第280話 騒動の終わり

「ではここからは、謀反を起こした貴族たちの処罰についての話に移っていいだろうか?」


 アレクシス様が真剣な表情でそう話を変えた。


「はい」

「先ほどの話から、黒幕はあちらの世界の魔人で貴族家当主も操られていた、そう捉えることができる。しかし正体不明の者に踊らされ騙され、国を危機に陥れたのは事実だ。やはり予定通り本日謀反を起こした貴族家の当主は皆処刑とする。さらにその側近と家族もだ。貴族家は全て取り潰す。しかし五歳未満の者は処刑を免れ孤児院に送られるものとする。その後の人生については自由だ」


 それじゃあ、アルテュルは……

 俺はアレクシス様のその言葉を聞いて手足が一気に冷たくなるのを感じた。


「しかしアルテュル・プレオベールは、事前に謀反の情報を伝えたという功績から処刑は免れることとする。五歳未満の者と同様に孤児院に送られるものとする」


 よ、良かったぁ……。アルテュルはなんとか助かるのか。でも本当にギリギリだな。それにアルテュルの家族は殆どが皆処刑されてしまうだろう……


「リシャール、異論はないか?」

「はっ、妥当な判断だと思います」

「ではレオン、異論はないか?」

「……はい。アルテュルへの恩赦、感謝いたします」


 本当はもっと個別に判断して助けてあげてって思っちゃうけど、今までこれで回ってきたんだし、この国の方針を大きく変えるのは良くないだろうから口は挟まない。

 俺は使徒様だから意見を言えば通るのかもしれないけど、それをやりすぎてもダメだよね……


「では今決めた内容を細かくまとめよう。レオンはどうする? 話を聞いていてもいいが疲れているだろう? 戻っても構わない」

「ありがとうございます。……それならば、アルテュルに会うことはできないでしょうか?」


 アルテュルのことを救えなかったという事実がずっと心に重くのしかかっているんだ。俺なら救えたかもなんて傲慢かも知れないけど、どうしても考えちゃう。

 俺が気づいた時にはもう手遅れだったのだろうけど、それでもアルテュルのお父さんがおかしいのは前から知っていたんだ。


 だから迷惑かもしれないけど、これからのアルテュルの人生を手助けできるのならしてあげたいと思う。孤児院に行くのじゃなくて俺のお店で雇ってもいいし、ジャパーニス大公家で雇ってもいいし……

 もちろんアルテュルが嫌じゃなければなんだけどね。でもそれなら、弟と妹とも一緒にいられると思うんだ。孤児院だとバラバラにされる可能性もある。


「アルテュルの今後の人生には関与しない。レオンの好きにして良い」

「……ありがとうございます!」

「では騎士を呼ぼう。案内させる」

「よろしくお願いします」



 そうして俺はアルテュルのところに向かった。アルテュルがいたのは一般的な牢屋ではなく、檻の中が普通の部屋になっている牢屋だった。多分アレクシス様が配慮してくれたんだろう。


「アルテュル」


 俺が檻の外からそう声をかけると、椅子に座って俯いていたアルテュルがガバッと顔を上げた。


「レオン様!」

「ちょっと中に行くから待ってて。ドアを開けてもらえる?」

「かしこまりました」


 そうして騎士の方がドアを開けてくれて、俺はアルテュルの牢屋の中に入った。そしてアルテュルの向かいに腰を下ろす。


「レオン様、何故このようなところへ……」

「アルテュルに話があって。実はさっき処罰の内容が決まったんだ。基本的には今回の王宮襲撃に関わった家は全てお取り潰しの上、一族郎党処刑になる。でも五歳未満の子供だけは孤児院送りになるって。だから弟と妹は助かるよ」


 俺がそう言うと、アルテュルはホッとしたような少し寂しいような、そんな複雑な表情を浮かべた。


「……良かったです。あの子達はまだ何もわからないような歳ですから。最初は悲しむかもしれませんが、そのうち私達のことは忘れて楽しく生きてくれるでしょう」


 そう言った時のアルテュルの表情が凄く悲しくて、俺は自分の方が泣きそうになった。アルテュルだってまだ十歳でどちらかといえば被害者なのに、もう自分の人生は諦めてるなんて……


