第271話 お披露目
俺達全員が舞台上にある席に着くと、示し合わせたように貴族達は口をつぐみ会場はしんっと静かになった。
完全に会場が静かになったところでアレクシス様が立ち上がり、舞台の前まで歩いていく。
「皆の者、本日は急な招待にもかかわらず集まってくれたことに感謝する。本日は使徒様お披露目のパーティーだ。この国に使徒様がいらっしゃったのは数百年前。使徒様はこの国の祖であるお方だ。この国が今大国として力を持っているのは、使徒様のお力の賜物であろうことは想像に難くない。皆ももう知っているとは思うが、今この国には危機が訪れている。魔物の森が広がり、このままの勢いならば十数年で私たちが築き上げてきたもの全てが滅びるだろう」
アレクシス様がこの話をすると顔を引き締める貴族が半数、残り半数のうちの七割ほどは困惑した表情、そして最後に残った貴族が馬鹿にしたような表情や憎悪の表情を浮かべている。
遠征や平民への公布、それから使徒様が現れたという事実。これらで思いのほか敵対勢力も減らせたみたいだ。
「しかしそんな時に、またこの地に使徒様が御降臨してくださったのだ。女神様が使徒様を遣わして下さったのだ。なんと光栄なことだろうか。最近はミシュリーヌ様への信仰心も減り、その教えを忘れている者も多いようだ。しかしここで今一度思い出す時が来た。女神様の、使徒様の教えを。ではレオン、こちらへ」
アレクシス様のその言葉に従って俺は椅子から立ち上がり、アレクシス様の隣に並んだ。そして使徒様を演じて口を開く。
「女神ミシュリーヌ様よりこの地へと遣わされた使徒であるレオンだ。この国、いやこの世界を魔物の森の脅威から守り、この国をより一層発展させる使命を預かってきた」
そうして話し始めると、九割ほどの貴族はその場に跪いた。しかしまだ信じていないのか信じたくないのか、跪かずにその場でこちらを睨みつけている貴族が何人かいる。
ここでこんなに目立つことしたらこの後不利になるだろうに、やっぱりちょっと馬鹿なのかな。ずっと特権を持っていると思考停止になるのだろうか。
「私はミシュリーヌ様より使命を与えられた使徒だが、この国で生まれ育ったレオンという一人の人間でもある。そこで私は王家への忠誠を誓うことと決めた。これからは王家のため、この国のために働こうと思う。皆の者、これからは同じ国に仕える者としてよろしく頼む」
俺がそこまで言うと、アレクシス様が一歩前に出た。
「今レオンから宣言があった通り、レオンはこの国に忠誠を誓ってくれた。これにより立場は王族の方が上になったが、レオンが使徒様であることに変わりはない。私達はレオンを敬う気持ちは持ち続ける。よってレオンと私達の立場は対等なものになったと思ってくれ」
一連の流れに貴族達はかなり驚いていて、追いつくのに必死という感じだ。
「それから後二つ発表がある。まずはレオンの家に爵位を与えることとする。レオンはまだ未成年であるので、レオンの父ジャンへ大公位を与える」
「ありがたき幸せ」
父さんはこの場にいないので俺が代わりに答える。
「しかしレオンの父からレオンに爵位を譲りたいと申し出があった。本来ならばレオンが成人してからでなければ爵位は継げない決まりだ。しかしレオンは使徒様である。そこで特例として、未成年への爵位譲渡を認めることとした。よって今この時からレオンが大公となる。家名はジャパーニスだ。覚えておくように」
アレクシス様がそこまで話すと俺に目配せをする。そこで俺は一歩前に出てまた口を開いた。
「ジャパーニス大公家をよろしく頼む。今日ここにはいないが、前大公である父の後を立派に引き継げるよう努力する」
かなり強引だけど、これで父さんが前大公で母さんがその妻、マリーが大公の娘ってことになるらしい。多分使徒様じゃなければできないゴリ押しだろうな。
「それからもう一つ報告だ。マルティーヌ前へ」
アレクシス様のその言葉にマルティーヌがゆっくりと舞台の上を歩いてくる。そして俺の隣に並んだ。
「私の娘であるマルティーヌと、ジャパーニス大公家当主であるレオンの婚約をここに発表する」
