそうだね」

「だから今年で卒業できると思うよ」


 この様子ならほぼ確実に今年で卒業できそうだ。それならロニーは卒業したら本格的に働いてもらうって感じにしよう。


「良かったよ。じゃあロニーも春からは本格的に働けるね」

「うん。精一杯頑張るよ!」


 ロニーもやる気十分みたいだ。やっぱり頼もしい。

 俺はそこでロニーとの話を一度切って、四人全員の顔を見回した。


「じゃあ今日の一番重要な話なんだけど、皆の今後についてなんだ。今の皆はシュガニスというお店で雇っている状態なんだけど、ここにいる四人には是非ジャパーニス大公家で働いてほしいと思ってる」


 俺がそう言うと、皆は一気に真剣な表情に変わった。


「俺が考えているのは、アンヌはジャパーニス大公家のメイド長、エバンは兵士隊の隊長、ヨアンはジャパーニス大公家に作る予定のスイーツ研究室の研究者、ロニーは文官として雇いたいと思ってる。……急に言われて戸惑うと思うんだけど、どうかな? もちろん断ってくれても構わないよ。その場合は今まで通りお店の従業員として雇うから。それにまだ決められないってことなら返答を延ばしてくれても構わない」


 そこまで言い切ると、まず口を開いたのはヨアンだ。


「レオン様! スイーツ研究室というのは一日中スイーツの研究だけをしていれば良いのですか!?」

「うん。新しいレシピを開発したり、よりスイーツが美味しくなるような工夫を編み出して欲しいんだ。そこで開発されたものが実際にお店にレシピとして渡り、お客様に提供されるって形になるよ」

「そのような素晴らしい場所に、私を雇っていただけるのですか!?」

「ヨアンしか適任はいないと思ってるんだ。どうかな?」

「こ、断るなどあり得ません! レオン様、ありがとうございます。よろしくお願いいたしますっ」


 ヨアンはかなり興奮した様子でそこまで話すと、椅子から立ち上がりその場に跪いた。そして深く頭を下げる。

 最近はよく跪かれるな……やっぱりそこは使徒という身分というか、肩書きのせいなんだろうな。


 それにしてもヨアンの反応は概ね予想通りだね。ヨアンは確実に喜んでくれるだろうとは思ってたんだ。ちょっと予想よりも激しかったけど。


「ヨアンありがとう。顔を上げて。これからもよろしくね」

「……はいっ! よろしくお願いいたします!」


 そうしてヨアンがジャパーニス大公家のスイーツ研究室の一員になることが決まったところで、次に口を開いたのはロニーだ。


「レオン、僕を文官として雇うっていうのは具体的にどんな仕事をするのか聞いても良い?」

「もちろん。基本的に貴族家に雇われている文官って領地経営の補佐をするんだけど、俺は領地を持たないからそこの仕事はないんだ。その代わりにお店の経営の補佐をしてほしい。これからももっと店舗数を増やしていきたいし、後々にはスイーツだけじゃなくて食事系のお店もやりたいんだよね。だからロニーは、ジャパーニス大公家の系列店をまとめる立場になるって感じかな。それから大公家の経理もお願いしたい」


 ロニーはそこまで話を聞くと大きく頷いてくれた。


「うん、どんな仕事かは分かったよ。正直僕にどこまでできるのかって不安はあるんだけど、精一杯役目を果たせるように頑張るから是非僕を雇ってほしい。よろしくお願いします」


 ロニーはそう言って頭を下げた。そして顔を上げると笑顔になり一言。


「レオン、これからもよろしくね」

「……うん! ロニーよろしく」


 そうしてお互いに笑い合った。ロニーが今までと変わらない態度で接してくれて、さらにそんなロニーがずっと側で支えてくれることが思いのほか嬉しい。

 やっぱり俺に遠慮せずに意見を言ってくれる存在って貴重だと思うんだ。これから先は俺を煽てたり持ち上げる人はたくさんいるだろうけど、窘めてくれる人はほとんどいないと思う。だからロニーが近くにいてくれると心強い。

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