第254話 使徒としての今後

「日本の文化ってどういうものを想定してるんですか?」

「漫画とかアニメよ! 他にも各種娯楽用品や遊園地、テレビとか。あと着物や畳なんかも好きよ。和楽器も良い音色よね」

「それを、俺に再現しろと……?」

「そうよ?」


 そんなの、無理に決まってるから!! どれだけ俺が万能人間だと思ってるんだよ。ケーキ一つとっても自分じゃ再現できなくて、ヨアンに丸投げした俺だよ?


「絶対に無理です」

「なんでよ!」

「だって機械の仕組みなんて知らないですし、漫画も書けないしアニメも作れないです。楽器なんてもってのほかだし、着物とか畳も原料すら知りません。あ、でも畳はい草だっけ……? それにしても、それがどういう形のものなのか知りません」

「な、な、なんてことなの!?」

「俺だってできれば日本文化を再現したいんですよ。というか、それを全て再現できる人なんていないと思います」

「わ、わ、私の日本が……」


 ミシュリーヌ様はかなりショックを受けたみたいで、もう俺の声が届いていないようだ。目に見えて落ち込んでいる。

 でも、できないものはできないよね。というか俺よりもミシュリーヌ様がなんとかできないの?


「ミシュリーヌ様がなんとかできないんですか?」

「人間の営みにまで手を出せないわよ。うぅ……私の第二の日本創作計画が……」


 そんな動機でこの世界作ったんかい! ミシュリーヌ様は本格的に泣き出して、相当落ち込んでいる様子だ。


「シェリフィー様はどうにかできないのですか? 例えばなんですけど、スマホを用意するとか、ネットに繋がれるようにするとか」


 俺がかなりの期待を込めてシェリフィー様にそう聞くと、シェリフィー様には首を横に振られた。やっぱりダメなのか……


「それは流石にできないわ。――でも、地球から本を持ってくるぐらいならできるわね。それでも下界には無理で神界までだけど」

「え……それ本当ですか!? シェリフィー様に俺が欲しい本を頼めば、それを地球からここに持って来ていただけるのですか!」

「そうね、物理的には可能よ。ただ神力が結構必要なのだけど……」

「シェリフィー様、そこをなんとか!」


 俺は思いっきり頭を下げてシェリフィー様にお願いした。だって本を持って来てもらえたら、今までわからなかったレシピとか全部わかるじゃん! 味噌と醤油もできるかも!


「そうね……レオンには悪いことをしたと思っているし、ミシュリーヌのことでこれからも苦労をかけるし、そのぐらいならしても良いかしら?」

「……本当ですか!」

「ええ、ただ制限はつけさせてもらうわ。あまりやりすぎるのは良くないのよ」

「全然大丈夫です。持ってきていただけるだけで本当にありがたいです」


 やばい、めちゃくちゃ嬉しい。嬉しすぎて踊りたいぐらい嬉しい。


「じゃあ、月に一冊にしようかしら?」

「月に一冊ですね。その月ってこっちの世界のひと月ですか? 日本のですか?」


 こっちの世界はひと月が九十日で、日本では約三十日で全然違う。


「こっちのよ。だから一年に四冊までね」


 こっちのかぁ〜。でも一年に四冊もあれば十分だよね。まず何を持って来てもらおうかな。考えてるだけでテンション上がる!


「わかりました。シェリフィー様、本当にありがとうございます。ミシュリーヌ様、これで日本のものが再現できますよ!」


 俺は未だに落ち込んでいて、話を聞いていない様子のミシュリーヌ様の肩を揺すってそう言った。するとミシュリーヌ様は面白いぐらいに表情を明るくしていく。


「それ、ほんとう?」

「はい。シェリフィー様が月に一冊、日本の本を持って来てくださるみたいなんです。俺が欲しかったものが色々作れます!」

「シェリフィーいいの? こっちに持ってくるのは大変だから地球で読みなさいっていつも私に言うのに……。食べてしまうものはいいけど残るもの、特に知識が書かれてるものは神力の消費が激しいんじゃないの?」

「そうだけど、今回は特別よ」

「……本当?」

「ええ」


 やっぱり別の世界に持っていくのは神界間だけでも大変なんだ。それなのに持って来てくれるシェリフィー様、マジで神。いや、本当に神様なんだけど。


「シェリフィー、大好き!」


 ミシュリーヌ様はシェリフィー様のところに飛んでいき、そのままの勢いでぎゅっと抱きついた。

 

 俺も抱きつきたいぐらいだ。本当に嬉しい。ミシュリーヌ様に負けず劣らず大喜びしている。

 だってこれで味噌と醤油が作れるかもしれないんだ。チョコの作り方だって調べられるし、ヨアンにたくさんのレシピを提供できる。考えただけで楽しくなって来るよ!


