第284話 大人の仲間入り?
昨日はトリスタン様達との話が長くなり、お昼の時間を大幅に過ぎて執務室に戻ったらそのまま帰宅して良いことになったので、早めに公爵家に帰った。
そして仕事二日目である今日は、ちゃんと執務室で仕事をするぞと意気込んで王宮に向かっている。今日の朝はマリーとも会えたしやる気十分だ。
家族皆は連日様々な勉強をこなしていて、最近は結構疲れている様子だ。なので朝の時間が合わないことが多くてあまり話す時間がない。
今度皆のリフレッシュも兼ねてどこかに出かけようかなと考えている。
執務室に入ると昨日と同じように既に文官達は仕事を開始していて、アレクシス様も書類にサインをしていた。
「陛下おはようございます」
「アレクシス様、おはようございます」
「二人ともおはよう。リシャールはいつも通りに。レオンは机が来たから荷物を整理してくれ」
アレクシス様にそう言われて視線の先を見てみると、昨日はなかった机と椅子が準備されていた。
俺の仕事机! ちょっとテンション上がる!!
「用意してくださってありがとうございます」
俺は内心の喜びを悟られないように、落ち着いて感謝を述べた。ちょっとは貴族らしく感情を隠せるようになっただろうか。
……いや、アレクシス様が微笑ましげに俺を見てるから隠せてないかもしれない。まだまだだな。
「使いやすいように整えてくれ」
「かしこまりました」
どうしようかな。俺って机の上に色々と飾るの好きなんだよね。日本でも自分の部屋の勉強机の上には、海に行った時に拾ってきた貝殻とか、ほとんど使わないけどなんかおしゃれなペンとか、何で買ったのかわからない動く花の置物とか、色々と飾っていた。
でもこの世界ではそんなにごちゃごちゃ飾ってたらダメだろうから、とにかくスタイリッシュにオシャレを目指そう。
まずはペンとインク、これは絶対に必要だ。あとは紙も何枚か置いておきたいよね。いや、紙は引き出しに入れて取り出せるようにしておこうかな。あとペンとインクの予備も引き出しに入れておこう。
他には何が必要かな……流石にこれだけは寂しすぎる。そう思って周りの人の机の上を見てみると、ほとんどの人の机には時計が置いてあった。あとカレンダーのような予定表も置かれている。
時計はちょうどアイテムボックスにいいサイズのやつがあるからそれを置こう。あとは予定表だけど……今はいい感じのを持ってないんだよね。とりあえず簡易的なやつを自分で紙に書いちゃおうかな。
俺は白紙をアイテムボックスから取り出し、それにこれから数週間分の予定だけをとりあえず書き込んだ。そしてそれを机の上に置く。うん、いい感じ。
あとはやっぱり資料かな。他の人の机にはいろいろな資料が乗っている。紙だったり本の形だったりだ。
でも資料として置いておくようなものがないか……あっ、王立学校の教科書とか?
王立学校の教科書は基本的には卒業時に返却するんだけど、これからも役立ちそうな内容だしそのまま持っていられないか聞いてみたら、普通に許可されたのだ。それどころか新品を用意してくれるとまで言われた。俺のはかなり年季が入った教科書だったからね。
でもこの教科書に愛着もあるし、新しいのは断って今まで使っていた教科書をもらったのだ。ここに飾るにはちょうど良いだろう。とりあえず政治関係のやつと歴史系の教科書を置いておこう。
うん、完璧! 俺は自分の机をぐるりと見回して心の中でそう評価した。なかなか良い感じに整った気がする。できる男の仕事机って感じ。
そうして俺が自分の仕事机の出来に満足していると、リシャール様が一枚の紙を持って来てくれた。
「レオン君、魔法の授業の日程が決まったから渡しておく。もし日程を変更したい日があったら教えてくれ」
「ありがとうございます。かしこまりました」
紙にはどの日に何属性の騎士を集めて授業をやるのかが書かれていた。一番近い日はもう来週だ。結構すぐなんだな。それほど魔物の森の現状がやばいってことか……
「レオン君には何かしてもらいたい仕事があれば声をかけるから、それ以外の時間は自由にしてもらって構わない。ただ極力この部屋にいて欲しい。どこかに行くときは一言声をかけてくれ」
「かしこまりました」
自由にしていて良いよって言われるのが一番困るんだよね……でも折角だし、この時間を有効活用するか。
とりあえずは属性ごとにどういう授業をするのかまとめたい。さらに魔物の森に行く際の非常事態への対処なども一通りまとめておきたいかな。
あとはジャパーニス大公家の今後、使用人を雇ったり内装を整えたりする話も進めないといけないだろうし、シュガニスをいつ開店させるのかも決めないとだよね。この国の孤児院のこととかもできれば改善したいし、その具体案も……
……うん、やることたくさんあった。時間が足りないぐらいだ。とりあえずやるべきことを書き出して、優先順位つけるところからかな。
そうして俺はやらなければいけないことを書き出していった。そしてそれが終わったところでまずは優先順位第一位、魔物の森に向かう三人への魔法の授業の準備をすることにした。
