第265話 家族への告白 後編
そうして俺が皆への感謝と敬意を募らせていると、今まで話が理解できていなかったのかずっと口を開かなかったマリーがソファーから立ち上がった。
そして俺の方に歩いてきて隣に座ると、俺の服をぎゅっと握りしめる。
「お兄ちゃん、結婚しちゃうの……?」
ポツリとそう呟いたマリーは少しだけ寂しそうな表情で、でももう泣かないと必死に笑顔を作ろうとしている様子で、その健気さに心を打たれた。
「マリー、寂しい?」
俺はマリーにそう問いかけつつ、マリーをギュッと抱きしめた。するとマリーも俺を抱きしめ返してくれる。
うぅ……俺の妹が可愛すぎる。なんでこんなに可愛いんだ。それにいい子すぎる。
「うん、だって結婚したら、遠くにいっちゃうんでしょ……」
「ううん、遠くには行かないよ?」
「……そうなの? でもお友達のお姉ちゃんがね、結婚したらもう会えないほど遠くにいっちゃったんだって……」
そっか、その話を聞いてたからこんなに寂しそうだったのか。確かに別の街に嫁ぐとかだと、この世界では会えなくなることも珍しくないのかもしれない。
「そういう人もいるけど、お兄ちゃんは結婚しても遠くには行かないよ。マリーとも一緒に住めるよ? だからお兄ちゃんが結婚して変わることは、マリーにお姉ちゃんが一人増えるだけかな」
「そうなの?」
その話を聞いたマリーはさっきまでの寂しそうな表情を消し去り、今度は不思議そうな顔をしている。
「そうなんだ。皆には今から新しく作る俺の屋敷で暮らしてもらうことになるんだけど、そこに俺が結婚する相手、マルティーヌが引っ越してくるんだ。だから一人家族が増えるだけだよ」
そう詳しく説明をするとマリーはなんとなく理解できたようで、表情を途端に明るくしていく。
「じゃあ、お兄ちゃんはずっと一緒?」
「もちろん!」
「お姉ちゃんが増えるだけ?」
「そうだよ。結婚するのはもう少し先だからしばらくお姉ちゃんは増えないけどね。お兄ちゃんがいなくなることはないよ」
「そうなんだ。えへへっ、嬉しい……」
マリーはそう言って少しだけ恥ずかしそうに、でも凄く嬉しそうに笑った。マジで天使……
「ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんのお屋敷って何?」
マリーは俺と離れることはないと安心したからか、今度は屋敷の方に興味が移ったみたいだ。
「新しく俺が建てるお屋敷だよ。ここより大きくてすっごく広いんだ。そこにマリーも住んでくれる?」
「このお屋敷みたいなお家が、私のお家になるの!?」
マリーはわかりやすく顔を輝かせた。自分の家に帰れないって事実は不安になるけど、広い屋敷が自分の家になるのなら嬉しいんだな。
「そうだよ。もうどんな屋敷にするのかは決まっててね、これから作るんだ」
「本当? 私のお部屋もある?」
「もちろん! 今よりも広い部屋にできるよ」
「そーなの!? 嬉しい!」
マリーはそれを聞いて大喜びだ。さっきまで落ち込んでいたのはなんだったのかというほど嬉しそうにしている。
「レオン、私達がここみたいなお屋敷に住むの?」
そんな俺とマリーの話に反応したのは母さんだ。
「うん。この公爵家にかなり近い土地で、その屋敷が大公家の屋敷になるんだ。どんな屋敷にするのかも大体は決めたよ」
「そこに住むのはもう決定なのかい?」
「うん、そうなると思う。……やっぱり嫌? 前の家がいい?」
父さんと母さんはマリーと違って全然嬉しそうではない。やっぱり広い屋敷は落ち着かないのかな。
「別に嫌じゃないのよ。ただ想像できないだけよ。今ここに住んでるのは、あくまでも部屋を借りてるって感じだから……」
「父さんもうまく想像できないな……。さっきから凄いことを聞きすぎて、自分に起きることだと思えない」
確かにそうだよね。父さんと母さんからしてみたら現実感のない話だろう。
「確かにそうだよね。そこは段々と慣れてくれればいいよ。マルティーヌのこともまた会う機会を作るから、少しずつ仲良くなってくれればいいし」
「……そうね、そうするわ。今日はいろんな話を聞きすぎて混乱してるもの」
「少し頭を整理したいな」
整理する時間も必要だよね。時間が経てば受け入れられて、そのうち慣れていってくれると思う。