「ミシュリーヌ様、本はこの神界までしか持って来られないみたいなので、また俺をここに呼んでくれますか? ここにはいつでも来れるのでしょうか?」

「神力があれば基本的にはいつでも呼べるわよ。ただ連続しては無理だから……数日に一度ね」

「分かりました。ではとりあえずアイテムボックスを使って神力を増やしておきますね。くれぐれも、くれぐれもスイーツに使いすぎないでくださいね! 俺をここに呼ぶための神力ですから」

「も、もちろんよ」


 ミシュリーヌ様はそう肯定したけれど目が泳いでいる。


「シェリフィー様、大変申し訳ないのですがミシュリーヌ様の見張りをお願いしても良いでしょうか?」

「ええ、定期的に見に来るわ」

「ありがとうございます」

「何よそれ、少しは私を信頼しなさい!」

「信頼したいのは山々なのですが、信頼できる情報がないといいますか……。ミシュリーヌ様は見張りなしで神力が潤沢にある状態で、スイーツに使わずに貯めて置けるのですか?」

「そ、それは、ちょっと難しいかもしれないわ……。でも、一つで我慢するわよ」

「本当ですか? 後一つが永遠に続くことになりませんか?」

「そ、そんなことは、あるかもしれないわね……」


 あるんかい! まあでも自覚があるだけいいんだろうな。


「ではシェリフィー様、お願いいたします」

「任せておきなさい」


 シェリフィー様、めちゃくちゃ頼りになる。でも頼りすぎないで俺もミシュリーヌ様に定期的に連絡しよう。それで神力を使いすぎてないか確認した方がいいよね。

 


 ……これからやるべきことが多すぎるな。色々話しすぎて頭が混乱してきたし。何かメモ帳とか欲しい。


「ミシュリーヌ様、色々と話したので頭を整理したいのですが、メモ帳などを貸していただけませんか?」


 ここではアイテムボックスも魔法も何も使えないから、ミシュリーヌ様に頼むしかないのだ。


「メモ帳を貸すことはできるけど、それを下界に持って行くのは無理よ」

「そうなのですか?」

「ええ、神界のものを下界に落とすのには色々と制限があるのよね」

「……そうなのですね。そういえば、神の遺物ってミシュリーヌ様が落とされたものなんですか?」

「そうよ。私達は神物って呼んでるけど」


 やっぱりそうなのか。神の遺物はあんまり増やせないってことなんだな。


「では、一度下界に戻していただくことはできますか? 話したことを忘れないうちに書き留めたいので」

「別に良いけど他に聞きたいことはないの? さっきも言ったけど、一度下界に戻したら数日は呼べないわよ」

「そうですが、連絡はいつでも可能なのですよね?」

「もちろん」

「ならば問題ありません」

「……確かに、それもそうね。じゃあ下界に戻すわよ。準備はいい?」


 ミシュリーヌ様はそう言って、俺の方に手のひらをかざした。俺はその様子を見て、ひとつ言い忘れていたことを思い出す。


「あっ、ちょっと待ってください」

「何かしら?」

「あの、アレクシス様とリシャール様、この国の王様と宰相様なんですけど、その二人にレオンは使徒様だけど無理に敬う必要はないって言ってもらえませんか?」


 多分戻ったらめちゃくちゃ敬われたままだろう。俺が言っても使徒様にそんな態度はできませんって言われそうだし、ミシュリーヌ様に言ってもらうのが一番だよね。

 あの二人に敬語で話されるのは、ちょっと寂しいし。


「それはいいけど、神力が足りないわよ。神の領域外に神託をするにはかなりの神力が必要なの」

「神の領域外ってなんですか……?」

「神の領域っていうのは、下界風に言うと神の遺物の中のことよ。具体的には王都の礼拝堂の中ね。その中なら神力も少なく神託できるわ」

「そんな仕組みなのですね。では二人を王都の礼拝堂に連れて行けば神託していただけますか?」

「ええ、それなら神託してあげるわ」

「ありがとうございます」


 よしっ、これで大丈夫かな。そう思って俺が下界に戻してもらおうと口を開く寸前、今度はシェリフィー様が口を開いた。


「レオン、戻る前にどんな本が欲しいか言ってくれればすぐに用意しておくわよ?」

「本当ですか!? ではお願いします」


 そんなにすぐ用意してくれるなんて、シェリフィー様最高です。

 最初は何がいいかな。ここはやっぱりスイーツ系のレシピ集だろうか。でも醤油と味噌も欲しいんだよね……


 あっ、でもそうだ、この世界ってなぜか米がないんだった。


「ミシュリーヌ様、この世界ってなんで米がないんですか?」

「ああ、米は前の世界で魔物が大繁殖して人間を滅ぼす原因になったから無くしたのよ」

「……なんでそんなことしたんですか!? 米は日本に必須ですよ!!」

「そ、そんなにかしら……」

「ミシュリーヌ様、もしかして日本好きはにわかですか?」

「そ、そんなことないわよ! 確かにそうよね、米は欲しいわね。……一応この世界にもあるのよ。魔物の森に」

「魔物の森に。それって稲も魔植物ってことですか?」

「ええ。ただ稲は土魔法と水魔法が使えて、何も手を加えなくても大繁殖するって感じだったはず。危ない能力はなかったはずだわ。それで魔物達の主食になってるのよ」


 そうなんだ。それなら逆に良いのかもしれない。うまく育てれば簡単に大量の米が手に入るってことだ。

 でも魔物の森だとまだ先の話になるかなぁ。そうなると味噌と醤油はもう少し後でもいいか。


「教えてくださってありがとうございます。ではシェリフィー様、最初の一冊はスイーツの基本レシピ集でお願いします」


 最初はこれを頼んで、その中の材料でわからないものや手に入らないものがあったら、その材料をどうやって作るかの本を貰えばいいだろう。


「スイーツの基本レシピ集ね。探しておくわ」

「よろしくお願いします。ではミシュリーヌ様、下界へお願いします」

「分かったわ。じゃあいつでも連絡するのよ」

「はい! これからよろしくお願いします」


 そうして二人に挨拶をしたところで、また目の前が白い光で何も見えなくなり、その光が収まると俺は王宮の宝物庫に戻っていた。

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