第252話 魔物の森への対処法
「まあいいわ。それでこれからレオンにやってもらいたいことなんだけど、まずは魔物の森の穴を塞いで欲しいの」
おおっ、やっと本題に戻った。
「先程聞いた、別の世界と繋がっている穴ですか?」
そんなの俺が塞げるのだろうか? どうやって塞げばいいのか見当もつかない。バリアとかじゃ魔力が切れたらダメだし、物理的に岩とか?
「そうよ。レオンがここに来る時に手にした本があるでしょう? あれと一緒に下界に落とした杖があるから、その杖を使って穴を塞いでほしいのよ」
「杖をどうやって使うのですか?」
「基本的には何もする必要はないわ。杖を穴の中に放り込めば繋がっていた空間が分断されるようにしてあるから」
そんなに凄いものを作り出せるのか! 初めてミシュリーヌ様が神様な気がしてる。
「凄い杖があるのですね。ただ、それをミシュリーヌ様が神界からできなかったのですか?」
そんなに高性能な杖が作れるなら神界から穴を塞ぐこともできそうだ。それに、杖を穴に直接落とすとかもできなかったのかな?
「穴が大きすぎて直接でなければ塞げなかったのよ。私は下界に降りることはできないから直接空間に干渉できないし、そこで下界の人間に頼もうと思ったの」
「では、穴に直接杖を落とせなかったのですか?」
「神物を下界に落とすのに正確な座標は指定できないわ。そうね、誤差数十キロって感じかしら?」
それは……落として穴に直接入ったら奇跡だな。下界の人間に頼んだ方が確実だろう。
「そうなのですね。事情は理解できました」
「じゃあ、頼めるかしら! もうあなただけが頼りなのよ。……私の世界をお願いします」
ミシュリーヌ様は急に真剣な表情になって俺に頭を下げる。こういうところを見せられるとついつい助けたくなっちゃうんだよな……
まあ、自分の住む世界は助けたいから断るなんてことはないんだけど。
「もちろん、自分の住む世界は守りたいですから全力を尽くします」
「本当!? レオンありがとう!」
ミシュリーヌ様は顔を上げて凄く嬉しそうな笑顔を浮かべた。うん、こういう素直なところはいい女神様だよね。俺に頭を下げるところを見ても、神様だっていうプライドとかもあんまりなさそうだし。
ただやっぱりポンコツすぎるけど。
「それで、その穴は魔物の森のどこにあるのでしょうか?」
「それは私が分かるわ。かなり奥の方にあるのよね、もう海に近いところよ」
「奥とはどの程度の距離なのですか? そもそも魔物の森とはどれほど広いのか知らないのですが……。私は大陸の大きさなどもよくわかっていないのです」
公爵家で見せてもらった地図には、どこから魔物の森が広がっているのかは描かれていたけど、どこまでが魔物の森なのかは描かれてなかったんだよね。
「確かに下界から知るのは難しいわね」
ミシュリーヌ様はそう言って、一枚の巨大な紙を出現させた。
「これがこの世界の地図よ。この辺り一体がラースラシア王国ね。そしてこの辺からは全て魔物の森よ」
マジか……魔物の森、大陸の半分ぐらいを埋め尽くしてるじゃん! 想像以上だよ。流石に広すぎる。
「あの、もしかして既にいくつもの国が、魔物の森に飲み込まれてるんですか?」
「うーん、多分そんなことはないわよ。魔物の森があそこまで勢いを増したのは最近だから。前はもっと緩やかに広がっていたのよね。その頃は大国があるわけでもなくて小さな国と呼べるかどうかって集団がたくさんある程度だったから、魔物の森で国がなくなるというよりは、戦争で国がなくなりその混乱に乗じて魔物の森が広がったってところかしら」
「……そうなのですね。あの、ミシュリーヌ様はその時代に魔物の森の広がりに気づかなかったのですか? 穴はだんだんと大きくなった、それから大きすぎて塞げなかったと仰りましたよね? それならばまだ小さかった時に塞げば良かったのでは?」
俺がそう聞くと、ミシュリーヌ様は気まずそうに少しだけ視線を逸らした。これはまたやらかしてるな……
「それは、あれよ。神は全世界を隈なく観察しているわけじゃないし、その頃はあなたの前の使徒の子に集中してたのよ……」
「レオン、尤もらしいことを言ってるけど実際は神力が足りなかったのよ。あの頃のミシュリーヌは使徒の子に言われるがまま神力を消費してたから、下界を覗く神力も残ってなかったんじゃないかしら?」
ミシュリーヌ様はいつでも神力不足なんですね……もう呆れる。後先考えずに使っていつでも金欠の人と完全に同じだよ。何度も言うけど残念すぎる。
