第243話 魔物との模擬戦 前編

 次の日の朝。

 今日は実際に魔物と戦ってみる日だ。昨日は色々と衝撃すぎて頭が回ってなかったけど、今はやる気に満ち溢れている。知識をできる限り吸収して体も鍛えて魔法も鍛えて、魔物の森をなんとかしたい。そう思っている。


 昨日は圧倒されてたけど、実際俺なら一人で森に入っても大丈夫だと思うんだよね。まずバリアで全身を覆って完全に防御した状態で森に入る。そして一匹の魔物には基本的には剣で、剣が通らない魔物には魔法で、それから群れで行動する魔物には広範囲魔法で。

 そうして戦えば問題はない気がする。唯一魔力が切れた時がやばいんだけど、そこは残りの魔力を把握して気をつければ大丈夫だろう。


 慢心は良くないけど、事実をしっかりと把握することも大切だよね。過度に怖がるのは良くない。今日魔物と戦ってみてどれだけやれるのか把握しよう。


 そうして朝から気合を入れて、集合場所の広場まで向かった。


「レオンおはよう。なんだか楽しそうだけど、どうしたの?」

「マルティーヌ様おはようございます。魔物と戦うのが少し楽しみでして……。自分の実力を把握したいのです」

「レオンもか。俺も楽しみなんだ!」

「リュシアン様もですか?」

「ああ、昨日の戦いを見ていたら自分がどこまでやれるのか気になった」

「わかります」


 そうしてリュシアンと意気投合していると、そこにステファンも加わってきた。


「二人とも、私も同じ気持ちだ」

「ですよね!」

「……男の人って何故こうなのかしら。ロニーはどう? 魔物と戦うのは楽しみ?」


 マルティーヌにそう聞かれたロニーは、顔を真っ青にしてぶるぶる首を横に振っている。


「僕は、とても怖いです……」

「そうよね。私もよ」

「今日は全員魔物と戦うのでしょうか?」

「ええ、特別な事情がない限りは全員らしいわ。ただ一番弱い魔物から始めて、危なそうだったらすぐ中止になるそうよ」

「そうなのですね。ロニー、剣術の授業でやってるみたいに剣を振れば大丈夫だよ。相手をしっかりと見て目を逸らさないように」

「わ、わかった。頑張るよ」


 一番弱い魔物が何かわからないけど、ロニーもちゃんと授業を受けてるんだからできるはずだ。

 

「マルティーヌ様も参加されるのですか?」

「ええ、参加するわ。ただ危なくないように配慮はしてくれるみたい」

「そうなのですね。お互い頑張りましょう」

「頑張るわ」


 マルティーヌはそう言って笑顔を浮かべた。昨日みたいに強張った表情じゃないし大丈夫そうだ。昨日のがトラウマになってないみたいで良かった。やっぱりマルティーヌは強いよね。俺も見習わないと。


「皆集まってるか? 早速行くぞ」


 そうして話をしていると、ジェラルド様が広場に俺達を呼びにきた。そしてまた対魔物訓練場に案内される。


「今日は一人ずつ魔物と戦ってもらう。俺が隣につくから万が一の時も安心してくれ。最初にロックモンキーと戦い、次に行けそうなものはツノウサギ、さらに次に行けるものはロックワームと戦ってもらう。無理そうなら途中で止めるから安心してくれ。順番は一班からだ。班の中での順番は好きに決めてくれ」


 ジェラルド様はそう言って、俺たちに話し合う時間をくれた。


「どうしますか? 何番目が良いなど要望はあるでしょうか?」

「私は最初にやっても良いかしら? 後になるとどんどん緊張しそうだわ……」


 マルティーヌはそう言って、少しだけ顔に苦笑を浮かべた。そしてそれに続いたのはロニーだ。


「僕もその次でも良いでしょうか? 皆さんの後はプレッシャーが凄くて……」

「分かった。では一番がマルティーヌ、二番がロニーだな。レオンは最後として、リュシアンは三番と四番どっちが良い?」

「私はどっちでも良いです」

「では私が三番でリュシアンが四番としよう。異論はないか?」


 そうしてどんどん話が進んでいき、あっという間に決まってしまった。


「ちょ、ちょっとお待ちください!」

「なんだ?」

「順番に問題はないのですが、何故私が最後なのかと疑問に思いまして……」

「そんなの決まっているだろう? レオンの後など見劣りするからやりたくないだけだ」


 ……確かにそうなのか? でも皆が見てるとこで全属性は使えないし、剣術だけで頑張るんだけどな。まあ、身体強化は使ってみようかなと思ってたけど。


「かしこまりました」

「では決まりだな」


 そうしてマルティーヌがジェラルド様に連れられて訓練場の下に降りていき、俺たちは上で見学だ。


「マルティーヌ様は大丈夫でしょうか?」

「マルティーヌも少しは剣術をやっているから大丈夫だろう」

「確かに、剣術の授業の様子はカッコ良いですね……」


 この国は基本的に女子も剣術をやることが多くて、王立学校の授業では男女合わせてやっているのだ。その時のマルティーヌの様子は、何というかいつもと雰囲気が違って凛としていてかっこいい。


「始まるみたいだぞ」


 リュシアンのその言葉に、俺は訓練場に目を向けた。マルティーヌは真剣な表情で渡された剣をしっかりと構えている。その視線の先にはロックモンキーが入れられた檻がある。


「では行きます!」


 騎士の方がそう宣言して檻を開けた。

 するとロックモンキーが甲高い奇声を上げながら檻から飛び出してくる。そして一番近くにいたマルティーヌを敵として定めたようで、マルティーヌの剣の間合いに入らないように、一定の距離を保って周りから様子を窺っている。


 それからしばらくはお互いに仕掛けることなく緊張感のある時間が過ぎた。しかしマルティーヌが一歩後ろに下がったその瞬間、ロックモンキーが動く。

 マルティーヌに向かって一直線に突進していき、剣の間合いに入るというその時、上にジャンプして上から石を投げつけた。


 ロックモンキーってあんなに飛べるの!? というか危ない! 俺は心臓がドキッとして冷や汗が滲んでくるのを感じた。


 しかしマルティーヌはロックモンキーの様子を冷静に見ていたようで、一歩横にずれて石を避けると、ロックモンキーが地面に着地する前に剣を振り下ろし、ロックモンキーの肩から胴体までを斬りつけた。

 

 ……マルティーヌの勝利だ。


 はぁ〜、俺は心の底から安堵して、大きく息を吐き出した。思わず息を止めていたらしい。やばい、これ心臓に悪い。

 

 それからしばらくするとマルティーヌが上に戻ってくる。そして俺のところにやってきて、さっきまでの凛とした様子とは対照的な柔らかい笑顔を浮かべた。


「レオンどうだったかしら? 変じゃなかった?」


 ……ギャップ、やばいな。


「あの、すっごく綺麗でした。なんていうか、凛とした雰囲気というか」


 俺が思わず本音でそう言うと、マルティーヌは凄く嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうにはにかんだ。


「ありがとう。そう言ってもらえて良かったわ。……お兄様、私はどうでしたか?」


 やばいな……やばい。俺は自分の頬が熱くなっているのを感じた。可愛くて普段はふんわりとした雰囲気なのに、たまに浮かべる真剣な表情は凛として美しいとか、反則だ!


 はぁ〜、落ち着け俺の心臓。俺は自分に言い聞かせながらしばらくの間深呼吸を繰り返した。



「レオン大丈夫か? ロニーの試合が始まるぞ?」


 リュシアンにそう言われて、やっとロニーが訓練場にいることに気づいた。


「……大丈夫、ありがと」


 リュシアンに小声でそう答えて、ロニーの試合に集中する。ロニーは遠目で見てもかなり緊張している様子だ。なんとか剣を持って構えてはいるけれど、手は震えている。


「では行くぞ」


 その合図とともにロックモンキーが檻から出された。しかし今度のロックモンキーはマルティーヌが戦ったやつとは違い、勢いよく飛び出してこない。周りの様子を注意深く観察し、恐る恐る檻から出てきているみたいだ。

 かなり用心深いやつなんだな。


 ロニーはそんなロックモンキーの様子を見て自分から仕掛けることを決めたらしく、ロックモンキーに向かってジリジリと近づいていく。

 しかしその動きを気づかれたようで、ロックモンキーもロニーに近づき始めた。そして剣の間合いまで後数歩というところで、ロックモンキーが魔法を使い石を投げつけた。

 

 予備動作もあるし正面からだったのでかろうじて避けられたみたいだけど、ロニーは完全に萎縮してしまっている。確かに自分に当たったらって考えたら怖いよね。


 それからも、お互いにほとんど動かず膠着したまま時間が過ぎていった。先に焦れたのはロニーだ。ロニーは意を決したようにロックモンキーに向かって剣を構えたまま走っていき、大きく振り上げた剣を思いっきり振り下ろした。しかし動作が大きすぎてロックモンキーに容易に避けられる。さらに地面に剣がめり込んでしまい抜けなくなったようだ。


「あ、あれ? どうしよう?」


 そうこうしているうちにロックモンキーは石を作り出し、上に飛んでロニーの顔目掛けて思いっきり振りかぶった。

 ロニーは何もできずにその様子を見つめているだけだ。そして石が投げられる、そう思った時にジェラルド様が割って入りロックモンキーを倒した。


「ロニーは実戦に慣れてなさすぎるな。模擬戦などを増やしたら良いだろう」

「……は、はい」


 ジェラルド様のアドバイスにロニーは呆然としたままそう答え、トボトボと上に戻ってきた。


「僕、全然ダメだったよ……。剣術の授業でやる模擬戦もいつも負けてたからダメなんだろうなとは思ってたけど、予想以上で落ち込む……」


 ロニーは不甲斐ない結果にかなり落ち込んでる様子だ。


「ロニーは他に得意なことがあるんだからいいんだよ。誰でも苦手なものはあるでしょ? それが剣術だってだけ」

「そうだけど……僕だって男だから強くなりたいのに」


 ロニーは少しだけ口を尖らせてそう言った。それは……難しい気がするな。ロニーは典型的な運動音痴って感じなのだ。剣術の授業の様子を見ている限り、別のことに時間を割いたほうが良い気がする。


「武力じゃなくて、知力の強さを磨けば良いよ。知力ではロニーを上回る人なんてあんまりいないよ?」

「……そうかな?」

「そうそう。でも最低限の自衛ができるように、これからも剣術は続けたほうが良いと思うけどね。健康にも良いし!」


 俺がそう言うと、ロニーは少しだけ笑顔を浮かべた。


「また出たよ、レオンの健康にいいから」

「だって健康は大事なんだよ?」

「分かった分かった。これからもやるよ」


 日本ではかなり健康的な生活について言われていたけれど、この世界では誰も気にしないから思わず言ってしまうのだ。わざわざ意識しなくても、否が応でも健康的な生活になるからなんだろうけどね。

 でもロニーは座ってやる仕事が多くなるだろうし、健康のための運動は大切だよね。病気は俺が治せるけどこの世の全ての病気を治せるかなんてわからないし、健康に越したことはない。


「では、次行ってくる」


 そうしてロニーと話していたら、ステファンがそう言って下に降りていった。

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