第247話 マッスルベア
ヤバいと思ったら体が勝手に動いていた。俺は転移を使い、一瞬でマッスルベアと騎士の方の間に入りバリアを発動させる。
ガキンッッッ!!
そして間一髪、マッスルベアの攻撃をバリアで防ぐことに成功した。
でもマジで怖かった。目の前に攻撃してくるマッスルベア、気を失いそうな怖さだ。バリアが壊れなくて本当に良かった……
俺は後から押し寄せてくる恐怖に震えそうになる体を押さえ込み、腰に差していた剣を抜く。そして剣にバリアを纏わせて大剣サイズに大きくし、全身に全力で身体強化魔法をかけてマッスルベアの首元目掛けて飛び上がった。
そしてその勢いのままマッスルベアの首を一閃。一撃で首と胴体を切り離した。
マッスルベアは一瞬何が起きたのかわからないような顔をした後、ズドンッと大きな音を響かせて地面に倒れ込みそのまま息絶えた。全力の身体強化とバリアの切れ味が凄すぎる。でも倒せて良かった……
俺はしっかりと地面に着地してマッスルベアが息絶えたのを確認した後、剣に纏わせたバリアを解除して鞘に収める。ふぅ〜、やばい。今更手が震えてきたよ。
突然だったけど体が動いてくれて良かった。今俺ができる最善の行動をしたはずだ。バリアだけの剣より自分で剣を振るった方が正確だから、そっちを選択したのは良かったはず。遠くからのバリアよりも近くからの方が正確だから、転移したのも間違いではなかったはず。
そうして長かったような一瞬のような戦いを振り返っていると、少しだけ落ち着いてきた。でも落ち着いてくると現実が見えてくる。これ、めちゃくちゃやらかしたよね。
今の場面はたくさんの騎士と王立学校の生徒達が目撃していただろう。俺は転移もバリアも使って、身体強化も慌ててたから全力で使っちゃったし……
もう言い訳できないよね。どうしよう、リシャール様に報告してアレクシス様にも報告しないと。そうしたら使徒様って公表されちゃうのかな? それは避けたい。
というか今以上に危険になるんだよね。全属性がバレたら他国にも狙われるようになるって聞いたし……
うわぁ〜。考えれば考えるほどこの先が憂鬱だ。
でも騎士の人を助けないという選択肢はなかった。もう仕方がないことだよね……。俺はとりあえずそう受け入れて、助けた騎士の方の様子を確認することにした。
後ろを振り返ると、騎士の方は呆然としたような表情で尻餅をついたまま固まっている。
「大丈夫でしたか? お怪我はありませんか?」
「き、き、君は、な、何者なんだ? 今のは? 魔法? なんだ、夢か?」
騎士の方は大混乱中みたいだ。
「落ち着いてください。現実です」
「げ、現実、そうか……」
「とりあえず立ち上がりましょう」
「そ、そうだな。……痛っ!」
「どこか怪我してるんですか!?」
「そういえば、逃げる時に必死でアイアンフラワーにぶつかったんだ。今まで驚きすぎて忘れていた……」
騎士の人はそう言って右足を指差した。右足の太ももの裏あたりだ。
……え、ヤバいよ! 騎士服ごとざっくりと切れていてかなり血が流れてる。めちゃくちゃ重傷だよ!
「やばいですよ! すぐに治しますから」
「き、君は回復魔法も使えるのか……?」
「はい。じゃあ治しますよ」
もうやらかしたんだから隠す必要もないだろう。そう思った俺は、全力で回復魔法を使い騎士の方を治療した。
そしてものの数秒で完治させる。
「はい、治りました。もう痛いところはないですか?」
「え、もう? あれ、痛くない!?」
騎士の方はそう言って驚いたように足を動かしている。
「良かったです、大丈夫そうですね。では皆のところに行きましょうか。あっ、マッスルベアはどうしますか?」
「……後で運ぶから、とりあえずはいい、と思う」
「かしこまりました。では行きましょう」
「あ、ああ」
騎士の方は終始混乱した様子だったけどとりあえず話を進めて、皆のところに戻ることにした。
そして皆のところに戻ってみると、ステファン、マルティーヌ、リュシアン、ロニーは顔に苦笑を浮かべていて、ジェラルド様や他の騎士達、それから他の王立学校の生徒達は、皆唖然とした表情で俺を凝視していた。
「皆ごめん。やっちゃった……」
俺は四人に向かってそう謝る。多分これから迷惑をかけることになるだろう……
「まあ、今回は仕方がないな」
「そうね。レオンらしくて素敵だったわよ」
「私も一緒にお祖父様に報告するぞ。だから心配するな」
「レオン、本当に凄かったよ。僕は能力を隠して騎士の方を見捨てるレオンよりも、能力を隠せなくても助けるレオンの方がいいと思う」
皆がそう言って仕方ないなという様子で微笑んでくれる。
「皆ありがとう……」
