第270話 パーティー会場へ
そして次の日の朝。俺はロジェに起こされて気持ちよく目覚めた。
前日の夜は緊張して寝られないかもって思ってたんだけど、お風呂から全身のケアをされたのが思いのほか疲れてそのまま深い眠りに落ちたのだ。昨日のは疲れたけど、あれはあれで良かったのかもしれない。よく眠れたし。
「レオン様、本日のご朝食はお部屋でお召し上がりいただきます。そして朝食が終わり次第パーティーの準備となりますので、よろしくお願いいたします」
昨日は王宮に泊まったのでいつもの環境とは全く違うだろうに、ロジェはいつものように完璧な仕事をしている。やっぱりロジェは凄いな。
……そういえば、ロジェはタウンゼント公爵家から借りてるって形だけど、俺が大公になったらどうなるのだろう。俺はこれからもロジェに従者でいて欲しいんだけど……
「ロジェ、ロジェを大公家で雇いたいって言ったら頷いてくれる? ……いや、今気づいたんだ。ロジェはタウンゼント公爵家から借りてるだけだったなって。でも俺はこれからもずっとロジェに従者でいてほしいし……」
ロジェなら従者じゃなくて執事でもいいかもしれない。でも執事だとずっと俺についてもらうことは難しくなるのか。それだと従者のままでいて欲しい気もする……
「レオン様、私はずっとレオン様にお仕えしたいと思っております。私を大公家に雇っていただけるのであればそれ以上の幸せはありません」
「本当!?」
俺はロジェのその言葉に思わず食い気味に反応してしまった。だってロジェは公爵家に助けてもらったっていう恩があるし、もしかしたら断られるかなって思ってたんだ。凄く嬉しい。
「はい」
「ありがとう、嬉しい。じゃあリシャール様と話をしておくね」
「よろしくお願いいたします。ただ大旦那様からは、レオン様のところに行きたければ自由にして良いとのお言葉を頂いておりますので、問題はないかと思います」
「そうだったんだ……」
流石リシャール様だ。でもちゃんと俺から話をしておこう。
「わかった。でもちゃんと俺から話をしておくね」
「よろしくお願いいたします。では、朝食を運んで参ります」
そうしてそれからは素早く朝食を終えて、その後はパーティーの準備だ。また何人か使用人の方が来てくれて、俺に衣装を着せて髪を整えていく。装飾品も完璧な配置に仕上げてくれた。マネキンになった気分だ。
「レオン様、お支度が終わりました。これからは王族専用の控室でパーティーが始まるまでお待ちいただくことになります」
「うん。じゃあ行こうか」
今の時間は十一時ぐらいだ。後一時間ほどでパーティーが始まる。そう思ったらかなり緊張してきたかも……
でも大丈夫だ。ちゃんと流れも確認したし、宣言の内容も考えたし、ダンスも練習したし。うん、大丈夫、俺ならできる。
そうして自分に言い聞かせながら王宮の廊下を歩いていると、すぐに控室に着いた。
「レオン様がお越しです」
ロジェがノックをした後に声をかけると、部屋の中にいた使用人の方がドアを開けてくれる。まだアレクシス様達は来てないみたいだ。
「レオン様、お茶をお淹れいたしますか?」
「ううん。今はいいかな」
「かしこまりました」
パーティーの途中でトイレに行きたくなるのも嫌だし、極力水分は取らないほうがいいだろう。でもさっきから緊張して手汗が凄いんだけど大丈夫かな?
