第273話 アルテュルの覚悟

 パーティーが終わりやっとゆっくりできる時間が取れたので、俺は公爵家でとにかくのんびりと過ごしていた。使徒として仕事を始めるのは一週間後からに決まったので、この一週間はずっと休みなのだ。本当に久しぶりの長期休暇でかなり嬉しい。

 家族皆も屋敷にいるので一緒に料理をしたり、東屋でお茶をしたり、勉強をしたりと充実した日々を過ごしている。


 俺のお披露目をしたことで敵対勢力の貴族達がこぞって使徒様支持を表明し、王家への忠誠を誓っているらしい。

 この前までと意見が全く違うじゃん、そんなのあり? って感じだけど、中位貴族や下位貴族はその時々の情勢でより有利な方に付くのが普通なので、意見を翻すことはよくあるそうだ。

 ちょっと納得いかないけど、とりあえずは味方が増えた、いや敵が減ったということで喜んでおこうと思っている。


 でも高位貴族で貴族至上主義を掲げていた人たちはもう後戻りできないと思ったのか、使徒様の教えを守るのがよほど嫌なのか態度は頑ならしい。というよりも、何か仕掛けてくる動きすらあるそうだ。

 物騒だよね……。家族皆にはこの屋敷から絶対に出ないように言い聞かせているし、従業員の皆にも寮にいて貰って護衛を増やして貰った。マルセルさんやニコラ達のところもだ。

 そのおかげでケーキの予約が始められないんだよね……大々的に宣伝したんだから始めたいのに。はぁ〜、敵対勢力の貴族達、どこまでも迷惑だ。


 そんなことを考えつつ公爵家の庭を散歩していると、門のほうに兵士が集まり何だか騒がしくなっているのが確認できた。


「ロジェ、何かあったのかな?」

「確かに騒がしいですね……確認して参りますのでレオン様はここでお待ちを」


 そう言ってロジェは足早に門のほうへ行ってしまう。

 ロジェは無事に公爵家を退職という形になり、そのまま俺の従者として雇うことができた。これからもずっとロジェが支えてくれると思ったら結構嬉しい。

 最初は従者なんていらないって思ってたけど、本当に助けられてるし今となってはいないと寂しい。俺とロジェの関係性も随分変わったよね。


「レオン様、アルテュル様がお越しのようです。……いかが致しますか?」


 ロジェは門から戻ってくると困惑した様子でそう告げた。


「アルテュル様って、プレオベール公爵家のアルテュル・プレオベール様で間違いない?」

「はい。間違いありません」


 なんで公爵家に……


「一人で来てるの?」

「はい。徒歩で来られたようです。レオン様と話がしたいと仰っております」

「じゃあ屋敷に案内して。あっ、リシャール様に連絡した方がいいよね。あとカトリーヌ様の許可ももらわないとか。じゃあアルテュル様には兵士の詰所で待って貰って、その間にカトリーヌ様にアルテュル様を招き入れる許可を貰って来て。それからリシャール様にも連絡を」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 ロジェは兵士達のところに向かい、俺の指示を伝えてまた戻って来た。


「じゃあ俺達は屋敷に戻って応接室で待ってようか。アルテュル様のもてなす準備もしないとね」

「かしこまりました。では戻りましょう」



 そうして屋敷に戻り応接室で待つこと十分ほど、カトリーヌ様からの許可が出て、俺はアルテュル様と応接室で向かい合っていた。アルテュル様は憔悴した様子で、緊張しているのか手をぎゅっと握り締めている。


「アルテュル様、本日はどうされたのですか?」

「……まず、屋敷に迎え入れていただけたことに感謝いたします。それからジャパーニス大公様は使徒様であらせられますので、私などに敬語や敬称は必要ありません」

「……分かった。じゃあこれからはアルテュルって呼ぶよ。でもアルテュルもせめてレオンって呼んで。公の場じゃなければ敬語とかも使わなくてもいいし」


 これからは俺の方が立場が上ってことに慣れていかないとだけど、周りに人がいない時はいいよね。


「ご配慮ありがとうございます。ではレオン様と呼ばせてせていただきます」

「うん。それで今日はどうしたの?」

「実は…………私の父、プレオベール公爵が……」


 アルテュル様はそこまで言うと一度大きく息を吸い込んで静かに吐き出した。そして決意を固めた表情で俺の方を見る。


「レオン様を、暗殺しようとしています」

「……っ」


 ロジェが息を飲む音が聞こえた。ロジェが感情を表に出すなんて珍しい。しかも後ろに控えている時になんて初めてかもしれない。

 もしかして、その動きは察知できてなかったのかな。


「計画を聞いたの?」


 しかし俺は意外と冷静だった。たくさんの人に狙われてるっていう状況に慣れたのかもしれない。俺本人を狙ってくれるのならありがたいぐらいだ。


「はい。……昨夜父が執務室で数人の貴族達と計画を話しているところを聞いてしまって、それだけは止めなければと思い王立学校をなんとか抜け出してここに来た次第です。本当ならば私が直接父を止められたら良かったのですが……」

