第286話 久しぶりのマリー

 その後はいつも通りに執務室で仕事をした。そして仕事が終わる時間より少し早くに四人が来たので、俺はいつもより早めに仕事を終えて公爵家に帰ることとなった。


 今日はリシャール様と一緒ではなく俺だけが先に帰るので、馬車の中には俺とロジェと護衛の四人だけだ。


「皆は俺と話してみてイメージと違うな、とか思った?」


 俺はパーティーの時は使徒様モードでやっていたのでそう聞いてみると、皆は予想に反して首を横に振る。


「いえ、私は近衛としてパーティー会場におりましたが、レオン様は威厳もありながら優しいお方だと見ていてわかりましたので、予想通りのお方で安心しております」


 ロレシオが少しだけ微笑みつつそう答えてくれた。やっぱり使徒様モードで頑張っても雰囲気までは変わってなかったってことか……まあ、結果オーライかな。


「私は実際にレオン様とお話しさせていただいて、よりレオン様の素晴らしさを実感しております! 使徒様であらせられるのにそれをひけらかすわけでもなく、威厳も持ちながらやさしさも兼ね備えている。本当に素晴らしいお方です!」


 ローランはそう褒めちぎってくれた。俺はそんなに凄い人じゃないんだけど……でもちょっと嬉しい。


「ありがとう。これからも良い主でいられるように頑張るよ。俺の家族のこともよろしくね」

「お任せください!」



 そうして馬車で皆と友好を深めていると、すぐにタウンゼント公爵家に着いた。屋敷に着いてまず皆には俺の部屋に待機していてもらう。


「ロジェ、家族皆はどこにいるのか分かる?」

「この時間ならば授業は終わっておりますので、お部屋でお休みになられているかと思います。マリー様のお部屋にお集まりになることが多いようです」

「ありがとう。じゃあマリーの部屋に皆を迎えに行こうかな」

「かしこまりました。ではマリー様付きのメイドへ連絡をいたしますので少しお待ちください」

「よろしくね」


 貴族の屋敷では連絡をしないと気軽に訪ねられないところが不便だ。俺の屋敷では家族間なら遠慮なく行き来できるようにしたいよね。


 というかとりあえず護衛は一人ずつ雇うことができたけど、メイドと従者も雇わないとだ。そこも信頼できる人をとなると大変だな……

 やっぱりリシャール様とアレクシス様に相談した方が良いかな。これからは使える人脈は使っていく方針でいこう。俺が一人でできることには限りがあるし、それで変な人を雇ったとなればジャパーニス大公家全体の問題となる。使徒様の問題は国の問題にも発展しそうだし……うん、とにかく相談大事だな。


 でも全員信頼できる人をっていうのも難しいんだろうし、とりあえず一人は信頼できる人を入れてあとは雇ってみて判断って感じになるのかな。ふぅ、やるべきことが多すぎる。


「皆、座って待ってて良いよ?」


 俺はとりあえず護衛の皆に寛いでもらおうと思い、皆にソファーを進めた。すると皆は困惑したような様子でその場から動かない。


「……レオン様、レオン様のご家族は大公家の皆様ですので、私達が座って待つことは遠慮したいのですが……」


 ロレシオにそう言われて初めて気づいた。そうだよね、俺の家族は大公家なんだ。なんとなく平民のままだっていう感覚でいたし、俺もまだ大公だって自覚があんまりなかった……

 それだと周りの人を困惑させるだけだし、ちゃんとしないとだな。


「確かにそうだね。じゃあ皆はそっちに立って待っててくれる?」

「かしこまりました」


 そうして皆が俺の部屋の一角に綺麗に並んだところで、ロジェが戻ってきた。


「レオン様、今すぐ訪ねても良いそうです。皆様マリー様の部屋に集まっておられます」

「分かった。じゃあ行こうか」


 ロジェと共に自分の部屋を出てマリーの部屋に向かう。部屋に入るとマリーがソファーから勢いよく立ち上がり、俺のところに駆けてきてくれた。


「お兄ちゃん! 今日は帰ってくるの早かったんだね!」

「そうなんだ。今日は皆に紹介したい人達がいて早く帰ってきたんだよ」

「紹介したい人?」

「そう。俺の部屋にいるから来てくれる? 母さんと父さんもお願い」

「良いけど、どんな人なの?」

「皆の護衛をしてくれる人だよ」


 俺のその言葉に皆は不思議そうな顔をした。


「護衛をしてくれる人ならもういるわよ?」

「うん。でもそれはタウンゼント公爵家に雇われてる人なんだ。今から会ってもらう人はジャパーニス大公家で雇う人だよ」

「そういうことなのね。分かったわ」

「じゃあ皆で行こうか。それにしても四人で集まるのは久しぶりだね」


 父さんが嬉しそうにそう呟いた。確かに最近は俺も皆も忙しくて、夜ご飯の時ぐらいしか会わなかった。やっぱり皆でどこかに出かけたいな。街よりも自然なところ、森とかが皆は落ち着くかな。