「ミシュリーヌ様、神力も計画的に使わないとすぐになくなってしまうんですよ。ちゃんとどの程度あるのかを確認して、これから必要になる分を少し多めに残して使うんです」
俺は小学生の子供にお金の使い方を教える気持ちでそう言った。
「それは、分かってるのよ。でも私も無駄にしてるわけじゃないのよ? その時に必要なものにしか使ってないのになくなるんだから、仕方がないのよ……」
「でも有限なものはちゃんとやりくりしないとダメですよ。後で大変になるのは自分自身なんですから」
「まあ、そうなのよね……」
うん、ミシュリーヌ様は小学生だと思って接した方がいいかもしれないな。これからこの世界のためにもミシュリーヌ様の再教育をやろうかな。
「レオンは素晴らしいわ。その通りなの。私がずっと昔から言ってることよ」
やっぱりシェリフィー様も言ってたのか。シェリフィー様とは仲良くなれそうだ。
「うぅ……二人でそんなに責めなくたっていいじゃない」
「あなたが責められるような事をするからでしょう!」
「私だって、頑張ってるのよ! 今回もちゃんと我慢したんだから……」
ミシュリーヌ様はかなり落ち込んだ様子で俯いた。瞳には涙が浮かんでいて、それが溢れないように必死に堪えている様子だ。
なんか、ちょっとだけだよ、ちょっとだけ可哀想に思えてしまう……。俺、ミシュリーヌ様の教育係向いてないかも。
「そんな顔をしたってダメよ」
「シェリフィー酷い!」
「あら、そんなこと言っていいのかしら? 今度こっちに遊びに来たとき、漫画を貸してあげないわよ?」
「それはダメよ! お願いだから続きを読ませて! すっごく気になってるの。この前やっと二人がデートして、これから観覧車に乗るのよ!」
ミシュリーヌ様、少女漫画読んでるんですね……というか地球の神界が羨ましすぎる。漫画まであるとか最高でしかない。俺も地球の神界に行きたい……
「じゃあ、これからは神力を無駄にしない?」
「しないわ」
「スイーツも自制する? ちゃんと一日に食べる個数を決めること。分かった?」
「う……それは……」
「分かった?」
「わ、分かったわ」
シェリフィー様強いです。流石です。もう一生付いていきます!
「レオン、ミシュリーヌはこんなポンコツだけどよろしくね。悪い子じゃないのよ。本当に申し訳ないのだけど……私もできる限り手助けするわ」
「はい。これからもよろしくお願いいたします」
「もちろんよ」
うん、シェリフィー様がいれば大丈夫な気がしてきた。さすが地球の神様だ。
俺はシェリフィー様と顔を見合わせて、お互いに笑い合った。あなたも苦労するわね。シェリフィー様こそ。視線でそんな会話をしてわかり合う。
「……なんであなた達がそんなにわかり合ってるのよ。レオンは私の世界の人間よ?」
「それは分かってるわよ。でも同じ地球出身だもの。分かり合えるところがあるのよ」
「なんかそれは悔しいわ……」
ミシュリーヌ様はなんだか納得のいかない顔をしている。俺たちがわかり合ってる原因はミシュリーヌ様ですからね。そう答えを教えてあげようかとも思ったけど、それはやめることにした。今まで散々振り回されてきたんだから少しの意地悪は許されるだろう。
「それではミシュリーヌ様、話を戻しても良いでしょうか?」
俺がミシュリーヌ様にそう言うと、ミシュリーヌ様はまだ納得がいかない顔をしながらも頷いてくれた。
「……ええ、いいわよ」
「ありがとうございます。では、この広い魔物の森のどこに穴があるのですか?」
「うーん、そうね。この辺りよ」
そうしてミシュリーヌ様が指差したのは、大陸の東の果てのやや北寄りの部分だった。
……これはマジで遠いな。
魔物の森が大陸のほぼ半分を覆ってるってことは、魔物の森の最奥に辿り着くには馬車で二週間以上かかるってことだ。
その距離をあの魔物の森で戦いながら進むとなると……スムーズに行っても九十日。この世界での一月ぐらいはかかるだろう。
うわぁ〜、結構厳しくないか。俺一人で行くのは無理かもしれない。アイテムボックスで食料は大丈夫だと思うけど、バリアをそんなに長い時間張り続けることは不可能だ。それに途中で魔力がなくなった場合は悲惨すぎる結末になるよね。
どうしよう……国を挙げての人海戦術で穴まで一本の道を作るように進んでいくとか? そっちの方がまだ実現可能かな?
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