「アルテュルもだよ。アルテュルも弟と妹と一緒に生きていける」


 俺は少しでも早くこの事実を伝えてあげたくて、少し早口でそう言った。


「それは……どういうことでしょうか?」

「アルテュルは事前に謀反の情報を流してくれた功績で、恩赦をしてもらえることになったんだ。だからアルテュルも処刑は免れて孤児院送りだって」

「それは、本当ですか……?」

「うん。それ以外の家族や使用人は、助からないんだけど……」

「いえ、十分です。弟妹を助けていただいただけではなく、私にまで一緒に生きていく機会を与えてくださるなんて……本当に、十分です」


 アルテュルはそこまでを口にすると静かに涙を流した。そうならざるを得なかったのかもしれないけど、最初に会った時よりも本当に大人びたな。

 リュシアンが図書館で必死に勉強するアルテュルを見かけたと言っていたし、あの時から隙を見ていろんな情報を得たんだろう。


 アルテュルって素直だし努力家だし本当に良い子なんだ。それに貴族でありがちなプライドを捨てられないってこともなさそうだし。

 生まれる家が違えば人生は全く違ったのだろうけど、そんなことを考えても仕方ないか……


 俺はそれからしばらくアルテュルが落ち着くまで待ち、また口を開いた。


「それでここからが俺からの提案なんだけど、アルテュルが嫌じゃなければ弟さんと妹さんと一緒に、俺のお店かジャパーニス大公家で働かない?」

「レオン様のところで……」

「そう。どこの孤児院になるのかもまだわからないけど、孤児院によってはかなり大変な環境になるし、あとはそれぞれバラバラの孤児院に送られるってこともあると思うんだ。だから……俺のところで雇えば三人一緒に暮らせるかなと思って」

「何故、レオン様がそこまでしてくださるのですか?」


 アルテュルは心底不思議な顔でそう聞いてきた。

 俺もよくわからないんだよね……別に凄く仲が良い友達ってわけでもないし、クラスメイトだったわけでもないし、義理があるわけでもない。

 でも何でだろう、助けたいと思っちゃうんだ。やっぱりアルテュルが良い子だからかな?


「アルテュルが……良い子だから」

「良い子って、私はもう幼い子供ではありませんよ?」

「そうなんだけど、なんて言えばいいんだろう。アルテュルの人柄?」

「……私の人柄はそんなに良いでしょうか?」


 確かに以前は平民を見下してた嫌なやつだったよね。でもあれは偏った教育のせいだし……


「とにかく、俺が助けたいなって思ったの。うん、深い理由は特にない!」


 俺が潔くそう宣言すると、アルテュルは思わずと言った様子で笑い出した。少しでも笑えるのなら良かった。


「ふ……ふふっ、何ですかそれ」

「理由はよくわからないけど好きとか嫌いとかあるでしょ。それと一緒だから」

「確かにそうですね」


 アルテュルは笑いを収めて姿勢を正し、また真剣な表情に戻る。そして深く頭を下げた。


「レオン様、ご温情に感謝いたします。レオン様のところでお世話になりたいと思います。しかし私の弟妹が王都に来るまでまだ時間もかかるでしょう。それまでは私を孤児院へお願いいたします」

「……いいの?」

「はい。私は仕事などしたことがありませんから、まずは孤児院で平民の暮らしを学んでこようと思います」


 確かに孤児院なら掃除洗濯料理を学べるかもしれない。でもダメな孤児院だったら完全放置になるよね……

 アシアさんの孤児院、ロニーの出身の孤児院にアルテュルが行けるようにお願いしてみようかな。それぐらいなら意見を言ってもいいだろう。あそこなら心配いらない。


「じゃあアルテュルの弟妹がこっちに来るまでは孤児院で、こっちにきたら三人まとめて俺が雇うよ。まだジャパーニス大公家の屋敷はできてないから、スイーツ店シュガニスの従業員寮かな。妹と弟は乳母が必要?」

「妹はまだ一歳にもなっていないかと。弟は二歳半ほどだったはずです」

「じゃあ必要だね」


 乳母さんも雇おう。それで大きくなったらちゃんと教育をして、将来はジャパーニス大公家の主要ポストについてもらうのもありかもしれない。やっぱり子供の頃から学んでる方が圧倒的に吸収率はいいし、それに公爵家の血筋なら頭もいいだろう。


「よろしくお願いいたします」

「うん、こちらこそこれからよろしくね。じゃあ今日はそろそろ行くよ」

「はい。こんな場所までご足労いただきありがとうございました」


 そうして俺はアルテュルと別れて今度こそ公爵家に戻った。これでやっと一連の騒動が終わった。屋敷に戻ったらまずは部屋を整えて服や装飾品を揃えないと。そして使徒としての仕事を開始だな。

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