その言葉にほとんどの貴族達は拍手をして祝ってくれたけれど、一部の貴族や貴族子息にはめちゃくちゃ睨まれた。この場所って思ってる以上に下にいる人たちの表情が見えるんだよね……
「では報告は以上だ。パーティーを楽しんでくれ」
アレクシス様がそう告げると貴族達が一斉に話し始め、会場のホールはざわめきを取り戻した。
俺達はその間にテーブルまで戻りまた席に着く。
「ふぅ〜……」
俺は席に着いた途端に思わず大きく息を吐き出した。めちゃくちゃ緊張した。でも一番重要なところはやりきったよね。俺頑張った……
「レオンお疲れ様」
「うん。大丈夫だったかな? 変じゃなかった?」
「威厳があってカッコよかったわよ」
「本当?」
「ええ」
マルティーヌにかっこいいって言ってもらえるなら、たまには使徒モードをやろうかな。そんな馬鹿なことを考えているとだんだんと体の力が抜けてくる。
まだ気を抜いちゃダメだけど、少し休むぐらい良いだろう。そう思ってお茶を飲みながら少し休憩をした。
「レオン、貴族達が順番にやってくる。そろそろ向こうの席に移動しよう」
「はい」
俺はアレクシス様のその言葉に再度気を引き締めた。貴族の挨拶を受ける場所は今座っているテーブルではなく、舞台の先に置いてある椅子なのだ。よしっ、もう少し頑張るかな。
椅子に座るとまず挨拶に来てくれたのはタウンゼント公爵家の皆だった。俺は皆の顔を見た途端に思わず顔が緩んでしまうほど安心した。
「レオン様、大公位の叙爵おめでとうございます。この国に忠誠を誓う者同士、これからも懇意にしていただければと思います」
リシャール様は流石に公の場では敬語を使わないといけないらしい。それで俺は敬語を使ってはいけない。ちょっと寂しいけど公の場では仕方ないよね。
「共にこの国を良くしていこう」
そう言いつつ親しみを込めて笑いかけた。するとリシャール様の後ろにいたリュシアンが同じように笑いかけてくれる。リシャール様も少しだけ苦笑いだ。うん、やっぱり皆大好きだ。
その次に来たのはプレオベール公爵家だった。プレオベール公爵本人とアルテュル様が二人で階段を登ってくる。あっ、もう敬称はつけなくてもいいのか。でもしばらく慣れないだろうな。
プレオベール公爵は俺を睨みつけていて、アルテュル様は何かを言いたそうな表情で、でも口を開けずにいるようだ。
「レオン様、お初にお目にかかります。ディミトリ・プレオベールと申します。以後お見知り置きを」
「ああ、これからよろしく頼む」
「……それにしてもレオン様はご自身の足でしっかりと歩かれるのですね。確かに歩かなければ健康に悪いとも聞きますし、そちらの方が良いのでしょう。あっ……もし未だ力を振るえないのでしたら申し訳ありません。責めるような意図はありませんのでご容赦いただきたく。……レオン様はまだ可愛らしいですから、焦ることはありません」
……なんか、なんかイラつくな。
前の使徒様は転移を使ってたけど使えないのか? まあ、まだ子供だから気にしなくていいよ。でも子供で力を持ってないならでかい顔するなよ。って感じに聞こえる。
「突然能力を使っては皆が驚くからな」
俺は少しだけ驚かしてやろうと転移を使って一瞬でプレオベール公爵の元に移動し、耳元でそう言った。
その様子に会場は騒然となる。やっぱり実際に見ると驚くんだな。プレオベール公爵も顔を青くして驚愕の表情だ。本当に俺が転移をできないって思ってたのかな? やっぱりこの人頭悪い?
「下がれ」
そんなことを考えつつまた転移で席まで戻り、足を組んで少し威厳を出して低い声でそう告げた。俺のその言葉を聞いたプレオベール公爵は、慌てて階段を降りていく。アルテュル様は少し名残惜しげに俺の顔を見てから階段を降りていった。
何か言いたいことがあるのかな……後でアルテュル様と話す時間を作れたらいいんだけど、多分難しいよね。
それからはさっき力を使ったのが功を奏したのか、挨拶に来る貴族全員が低姿勢でとにかく持ち上げられた。
側室にって娘を紹介してくる貴族もたくさんいたな……ちょっと、いやかなりうんざりした。マルティーヌの気持ちが初めて心から分かったよ。
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