「とりあえずこれからのことを考えないとだな。まずこの場は私に任せておけ」
ステファンはそう言うと、未だ固まっている皆に向けて声を発した。
「皆の者。本日の魔物の森の見学だが、トラブルもあった為ここで終了としよう。全ての班がすでに集まっているか?」
「ま、まだ二つの班が森の中に……」
「ではその二つの班が帰還し次第、リオールの街へ戻ろう。騎士達にはまた護衛を頼む。付き添いの先生方、それからフェヴァン第三騎士団長もそれで良いか?」
「か、かしこまりました」
さすが王子様! 王子様オーラ出してる時のステファンは、なんか従いたくなるんだよね。威厳があるって言うのかな? 雰囲気がガラッと変わるんだ。
そうしてステファンがその場はとりあえず収めて、俺たちは馬車に乗り込んだ。この後は馬車の中で今後の相談だ。
「さて、これからどうするか」
「ステファン、まずこれから何が起こるのかな……?」
「そうだな、かなりの人数が見ていたからすぐに情報が広まるだろう。まずはリオールの街で騎士達の間に、そしてすぐに手紙や早馬で王都にも」
「それって、どんな内容だと思う……? 皆から俺の様子はどんなふうに見えてた?」
「レオンが一瞬で別の場所に移動したこと。魔物の一撃を何かしらの魔法で防いだこと。剣を巨大化させたこと。あり得ないレベルの身体強化で人間離れした動きをしたこと。そしてマッスルベアを一撃で倒したこと。とりあえずこんな感じだな」
うっ……客観的に聞くとかなりヤバい。もう誤魔化せないよね。うん、ちょっと色々とやりすぎたな。あの時はとにかく倒さなきゃって必死だったんだ。
「俺たちから見たら転移とバリア、そして身体強化を使ったってことはすぐに分かったが、それ以外の者は何が起きたのかまだ理解していないだろう。しかし冷静になって考えてみれば使徒様の魔法に考えがいくはずだ。それにレオンは回復属性だということになっている。身体強化が使えるのもおかしい」
「やっぱり、もうバレるのは確定だよね……」
「ああ、開き直って公表すべきだな。下手に隠した方が探られるし危険も増えるだろう」
やっばりそうなるか。……もうそれは仕方ないな。俺がやらかしたことだ。
「公表するのはいいんだけど、使徒様って言葉は使わないで欲しいんだ。全属性魔法と空間属性魔法が使えるって感じにできないかな?」
「ふむ、それは問題ないだろう。そのように公表して王家と公爵家で王立学校卒業までは保護していたことにすればいい」
「それなら良かった。でも王立学校卒業まで隠すってことになってたのは、身の危険が高まるからなんだ。そこはどうなると思う……?」
俺がそう聞くと、ステファンは難しい顔をして考え込んだ。
「そうだな。レオンはまだ王立学校を卒業していないため貴族になれない。強固な立場もなく危険な状態になるだろう。それゆえに王立学校の中でもずっと護衛がついたり、最低限の外出しか認められないだろうな。さらに家族も公爵家の屋敷に匿うことになるだろう。他の知り合いなどにも護衛や影を増やすことになる」
……やっぱりそうなるか。家族はもちろんだけど、リシャール様やアレクシス様にかなり迷惑と負担をかけることになる。……本当にごめんなさい。
「とりあえず今重要なことは、まず無事に王都まで帰ることだ。リオールの街に戻ったら予定を早めてもらおう。すぐに帰還すれば少しでも危険は防げる。それからレオンの魔法はもうバレたんだ。馬車をバリアで覆って防御もしておくべきだな」
「分かった。できる限り皆を守るから。いや、絶対に皆は守るよ」
「ありがとう。だが自分の身を守ることを忘れるな」
ステファンは優しい顔でそう言ってくれた。
「うん。ありがとう……」
「レオン、大丈夫よ。そんなに気負わないで。レオンの魔法は素晴らしいものなのよ。誇っても良いわ」
マルティーヌが俺の手を握ってそう笑いかけてくれる。
「うん、そうだね。……ありがとう」
「お父様がなんとかしてくれるわ。ここで力を発揮しなかったら何のための国王なのって話よ!」
「ふふっ……それは言い過ぎだよ。アレクシス様は素晴らしい方だよ」
「ええ、私もそう思ってるわ。だから大丈夫」
「そうだね。うん、なんか元気出てきたよ」
俺はこれからの展開を考えてかなり落ち込んでいたけれど、自分の気持ちが上がっていくのを感じた。やっぱり、マルティーヌは凄い。
「マルティーヌありがとう。皆もありがとう。迷惑かけちゃうと思うけど、これからもよろしくね」
「もちろんよ」
「ああ、よろしくな」
そうして今後についての大まかな対応を決めながら、俺達は馬車に揺られた。
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