 転移を使えば、今の俺の魔力なら前の家の近くの森にまで転移できて、ここにまた戻ってくることも可能だろう。ピクニックとかやりたい。


「最近忙しくて夜ご飯の時しか話せてないよね」

「お兄ちゃんが近くにいるのに遠くにいて寂しいの……」


 マリーは俺の服をぎゅっと掴んでそう言った。うぅ……マリーが可愛い。これは絶対に休みを作って皆で出かけないとダメだ。ピクニックの決行は決定だな。


「マリーごめんね。今度時間を作るから皆でどこかに出かけようね。マリーも勉強で疲れてるでしょ?」

「本当!? お出かけしたい!」

「じゃあ、お兄ちゃんが予定を立てるよ」

「やったー、お兄ちゃん大好き!」


 お兄ちゃん大好き、お兄ちゃん大好き……いい響きだ。この言葉だけでしばらくは頑張れる。

 俺は自分の顔がデレっと崩れるのを実感しつつ、それを引き締める術が思いつかなかった。だってマリーが可愛いんだ。


 うふふ、ふふふふ、お兄ちゃん大好きかぁ。嬉しすぎる。やっぱりマリーはいつまでも天使だ。そうして俺がデレデレとしていると、マリーに服を引っ張られた。


「……お兄ちゃん! もう、ちゃんとお話聞いて!」


 そう怒られてやっと現実に戻る。幸せすぎて思考が飛んでた。


「ごめんごめん。なんの話だっけ?」

「お勉強のお話! 私いつも褒められてるんだよ」

「そうなんだ。さすがマリーだね。最近は何を勉強してるの?」

「うーんとね、敬語と礼儀作法だよ。そうだ、ちょっとお兄ちゃんそこにいて、見ててね!」


 マリーはそう言うと廊下の先まで走っていき、そこから俺の方に優雅に歩いてきた。凄い、歩き方が今までと全然違う……

 そして俺の前でまで来ると立ち止まり、綺麗に微笑みながら右足を少し後ろに下げて膝を曲げ頭を少し下げるという、貴族女性がよくする挨拶をした。


 そして挨拶を終えると途端にいつものマリーに戻り、キラキラした瞳を俺に向けてくる。


「よく出来てたでしょ!」

「……うん、うん、凄いよマリー! どこかのお嬢様みたいだった!」

「えへへ。先生にも褒められたんだよ!」

「さすがマリーだね。完璧だよ」


 俺のその言葉にマリーは嬉しそうに飛び跳ねている。うん、こういうところもマリーらしくて好きだな。


「もう一回やってあげる!」


 マリーはそう言ってまた廊下の先に走っていった。褒められたのが殊の外嬉しかったのだろう。もう一度マリーの歩きと挨拶を見て、また褒める。俺の部屋はすぐそこなのに全然辿り着かないな。でもそれも幸せだ。

 他の皆はその様子に苦笑を浮かべているようだ。まあ、こんなこともたまには良いよね。


 そうしてしばらくマリーに付き合って俺も楽しんで、部屋で待っている四人のことも考えてそこそこのところで止めた。


「マリー、また今度見せてもらうから今日はお兄ちゃんのお部屋に行こうか。お部屋で待ってる人がいるんだ」

「そっか。じゃあまた今度ね!」



 そうして俺の部屋に入ると、四人は綺麗に跪いて待っていた。俺はそんな四人の隣に行き家族皆の方を向く。


「じゃあ紹介するね。ジャパーニス大公家に仕えてくれて、皆の護衛をしてくれる四人だよ。皆顔を上げて」


 四人は跪いた体制のまま顔を上げた。この世界では跪くのって相当身分が上の人、基本的には王族とかにしかしないんだけど、大公家は跪くほどだってことだよね。改めて凄い身分になっちゃったことを実感する。


「こっちからニコール・ディタリー、サンドラ、ローラン・ヴィッテ、ロレシオ・フォーニエ。皆今までは騎士として働いてたんだ。じゃあ皆自己紹介をしてくれる?」

「かしこまりました。私はニコール・ディタリーと申します…………」


 そうして順番に四人全員が自己紹介を終えた。

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