第245話 魔物の森の内部へ

 今日はついに魔物の森に入る日だ。入ると言っても一つの班に同じ人数の騎士がつき、いつも騎士たちが入っている外縁部まで。それでもかなり緊張している。いや、緊張もあるけど高揚感もあるな。


「皆は緊張してる? 大丈夫?」


 今は馬車で魔物の森に移動しているところで、俺は皆にそう問いかけた。皆は一昨日よりもリラックスしている様子だけど、やっぱり落ち着かない雰囲気もある。


「私は大丈夫よ。一昨日に魔物の森を見て昨日実際に戦って、未知のものではなくなったもの」


 マルティーヌはそう言って元気に笑った。完全にいつも通りのマルティーヌになっている。本当に良かった。


「やっぱり未知のものって怖いよね」

「ええ、それに昨日のレオンを見ていたら大丈夫だと思ったのよ」

「……そうなの?」

「だって、何があってもレオンが守ってくれるでしょう? レオン凄く強かったもの」


 マルティーヌは完全に信頼してる様子でそう言った。


 うぅ……これ計算でやってる? それとも素でやってる? どっちにしても小悪魔だ!


「う、うん。それはもちろん」

「ふふっ。ありがとう」


 そして今度は綺麗な笑顔を浮かべた。もう、いちいち心臓に悪い!

 俺は落ち着かない気分になり、マルティーヌから視線を逸らしてステファンに話しかけた。


「ス、ステファンはどう? 緊張してる?」


 するとステファンは、一瞬だけ微笑ましげな表情を浮かべた後に、いつも通りを装い答えてくれた。何か、皆に色々とバレてる気がするな……


「私は楽しみだ。やはり一度直近で見てみたい。新しいことを知ることができるという高揚感もある」

「やっぱりそうだよね。危険があることはわかってるけど、それでも知りたいよね」


 新しいことを知る高揚感って凄く良くわかる。危険な冒険に出る人の気持ちっていうのかな。未知の大陸を冒険した人はこんな気持ちだったのかもしれないって思う。

 異世界に来て初めて、歴史上の冒険家たちの気持ちが分かった気がする。


「わくわくする気持ちがあるのは確かだな。それから、自分の力がどれほど通じるのかも確かめたいぞ」

「僕は怖いけど未知のものを知るのは好きだから、確かに楽しみな気持ちもあるかも」


 リュシアンとロニーもそう言って、俺達の意見に賛同した。全員緊張よりも、楽しみという気持ちが勝ってるみたいだ。緊張しすぎていると動きも鈍くなるし、ちょうど良い雰囲気だろう。

 


 そうして比較的明るい雰囲気で馬車は進み、しばらくして魔物の森に着いた。

 馬車から降りると班ごとに集められ、同行してくれる騎士と合流する。俺たちの班には六人の騎士の他にジェラルド様も付いてくれるらしい。


「皆、今日は魔物の森に入る。外縁部とはいえ危険だ。絶対に俺の言うことを聞いてくれ」

「分かっています。よろしくお願いします」

「よしっ、全員気合十分だな。では行くぞ」


 そうしてジェラルド様を先頭に、俺たちの前後左右を騎士の方達に囲まれる形で魔物の森に向かった。既に魔物の森までは歩いて数分ってところまで近づいている。


「ジェラルド様、このように横に広がって通れるほどの道があるのですか?」

「ああ、本当に外縁部のみだがしっかりと道を作ってある。毎時間騎士がその道を見回って魔植物を倒しているから、道がなくなっていることはないだろう」


 毎時間って、そんなに見回らないと道が無くなっちゃうのか。やっぱりやばいな魔植物。


「私はフラワーボム以外の魔植物をほとんど知らないのですが、他にも成長が早いものがあるのですか?」

「ああ、沢山あるな。ただ成長が早いものだけではなく、場所を移動できるやつもいる」


 確かに、遠くから眺めただけで動いてるやついたよね。本当にあり得ない。でもこの森では普通なんだよね……


「確かに花びらが動いているものなどがいましたね」

「ああ、あの巨大な赤い花か? あれはストームバタフライだ。風魔法で花びらを動かして、鳥のように飛びながら移動するんだ。飛べるのはかなり低空を少しの距離だけだがな」

「飛びながらって……根はどうなるのですか?」

「飛ぶ時は花だけで飛ぶ。そして地面に着地したらまた花から根が生えて茎が伸びるんだ」

「そうなのですね……」


 うん、理解不能。


「ストームバタフライは怖いものですか?」

「いや、あれは風魔法で砂を巻き上げる程度のことしかできない。しかし魔物との戦いの最中にやられると視界が遮られてかなり厄介になる。よって見つけたら早めに倒した方が良い」

「魔植物ってどうしたら倒したことになるのですか?」

「基本的には茎を斬ってしまえば大丈夫だが、ストームバタフライは花の根元を斬らない限り動き続ける。他にもそういう魔植物はいくつかいるな」


 そうなのか。というか、魔植物って生物なの? その辺がよく分からない……

 大きな意味では植物も生物なんだろうけど、生きているとか死んでしまったとか、そういう表現を使うものなのか悩むところだ。

 普通なら植物は枯れた、抜いた、そんなふうに表現するよね。でも魔植物の場合は自分で動いたりするから……というか、そもそもあれって植物なの? 自分で動くから動物? あっ、バタフライだし虫?