「そうだよね。じゃあ今日の話はこのぐらいにしようか。また何か疑問とかあったらいつでも俺に聞いてくれればいいから」
「分かったわ。そうだレオン、母さん達はその屋敷に引っ越すまではずっとここにいるの? 家に戻ることはできないのかしら?」
できれば家に戻してあげたいんだけど、やっぱり安全を考えたらここにいるのが一番なんだよね……
「まだしばらくはこの公爵家にいてほしいかな。そして屋敷が完成したら俺と一緒に引っ越しになると思う。だから、家には戻れないかな……」
「そうなのね……分かったわ。そうだ、食堂はどうなるの?」
「食堂は続けられるよ。俺達の家、名前はジャパーニス大公家ってなるんだけど、その家に属するお店としてから営業できると思う」
「本当かい! それは嬉しいよ」
「ジャン、良かったわね!」
父さんと母さんはここで初めて心からの笑顔を見せてくれた。食堂を続けることができて本当に良かった……
「貴族になってからのことは実際にその時にならないとわからないけど、とりあえず皆には食堂を続けてもらうことはできると思う。でも護衛とかはちゃんと付けてだけどね」
「それは仕方がないわ。ジャン、貴族のお店にするならメニューをもっと変えた方がいいんじゃない?」
「確かにもっと新しいものを考えてもいいかも知れないね」
「材料も高いものを使えるんじゃないかしら? 貴族向けならば値段を上げられるでしょう?」
母さんと父さんは途端にイキイキと話し合いを始めた。やっぱり二人は食堂の仕事が好きなんだな。俺も二人のお店を最大限応援しよう。
新しい料理の開発ならティノと協力してもらうのもいいよね。そして食堂を新しい料理を出すお店にするんだ。従業員寮の料理人をもう一人雇えばティノの時間も作れるだろう。
母さんと父さんが料理の研究にハマればそっちに特化してもらってもいいし……。その辺は追々考えていこう。
「俺の店の従業員寮で料理人をしてくれてるティノが、新しい料理を作るのが好きなんだ。だから協力して新しい料理を開発して、それを出すお店にしてもいいかもしれないね」
「それ、楽しそうだわ!」
「それはいいね。今度ティノと会ってみたいな」
「うん。色々落ち着いたらその辺も考えようか。食堂のことに手を出せるのは、早くても屋敷に引っ越しを終えたぐらいになっちゃうと思うんだけど……」
「それは仕方ないわよ。楽しみにしてるわ」
「私も! 私も楽しみにしてる!」
マリーは話の内容を理解したのかしていないのか、そう言って元気よく手を上げた。その様子に母さんも父さんも笑顔になる。
「じゃあ、とりあえず私達はここで今まで通りに過ごしていればいいのね?」
「うん。でも色々と学んでもらうことにはなると思う。読み書きから礼儀作法、立ち居振る舞いとか。貴族になるには本当にたくさんのことを学ばないといけないんだ」
「それは仕方がないわ。母さん頑張るわよ!」
「父さんもだよ。ロアナより覚えるのが早いからね」
「少しだけじゃない! これからは私の方が上達が早くなるわよ」
「違うの! マリーが一番だもん!」
皆は誰が一番上達してるかで競い合っている。こうして楽しんで学んでくれると本当にありがたい。俺も少しでも皆が楽しく学べるように色々と手を尽くそう。
「アレクシス様が家庭教師の斡旋をしてくれて数日以内にはここに来てくれるらしいから、そうしたら本格的に勉強が始まると思うよ」
「分かったわ」
「もしどうしても大変だったら俺に言ってね。少しは減らしてもらうとかやり方を工夫するとか色々考えるから。後は途中で気分転換にでも料理をできるように、皆が厨房を借りられるようにお願いしておくね」
「それは嬉しいよ。ありがとう」
そうして色々と報告をして今後の予定を決めて、家族皆での話し合いは終わりとなった。どこまで理解してくれてるのかわからないけど、とりあえず今日はここまでが限界だろう。
多分これから色々と学ぶ中で使徒様のことを知って、貴族の仕組みを理解して、自分たちの爵位や俺が使徒様だということに驚く時が来ると思う。その時はまたしっかり話し合おう。
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