第295話 魔法の仕組み
「スイーツの話?」
「違います。魔法の話なんです」
俺がそう言うとミシュリーヌ様は途端に落ち着いたようで、すとんとソファーに座ると首を傾げた。
「何の話かしら?」
「一つ疑問に思ってることがあって、なんでこの世界の魔法ってイメージで、それも日本の法則に当てはめたイメージで魔力消費量が減るのですか?」
「イメージで魔力消費量が減る……?」
あれ、ミシュリーヌ様が首を傾げたままなんだけど。もしかして意図的な設定じゃないの?
「例えば火魔法では酸素をイメージするとか、土魔法では無重力とか、回復魔法では傷が治る仕組みとか」
「……ああ! 分かった!!」
おお、やっと思い当たることがあったみたい。
「あの子にせがまれたのよ。戦乱の世を終わらせて大国を作るにはもっと使徒様が強くないとダメだって言われて、イメージで魔力消費量が減るようにしたのよね」
あの子って前の使徒様のことだよね。またその子の仕業か……でもなんでそんな回りくどい感じにしたんだろう。
魔力量を無限にはできないって言われたけど、イメージで魔力消費量を減らせるのなら、魔力消費量が減る神物とかを渡せば良かったんじゃないの?
「何か魔力消費量が減る神物を渡すとかじゃダメだったんですか?」
「それだと人に奪われた場合に困るって言われたわね。あとは平和な世になったら一般人にもイメージを教えるから誰でも使えるもの、かつこの世界の人が思い浮かばないものが良いって話になったのよね」
そうだったんだ……確かにそれだとイメージが一番なのかな?
「ではなぜ今の人達は、誰もそのイメージを知らないのでしょうか?」
「教えたらもっと人が死ぬからって言ってた気がするけど……結局あの子が生きてるうちに平和は実現できなかったのよ」
「確かに……戦争が多発してる状態であれは危ないですよね」
俺も情報が敵に渡ったら危ないよなって思ったんだ。でも今の俺は皆に教えようとしている。
教えないで済むのならその方が良いだろうけど……今の状態だとそんなことは言ってられないんだよね。魔物の森に対処するには一人の巨大な力じゃなくて、大勢の小さな力が必要なんだ。そしてその小さな力は少しでも大きい方が良い。
「ミシュリーヌ様、俺はそのイメージを広めようと思っていますが良いでしょうか?」
「もちろん良いわよ。元々広める予定で作ったものだし」
「それなら良かったです」
一度教えちゃったら自ずと広まるだろうし、もう躊躇いなく教えてしまうことにしよう。そうしないと人間はいずれ滅びちゃうんだし。
後何か聞きたいことってあったかな……そうだ、水魔法で作り出す水について聞きたかったんだ。
水魔法で作り出す水って温度を下げるのは液体ギリギリまで温度を下げられるのに、温度を上げることができないのが不思議だったんだよね。
俺の中では火属性は温度上昇、水属性は温度低下ができるのかなって結論づけてたんだけど、答えを聞けるのなら知りたい。
「ミシュリーヌ様、もう一つ質問良いですか?」
「良いわよ」
「ありがとうございます。あの、水属性って魔力から水を作り出せるじゃないですか? あの水ってなんで常温以上に温度を上げられないんですか? お湯や熱湯を作り出せたら便利なのにってずっと思ってたんです」
「ああ、それはあれよ。水属性の魔力による魔力変換の試行範囲に温度上昇を加えると、例えばだけど数千度のお湯が一瞬だけ作れるのよ。でも数千度のお湯なんて一瞬で蒸発するでしょう? そうなった時に水蒸気爆発が起きて危ないから、制限をかけたのよね」
怖っ! 水蒸気爆発を起こせる魔法とか……制限一択だな。でもそれならお湯は作れるようにしてくれても良かったのに。
「例えばなんですけど、百度のお湯までなら作れるとかにはしなかったのですか?」
「それも考えたのよ。でもそれには試行範囲に温度上昇を加えて、さらにその上で細かく制限をかけないといけないでしょ? だから温度上昇は火属性、温度低下は水属性って分けちゃったのよね」
ふ〜ん、仕組みを作るっていうのも結構大変なんだな。
あれ? 今までの話をまとめると、温度低下の権限でマイナス百度の水も千度の水も作れるって話にならない?