 ダメだ、全く分からない。


「ジェラルド様、魔植物って動物、植物、虫、どれなのでしょうか?」

「ああ、その議論は何度かなされたことがある。結局は地面に根を張るものは植物ということになった。よって先程のストームバタフライも、地面に根を張ることから植物だな。ただまあ、魔植物という分類だと思っていた方が良い。普通の植物とは明らかに違うからな」


 確かにそうだよね。既存の枠にハマらないものってことだな。


 そうして話しながら進んでいると、魔物の森への入り口に辿り着いた。ちゃんと道が確保されているので、見た目では歩きやすそうだ。

 でも両脇に聳え立つ魔植物たちが不気味で……なんか、魔物の森という大きな一つの生命体の開いている口に入っていくような、そんな薄寒い感覚になる。


「では入るぞ。いくつか特に気をつけるべき魔植物を説明しながら行くことになる。驚いても大声を出したり突然走り出したりしないように」

「はい」

 

 最後にそんな怖い忠告をされて、俺たちは魔物の森に足を踏み入れた。中に入ってまず思ったのは、やけに騒がしい森だということだ。

 普通の森なら音を発するのは動物だけだけど、この森では植物もたくさんの音を発しているからかなり騒がしい。これって、魔物が近づいてきても気付くのは難しいだろうな……


「魔物の森に入って何か気づいたことはあるか?」

「はい。かなり騒がしい森ですね。魔物の接近に気付けない気がします」

「レオン正解だ。それがこの森の厄介なところの一つなんだ。慣れてくると魔植物が発する音と魔物が発する音の違いを聞き分けられるようになるが、相当この森になれるまでは難しい。よって初心者がこの森に入ることは自殺行為だ。騎士たちも熟練の者が初心者を連れてこの道を歩き、何度も何度も音の違いを聴かせて慣れさせているんだ」


 本当に、常識は一切通じない森なんだな。いくら腕自慢でもこの森のことを知らずに安易に足を踏み入れたら、多分すぐに森の養分となるのだろう……

 俺はそんな想像をしてしまい、思わずブルっと体が震えた。


「皆、次はこれを見てくれ」


 ジェラルド様がそう言って指差したのは、魔物の森の中に一番多く生えている木だった。木の幹は一切ごつごつしていなくて、見た目ではつるりとした金属のように見える。幹の色はグレーのような感じで葉の色は青だ。


「これは、触っても大丈夫なのですか?」


 そう聞いたのはマルティーヌだ。


「ああ、この木は特に害はない」

「そうなのですね。……これは気持ちいいですわ」

「そうなのか? ……ふむ、確かに滑らかな質感だ。高級な木製家具のようだな」


 俺も近くにあった木の幹に恐る恐る触れてみた。うん、確かにかなり滑らかだ。職人が丁寧にヤスリをかけた高級家具みたい。これ、テーブルにしたい。


「この木は家具に加工できないのですか?」

「ああ、この木の幹はほぼ水で作られているんだ」

「水……ですか?」

「そうだ。中は空洞になっていてその中は水で満たされている。この木の厄介なところはこの水なんだ。少し下がっていてくれ」


 ジェラルド様にそう言われて騎士と俺たちが後ろに下がると、ジェラルド様は火魔法で木の下にある枯れ葉に火をつけた。ジェラルド様って火属性だったんだな。

 それにしてもかなりの勢いで燃えてるけど、大丈夫なの? このまま行くと山火事になりそうなんだけど……


 そう俺が心配したその時、突然燃えているあたりにだけ局地的に滝のような大雨が降ってきた。時間にして五秒ほど。雨が止んだ時には火は完全に消えていた。

 

 ……えっと、今の何?


「驚いただろう? 今のがこの木の能力だ。この木の近くに火があると、木の幹に溜め込んでいる水を葉から放出して消火する。よってこの木はウォーターウッドと呼ばれているんだ。このウォーターウッドが魔物の森に沢山あることから、魔物の森を燃やすことはほぼ不可能になっている」


 マジか。本当に不思議な植物ばっかりだ。


「では少し奥に行くぞ」

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