この手汗が服に染み込んだら、せっかくパリッと決まってる服がよれよれになっちゃうよね。俺はそう思って頻繁に手のひらにピュリフィケイションをかけながら皆を待った。
そうして十分ほど待機していると、部屋にアレクシス様とステファンが入ってきた。アレクシス様は豪華なマントを付けているみたいだ。凄く王様っぽい。いや、ぽいというか王様なんだけど。
「レオンおはよう」
「おはよう」
「アレクシス様おはようございます。ステファンおはよう」
「緊張しているか?」
「はい、かなり緊張しています。アレクシス様は緊張なさらないのですか?」
「いや、緊張はするな。ただ隠すのが上手いだけだ」
……凄いな、全く緊張しているように見えないのに。俺も上手く隠せるようになりたい。
「私もそうできたら良いのですが」
「そうだな……コツは演じることだ。本来の自分と公の場に立場を伴って出る自分。その二つを使い分けると良い」
「演じる、ですか?」
「レオンならば公の場でのみ使徒様を演じれば良いのだ。そうすると常に冷静でいられる」
「そうなのですね……やってみます。ありがとうございます」
使徒様を演じる……確かに良いかもしれない。演じる意識で頑張ってみよう。
そうして俺が使徒様になり切ろうと奮闘していると、部屋のドアが開きエリザベート様とマルティーヌが入ってきた。
俺は部屋に入ってきたマルティーヌを見た途端、目が釘付けになり思わず立ち上がってしまう。目を奪われるとはこういうことだったのかと、初めて理解した。
「レオン、どうかしら?」
マルティーヌは少しだけ恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、小首を傾げて俺に聞く。
俺はその言葉に返答しようとしたんだけど、言葉を失って身動きが取れなかった。だって、可愛すぎる、綺麗すぎる。
昨日ダンスの練習の時にドレスを着たのは見たんだけど、髪をセットして装飾品も全て身に付けたら全然違う。
「レオン? 似合ってないかしら……」
「ちっ、違う! あの、すっごく、綺麗だ」
少しだけ夢見心地な気分で思わずストレートにそう口にすると、マルティーヌは頬を赤く染めて花が咲くように笑った。
「ありがとう。嬉しいわ」
俺はその笑顔にまた心を奪われる。胸がドキドキしてぎゅっと痛いぐらいだ。
マルティーヌを抱きしめたい、その想いに支配され無意識のうちに一歩前に足を踏み出すと、エリザベート様の声に遮られた。
「二人ともそろそろ座りましょうか」
そうだ、ここは控室だ。周りに皆もいたんだった。抱きしめちゃダメだろ。というか、二人きりでもダメだ。
俺は思わず湧き上がった衝動を拳をぎゅっと握って押さえ込み、さっきまで座っていたソファーにまた腰掛けた。ふぅ……危なかった。
「マルティーヌ、似合っているな」
「お兄様、ありがとうございます」
「さて、皆揃ったわけだがパーティーまでは後十分ほどだ。最終確認をしておこう」
そうしてそれから十分間、今日の流れをさらっとおさらいして、ついにパーティーが始まる時間となった。
「皆様、会場までお願いいたします」
「分かった。では行こう」
王宮の廊下を緊張しつつ歩き、舞台上につながるドアまで辿り着く。ドアはまだ閉まっているけれど、ホールのざわめきがここまで漏れ聞こえる。そのざわめきにまた緊張が高まるけど、深呼吸をしてなんとか自分を落ち着かせた。
「では扉を開きます」
扉が開くと、さっきまで微かに聞こえていたざわめきが途端に大きくなった。シャンデリアが煌めき豪華に彩られたホール、そしてそのホールに集まる煌びやかな衣装を着た貴族達。そんな様子がよく見える。
最初に舞台に出ていくのはアレクシス様とエリザベート様だ。アレクシス様がエリザベート様をエスコートする形で歩いていく。そして次はステファンだ。ステファンに婚約者がいればその女性がここでエスコートされることになるらしいけど、まだ正式に決まっていないのでステファンは一人だ。
そして最後が俺とマルティーヌ。俺がマルティーヌをエスコートして舞台上に出る。
俺が舞台に姿を現した時の反応はそれぞれだった。ある貴族は感動した面持ちで俺に対して膝をつき、ある貴族は俺を憎むように睨みつけ、ある貴族は素直に驚き、ある貴族は訝しみ、ある貴族は歓迎の意を示してくれた。
さまざまな思惑が絡み合う貴族達の視線に尻込みしそうになるけど、腕に触れるマルティーヌの体温に力をもらい、背筋を伸ばして一歩足を踏み出した。
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