三章 使徒編

第281話 仕事初日

 アルテュルと話してから公爵家に帰り、それから数日間は様々な後処理に追われた。一番大変だったのは俺の部屋の修理だ。いや、修理はできてないから片付けかな。

 装飾品や服がほとんどダメになったので、急遽いくつか既製品を買ってきて、さらにちょうどいい機会だからと大公としてふさわしい服をいくつも仕立てた。靴や装飾品も大量に購入したので、俺の大量に余っている資産が少しは市中に戻ったと思う。


 そしてアルテュルもあの後すぐに釈放となり、牢屋を出たその足でアシアさんの孤児院に向かった。今頃はあの孤児院で何とか暮らしていると思う。

 アルテュルの弟妹を含めた領地にいる貴族家の者達も、捕らえるために騎士達がそれぞれ出立した。数週間後には皆が王宮に集められ裁定が下されるらしい。



「レオン様、そろそろお時間ですので馬車までお願いいたします」

「分かった。じゃあ行こうか」


 俺は今日からアレクシス様の側近としての仕事が始まる。これからは回復の日以外、毎日王宮に向かい仕事をする予定だ。ロジェは俺の従者としてずっと付いてきてくれる。

 屋敷のエントランスに降りていくと、既にリシャール様が待ってくれていた。


「レオン君おはよう。では行こうか」

「はい。よろしくお願いいたします」


 これからは何か事情がない限りリシャール様と一緒に出勤となる。ちょっと大人になったみたいで嬉しい。


 そうしていつもより姿勢良く気合を入れて馬車に揺られること数分、王宮に着いた。馬車から降りてアレクシス様の執務室まで歩いている途中、すれ違った騎士や文官のほとんど皆に頭を下げられた。

 ここまで敬われるとちょっと落ち着かないね……


「陛下、おはようございます」

「おはようございます」


 俺とリシャール様が執務室に入ると既に他の文官の方は仕事を始めていた。アレクシス様も書類に目を通している。


「ああ、来たな。では皆、私の新たな側近を紹介する。レオンこちらへ」


 アレクシス様に呼ばれたのでそちらに向かうと、皆の注目を浴びた。


「皆も既に知っているとは思うが、女神ミシュリーヌ様の使徒でありこの国の貴族でもある、レオン・ジャパーニス大公だ。これからは私の側近として仕事をしてくれる」

「レオン・ジャパーニスです。ジャパーニスは呼ばれ慣れてないので、レオンと呼んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします」


 俺もアレクシス様の後に続いてそう挨拶をすると、他の文官達はポカンと惚けた顔をした後、慌てて跪いて頭を下げた。


「レオン、頭を下げては皆が混乱する」


 そっか……今普通に敬語で話してぺこって頭下げちゃったよ。いや、でも初対面の挨拶では普通そうするよね。

 その普通は日本の普通か……ああ、もう難しい。この世界の普通に合わせるの難しすぎる! しかも俺の立場がどんどん変わっていくから余計に混乱する。


「アレクシス様、私はどこまで使徒様モードをやれば良いのでしょうか……?」


 思わずそう聞くと、アレクシス様は苦笑しつつ答えてくれた。


「そうだな。基本的には大勢の前に出る時だけで構わん。よってここではレオンの自由な振る舞いで良い。ただ文官達のためにも頭は極力下げないように、あとはできるだけ敬語は使わないようにしてくれるとありがたいな」

「かしこまりました」


 じゃあそこまで威厳を出す感じにはしなくてもいいけど、俺は謙らないようにってことか。うん、極力頑張ります。皆さん年上だから慣れるまでは思わず敬語を使っちゃいそう。


「では改めて、皆これからよろしく。あっ、ごめんね。頭を上げていいよ。公の場以外では態度とかそんなに気にしなくていいから」


 俺がそう言うと、文官さん達は恐る恐る立ち上がり顔を上げてくれた。


「かしこまりました。レオン様と、お呼びすれば良いでしょうか?」

「うん!」

「レオン様は……とても親しみやすい方だったのですね」

「そうだよ。だから仲良くしてくれたら嬉しいな」

「かしこまりました。よろしくお願いいたします」


 文官さん達は最初よりも顔を緩ませて頷いてくれた。仲良くなれそうで良かった。


「では皆はそのまま仕事を続けていてくれ。レオンはこちらへ」

 

 アレクシス様に呼ばれたのでソファーに向かう。


「これからのレオンの仕事だが、こちらからお願いしたいことは大きく二つある。一つはもちろん魔物の森への対処だ。同行の騎士も既に決めてあるのでこの後顔合わせをしてもらい、その騎士達と訓練などをしてもらいたい。それからもう一つは魔法の授業だ」

「魔法の授業とは、マルティーヌ様にやっていたようなことでしょうか?」

「そうだ。魔物の森を押さえ込むためにも個々の力を上げることが必要不可欠だ。そのためにお願いしたいのだが……」

「はい。もちろん問題ありません」


 確かに魔力量が四と五の人に授業をしたら、今までの倍ほどの魔法が使えるようになるだろう。それだけでかなり戦況が変わるかもしれない。


「ありがとう。魔法の授業については既に授業を受ける人選は終わっている。まずは王都にいる第三騎士団に対して頼みたい」


 第三騎士団は魔法と剣を両方使って戦う騎士団だし、だからこそ魔力量が多い人ばかりだし、最初に授業をする相手としては一番だな。

 それに俺も回復魔法の授業で慣れてるし。


「かしこまりました。では日程を組んでくださればいつからでも授業をできます。できれば属性ごとに分けていただければと思います」

「分かった。では一日に一属性ずつで予定を組もう。また正式に決まり次第レオンにも伝える」

「よろしくお願いします」


 今日中にでも属性ごとに効果的なイメージを紙に書き出しておこう。そういえば……、何でイメージで魔力の消費効率が上がるのかミシュリーヌ様に聞けば答えをくれるのかな。この前は色々あってそこまで意識が向かなかった。

 今度本を読ませてもらうためにも神界に行くし、その時にでも聞いてみようかな。


 あの女神様だと深く考えてないとか言われそうな気もするけど、もしかしたら何か意味があるのかもしれないし。


「基本的にレオンにお願いしたいのはその二つだ。後はレオンが気になっていることを意見してくれれば、それについて国政に反映しよう」

「かしこまりました。では改善案など思い浮かびましたらお話しさせていただきます」


 孤児院のことや衛生関係のこと、後は教育のこととか色々と言いたいことはあるんだ。でも具体的には何も考えてないし、もう少し自分の中で意見を煮詰めてから話すことにしよう。

 孤児院の現状はどうにか変えたいよね。後は貧富の差ももう少しどうにかならないのかな……まあ、現代日本でもずっと問題になってたんだから難しいのだろうけど。でもこの国の方がトップの力が強いから、上手くやればもっと改善できる気もしてる。

 うん、俺のあまり良くない頭をフル回転させて頑張ろう。


「よろしく頼む。では魔物の森に同行する者と早速顔合わせをしてもらえるだろうか? 実は隣の応接室に既に集まってもらっている」

「そうなのですね。では早速挨拶をしてきます」


 そうして俺は一度アレクシス様の執務室を出て、王宮の使用人に案内されて隣の応接室に向かった。

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