それもミシュリーヌ様に聞いてみると、首を横に振られた。
「それはできないわ。そっちはちゃんと試行範囲に温度低下を加えた上で、さらに制限をかけたから。それが本当に大変で神力を馬鹿みたいに消費して……温度上昇の方は嫌になったのよね。確か水が液体として存在できる範囲までしか温度を下げられないようにしたはずよ」
「そうなのですね。なんでそこでもう少し温度を下げられるようにするとか、氷属性を作るとかしなかったのですか?」
氷属性ってあったら絶対に便利だと思うんだ。とりあえず水魔法でなんとか氷を作り出せたから良かったけど、もしそれが出来てなかったら、この世界でスイーツは発展しなかっただろう。
「私も作ろうと思ってたわ。だからこそ水魔法では液体として存在できる温度までにしたのよ。でもいざやってみると氷魔法は作れなかったのよね……」
「なんでですか?」
「色々理由はあるんだけど……レオンに説明するのは難しいわね。まあ魔力も万能じゃないってことよ」
なんかちょっと納得いかないけど、確かに魔力がなんでもできるものだったら凄すぎるし、そんなものなのか。
「そうなのですね。では水魔法の制限を変えようとは思わなかったのですか?」
「一度設定したものを変えるのはかなりの労力だし、神力も沢山必要だし……まあ、はっきり言えば面倒くさかったのよ」
随分はっきり言ったな。まあ、良いけどね。氷はもう作れるから。
でもなんとなく聞けてスッキリしたかな。よくわからないところも多いけど、そもそも全てを理解するのなんて無理だろうし。俺に話せない部分もありそうだし。
「色々と教えてくださってありがとうございます。少しは納得できました。では今日はそろそろ戻りますね。あっそうだ、このメモを持っていてもらえますか? それで俺が連絡したらこのメモの内容を読んでもらえるとありがたいです」
「分かったわ、任せておきなさい!」
ミシュリーヌ様はやる気満々の様子で笑顔を浮かべた。そこはかとなく不安感が漂ってるけど……こんなに何もない空間でメモをなくすこともないだろうし、多分大丈夫だろう。
「よろしくお願いします」
「じゃあ下界へ送るわね。魔人の動きがあったら連絡するわ。またね!」
「はい。あっ、ミシュリーヌ様、色々教えてくださったお礼に神力を少しだけ増やしておきますから、それでスイーツ食べてください」
「レオン、レオン……あなたはなんて良い子なの!? 大好きよぉぉ」
ミシュリーヌ様のその叫びを最後に、俺はまた白い光に包まれた。ちょっとミシュリーヌ様に甘いかな? でもあの静かな空間でずっと魔人を監視してるのって大変だと思うんだ。ちょっとぐらいは楽しみもないとね。
そして白い光が収まって目を開けると……そこは俺の部屋だった。時間は午前九時ちょうど。二回目だけど改めて驚くな。本当に時間が止まってるなんて。
「ロジェ、ただいま」
俺がロジェにそう声をかけると、ロジェは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。ロジェがここまで表情を変えるのは久しぶりだ。
でも確かに驚くよね。ロジェにとっては九時になったところで、つい数秒前に俺がミシュリーヌ様に時間ですよって話しかけたところなんだから。
「もう、お会いになられたのですか?」
「うん。時間が止まるって言ったでしょ?」
「そうですが……やはり実際に目の当たりにすると驚くと言いますか、信じられないと言いますか……。どのぐらいの時間お会いになられていたのですか?」
「うーん、三時間ぐらいかな? もう少し長いかな?」
「そ、そんなにですか……」
ロジェにとっての一秒を三時間って言われても困るよね。それは分かる。俺もちょっと不思議な感じだ。
もう一日分は頑張った気がするけどまだ朝なんだよね。
「これからもあると思うから段々と慣れてね」
「かしこまりました」
「よしっ、じゃあこの後はお店に、シュガニスに行こうかな。新しいレシピを色々と仕入れたんだ」
俺がそう言ってまだ淹れたてのお茶を飲むと、ロジェはもういつも通りの表情に戻っていて一礼した。
「かしこまりました。では馬車の手配をして参りますので少しお待ちください」
「分かった。よろしくね」
今は従者がロジェしかいないから、ロジェが何か用事で抜けると従者がいなくなっちゃうんだ。今までは別にそれでも良かったんだけど、これからは大公だしやっぱりもう一人は必要だよね。
護衛も従者も足りないし、足りないところだらけだ。
そんなことを考えつつお茶を飲んで待っていると、ロジェはすぐに戻ってきた。
「レオン様、馬車の手配ができましたのでいつでも向かえます」
「ありがとう。じゃあ行こうか」
「かしこまりました」
「ローランも護衛よろしくね」
「はっ!」
そうして俺は馬車に乗り込んだ。これからヨアンにレシピを渡すことを考えると、かなりワクワクするな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます