第246話 非常識な森

 それからまた数分、ジェラルド様に付いて慎重に魔物の森を進んでいくと、ジェラルド様が片手を少し上げて俺たちに止まるよう促した。


「皆、あそこにある白い小さな花がわかるか?」

「ウォーターウッドに巻き付いてるツタの花ですか?」

「そうだ。あれはかなり危険なものなんだ。今から実演するので見ていてくれ」

「かしこまりました」


 ジェラルド様はそう言うと、その花に向かって地面に落ちていた小さな石を投げつけた。


 ……ガキンッ!!


 え、何この音。あの花にぶつかったんだよね!?


「音が聞こえたか?」

「は、はい。なんの音でしょうか? あの花は、金属でできているのですか……?」

「よくわかっていないが、近づくと硬化する花だ。身体強化属性ではないかと言われている。花びらの縁はかなり鋭利になり触れたら確実に指が切れる。絶対安易に近づくな。気づかないうちに体のどこかがぶつかっただけで大怪我になるぞ」


 怖っ……この道がなくて草木を掻き分けながら魔物の森に入るのって、死にに行くようなものだな。

 俺は今のところバリアを使えばなんとかなるだろうけど、魔物の森の中で魔力が切れたら本当にやばい。マジで気をつけよう……


「ジェラルド様、あの花の名前はなんというのですか?」


 そう聞いたのはリュシアンだ。


「アイアンフラワーだ」

「どれもそのままの名前なのですね」

「わかりやすいのが一番だからな。名前からどんな特性を持つか連想できるようなものにしている」


 確かに名前を覚えれば特徴もわかるのはありがたい。


「ジェラルド様、アイアンフラワーの茎部分というのでしょうか? そこも硬化するのですか?」

「ああ、ツタのことか? そこは硬化しないはずだ。よってアイアンフラワーを倒す時はツタを狙うと良い。ツタを斬って根から切り離された部分は、硬化した花も含めて三十分ほどでボロボロに朽ちてしまうからな」


 そうなのか。それなら注意深く進めばこの花はなんとか防げそうだ。でもあまりにも普通の見た目の白い花で、見落とす可能性が高い気がする。この個性的な森の中では全く目立たないんだよね……


「こうして見つけた場合はできる限り駆除することになっている。よしっ、誰かやってみるか?」

「私がやってみても良いでしょうか?」


 そう言ったのはステファンだ。


「もちろんだ。では周りに気をつけてここまで来てくれ。アイアンフラワーを倒す時は剣を使う。剣が届く範囲内で一番遠いところから攻撃するんだ」

「なぜ離れたところからなのですか?」

「アイアンフラワーは木に巻きついているからな。ほとんどあり得ないことだが、斬ったことによって上から硬化した花が落ちてきたら困る。それによる怪我を防ぐためにも離れてくれ」

「かしこまりました」

「よしっ、ではやってみろ」


 ステファンは剣の間合いギリギリまでアイアンフラワーから離れ、剣を小さく横に一閃。アイアンフラワーの茎を斬った。


「……これで良いのでしょうか? 根と繋がっている部分はそのままですが……」

「ああ、これで良い。本当ならば根の部分まで辿ってそこから斬ってしまった方が良いのだが、魔物の森でそんなことをしていたら命に関わるからな。目に見える部分だけを対処すれば良い」


 確かにこの森でそんなことをしてたら、何かしらの魔植物にやられるか魔物が来てやられるかになるな。



 それからも道をゆっくりと進みながら、その両側にある魔植物についての説明を受けて俺たちは先に進んだ。途中でいくつかの分かれ道をジェラルド様の指示に従って進んでいると、いつの間にか魔物の森の外に向かっていたようだ。道の終わりが見える。


「今回は魔物に遭遇しなかったな。一度ぐらいは遭遇したかったのだが……」

「普通この程度の時間では魔物と遭遇しないのですか?」

「いや、今回魔物の森に入っていたのは三十分ほどだが、普段なら魔物と二、三匹は遭遇するはずだ。多い時はもっとになる。こんなことはかなり珍しいな……」


 ジェラルド様はそう言って、難しそうな顔で考え込んでしまった。そうこう話しているうちに、俺たちは魔物の森の外に出る。


「まあ、魔物は昨日も戦ったし良いだろう。今日見たこの森の環境で、魔物がいつ襲ってくるかわからないと考えてくれ。では馬車があるところまで下がって他の班を待とう」

「かしこまりました」


 そうして俺たちは少しだけ体の力を抜いて、魔物の森から離れる。


「魔物の森から出ると自分がかなり緊張していたことがわかりますね……」

「そうだな。必要以上に力が入っていたらしい。全身が痛くなりそうだ」


 ステファンはそう言って顔に苦笑を浮かべた。


「魔物の森は、予想以上に厳しいところね……」

「そうですね。あの森で普段から活動している騎士の方々には感謝してもしきれません」

「本当ね。とてもありがたいわ」

「騎士達に今の言葉を伝えておく。多分泣いて喜ぶぞ」


 ジェラルド様がそう言うと、俺たちに付いてくれていた六人の騎士達が大きく頷いた。涙ぐんでる人までいるみたいだ。

 でもそうだよね。こんなに必死になって頑張ってるのに、かなりの数の貴族から魔物の森は大したことないとか思われてたらそれは悔しい。


 魔物の森の脅威を排除するにはどうしたらいいんだろうか。こっそり試してみた限りだと魔植物も倒せばアイテムボックスに入るから、端から斬り倒してアイテムボックスに収納していくのが一番かな。

 俺がバリアで完全に防御を固めて、端から剣やロックトルネードなどで魔植物を倒して、それをアイテムボックスに収納していく。今のところその解決策しか思いつかない……


 でも俺一人でできることには限りがあるんだ。うーん、もっと効率良い方法ないかな……


「レオン、魔物の森を実際に見た感じ、レオンの力ならどうにかなりそうなの?」


 ロニーに周りに聞こえないほどの小声でそう聞かれた。


「うーん、魔物の森の問題を俺一人でっていうのは難しいかも。魔力にも限りがあるし、やっぱり数の力って強いから」

「そうなんだ……。じゃあ、魔法具を大量に作ったらいける?」


 確かにそうかも。攻撃魔法の魔法具をたくさん作ればいけるかな?

 そういえば……、連結魔石を作ったことで攻撃魔法の魔法具が実戦で使えるようになったってリシャール様言ってたけど、もう実用化されてるのかな?


「ジェラルド様、攻撃魔法の魔法具は魔物の森対策に使用しているのですか?」

「ああ、最近少しずつ試しているところだ。魔物を焼くのにファイヤーボールの魔法具を使ったり、魔物と戦う時に前衛に剣を使う者、後衛に魔法具を使うものと分けたりもしている。しかしまだ騎士達が慣れないこともあり、実戦に導入されているわけではない。管理も大変だからな」


 確かに管理の問題もあるのか。盗まれたりして王家の敵対勢力に渡りでもしたら、かなり大変なことになる。

 それに魔法具に込めた魔法は一定の威力のものだから。実戦で使うのは意外と難しいのだろう。


「まだまだ問題があるのですね」

「そうだな」


 そうして話しながら歩き、馬車が置かれている場所までもうすぐだ。そう思った時、魔物の森の方から叫び声や悲鳴、怒鳴り声が聞こえてきた。

 咄嗟に振り向くと、一心不乱にこちらに走ってくる生徒とそれを補助する騎士達が見える。


「早く走れ!! 逃げろ!!」

「きゃー! やだ! 死にたくないわ!」

「叫ぶより走れ!! 絶対転ぶなよ!」


 ……何があったんだ。


「ジェラルド様、何が……」


 そうしてジェラルド様に状況を聞こうとしたその時、走って逃げてきた人たちの後ろから人の二倍は背が高くがっちりとした筋肉質の、熊のような魔物が現れた。


「グギャゴォォォォ!!!」


 その熊はビリビリと振動を感じるような雄叫びを上げて、しんがりを務めていた騎士に向かって突進していく。


 ……速いっ! あんなに大きいのに!


「あれはマッスルベアだ! なんでこんなところにいるんだ!?」


 ジェラルド様がそう叫んだのが聞こえた。その頃には熊、いやマッスルベアは騎士のすぐ近くまで迫り、騎士を攻撃しようと左腕を振り上げているところだった。あんなに鋭い爪でやられたら、多分一瞬で絶命する……

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