えっと……トリスタン様とフレデリック様が土属性で、ジェラルド様が火属性なんだよね。土属性はとにかくイメージと実際の土を使うことで魔力の消費を少なくして、狙いを定める正確性が重要だ。
小さいけど硬いバレットを作って、心臓か頭を狙うのが一番だ。上手く当たれば一撃で絶命させられる。
イメージはまず無重力だな。土属性の人はそもそも作った石などを空中に浮かせられない人が多い。浮かせられても魔力の消費が激しくて、わざわざ浮かせる意味がないと思ってる人もいる。
でもそれは大きな間違いだ。石を作ってそれを投げるのでは、正確性も飛距離もスピードも何もかも落ちる。まずは無重力の説明をして、いや、まずは重力があることの説明からして少しでも理解してもらおう。
あとはできる限り作り出す石を硬くするために、物質は小さな原子が集まって形作られてることも理解してもらいたいかな。俺もそこまで詳しくはないんだけど、原子が隙間なくくっついている様子を思い浮かべると石が硬くなるのだ。でもこれはやりすぎると失敗する。石のレベルを超え始めると、急速に魔力の消費量が増えてしまう。だからあくまでも石の範囲内でってところが重要になる。
とりあえず土属性はこんなところかな。火属性はとにかく酸素の概念、いや空気の概念から教えていけばかなり消費魔力量は抑えられるはずだ。
でも俺的には火魔法ってそこまで攻撃力が強くないんだよね。どうしても火って実態がないものだから、土魔法の方が攻撃力が高い。でも火力を強くすれば一瞬で全身火傷のようにすることも可能だし、使い方次第でもあるけど。
魔物の森では、基本的に土魔法でトリスタン様とフレデリック様に攻撃してもらって、皮膚が硬くて土属性じゃ攻撃が効かないときはジェラルド様の火魔法かな。あとは毛皮があって燃えやすいやつとかも火魔法が良いかも。
その辺は臨機応変にだな。うん、とりあえずこんな感じで良いだろう。
俺はそこまで考えて授業の予定を立てたところで、ペンを置いて紙から顔を上げ大きく伸びをした。すると後ろに控えてくれていたロジェが俺のところに近づいてくる。
「レオン様、お茶をお淹れいたしましょうか?」
「じゃあお願いしようかな。ありがとう」
「かしこまりました」
この部屋にはロジェの他にも、アレクシス様やリシャール様の従者もいる。従者は基本的に後ろで控えて呼ばれるまで待機してるんだけど、今日の様子だと結構仕事を手伝ったりもしてるみたいだ。
他の文官の人達にも何人か従者が付いている人がいるので、多分その人達は爵位を継ぐ予定の貴族子息や貴族子女か、既に爵位を継いだ下位貴族なのだろう。逆に従者が付いてない人は準貴族や平民なのかな。アレクシス様は近くに置く者は特に実力で選びそうだし、平民がいてもおかしくないと思う。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
ロジェが淹れてくれたお茶を飲むと、その美味しさといつもの味にほっと体の力が抜ける。やっぱり気を張ってたみたいだ。もうロジェのお茶は俺にとって実家の味と同じレベルになっている。
そうして一息吐き、また仕事を再開した。それからしばらく仕事に集中していると、お昼の鐘が聞こえてくる。もう十二時になったみたいだ。
「皆、お昼の休憩に入るように」
鐘が鳴り終わるとアレクシス様がそう言って、皆が続々と執務室から出ていく。
そういえば考えてなかったけど、お昼ご飯ってどうするのだろうか。もしかしてお弁当とか持ってくるべきだったのかな。
「アレクシス様、お昼ご飯はどうすれば良いのでしょうか?」
執務室にまだ残っていたアレクシス様とリシャール様に素直に聞いてみた。
「ああ、私達はいつも隣の応接室で食べているんだ。今日からはレオンの分も用意するように言ってある」
「そうなのですね。私の分までありがとうございます。では他の皆さんはどこへ行かれたのですか?」
「東宮殿の食堂だろうな。王宮には二ヵ所食堂があって東宮殿が文官用、西宮殿が騎士用となっている」
王宮に食堂なんてあったんだ。確か東宮殿が文官の仕事場で西宮殿が騎士団の仕事場なんだよね。
いつか機会があったらそっちにも行ってみたいな。でも今の俺が行ったら立場的にダメなのだろうか。いや、俺の姿は貴族以外には知られてないだろうし、そこまで騒ぎにならない可能性も……あるかもしれない。
うん、後でちょっと覗いてみようかな。
そんなことを考えていたら、執務室にアレクシス様の従者の方が入ってきて昼食の準備が整ったと伝えてくれた。
「では隣に行こうか」
そうしてそのあとは昼食を食べてしばらく休憩をして、十三時からはまた仕事に戻り夕方まで仕事に精を出した。
一日仕事をするのは予想以上に大変で疲れたけど、大人の仲間入りをしたみたいで嬉しかった。
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