「ううん、それは危ないから英断だよ。教えてくれてありがとう。他の貴族って誰かわかる?」

「はい」


 そうして聞き出した貴族は、侯爵家や伯爵家で敵対勢力の筆頭だった人達だ。やっぱりまだ諦めてなかったのか。普通に考えて俺を暗殺するのってかなり難しいと思うけど、どんなふうにやるんだろう……


「計画の内容はわかる?」

「分かります。明日の早朝、日が昇った頃に挙兵して王宮を攻めるそうです。そしてその混乱に乗じてレオン様を暗殺すると。目的は王宮制圧ではなくレオン様暗殺の方です」


 え!? そんなに大胆なことやっちゃうの? それもう内戦だよね。謀反を起こすってことだよね?


「それって、勝ち目がなさそうに思えるんだけど……。もし万が一に俺の暗殺に成功したとしても、王族に逆らったとなれば一族郎党処刑になるよね? それとも俺も暗殺できてさらに王族も討ち取れるって思ってるのかな。でももしそこまで成功したとしても、プレオベール公爵が王になるのは難しい気がするけど……他の貴族が認めないと思う。そうなったらそれこそ泥沼の内戦状態になって国はボロボロになるよ」


 考えれば考えるほどメリットなくない? 今のまま公爵の地位にいればいいのに。そこまでして使徒様の教えが嫌なのかな? そこまでして王位が欲しいのかな?


「……父は、おかしいのです。昔から平民には厳しく、いや、平民を蔑んでおりましたが、貴族としての誇りは持っていたはずなのです。しかし最近はかなり攻撃的になっていて、目的がなくとも暴れるといいますか……。なので今回の作戦も深く考えていない可能性があります。ただ自分の思い通りにいかないから邪魔な奴は全員排除する。最近の父からはそんな考えばかりが滲み出ていて……私も少し怖いのです」


 ……なんでそんなふうになっちゃったのだろうか。プレオベール公爵の真意がわからない。

 アルテュルへの教育方針もおかしかったけど、あれは自分がずっと権力を持ち続けるためかなとか、アルテュルを自分の思い通りに操りたいからかなとか、色々と理由が推測できた。でも今回はそんな理由も推測できないし、明らかに正常じゃない気がする……


 何か危ない薬に手を出してて正常な思考ができないとか、そんなことはないのだろうか……

 あり得る気がする。その方がまだ納得できる。


「アルテュル、プレオベール公爵が好んで口にしてるものってない? 煙を吸ってるとか、飲み物とか、食べるものでもなんでもいいんだ」


 俺がそう聞くと、アルテュルは深く考え込んだ後に何か思い当たるものがあったのか、ハッと顔を上げた。


「紫色の飲み物をいつも飲んでいます。スプーン一杯の紫色の粉をお湯に溶かして毎朝。父はこれを飲むと強くなれるんだとよく言っていました」

「それ、多分それだ」


 それ絶対に怪しいやつだ。でも紫色の粉ってなんだろうか。見当もつかないな……


「ロジェ、紫色の粉で思い浮かぶものはある?」

「……いえ、私も存じ上げません」

「そっか……」


 この国では、中毒性がある植物は全て栽培も輸入も禁止されていたはずだ。俺もいくつか習ったけど、その中に紫色の粉なんてなかった。

 これは早急にアレクシス様に話をした方がいいかな。


「アルテュル、その粉って手に入れられる?」

「……いいえ、私は父がいつも持ち歩いているものしか知りませんので難しいかと」

「そっか、分かった。じゃあここからは俺に任せて。アルテュルはプレオベール公爵家に戻ったら危ないだろうからこの屋敷から絶対に出ないでね。ロジェ、アルテュルには使用人と護衛をつけてくれる?」

「かしこまりました」

「レオン様、よろしくお願いいたします」


 アルテュルはそう言って深く頭を下げた。


「うん、アルテュルは久しぶりにのんびりしてたらいいよ」


 多分家ではずっと気を張ってたはずだ。そう思ってその言葉をかけたら、アルテュルは堪えきれない涙を浮かべ、寂しそうに微笑んだ。


 ……なんだかやるせない。もうアルテュルのお父さんを助けるのは難しいだろう。それでも、アルテュルが必死に伝えてくれた情報を無駄にしないようにしよう。俺はそう決意した。

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