第241話 騎士の戦い

 リオールの街を見学した次の日。

 今日は実際に魔物の森で騎士が戦っている様子を見学する日だ。俺達は今日魔物の森の様子をしっかりと見て、明日は訓練場で魔物を倒す練習をして、そして明後日には騎士付き添いの下で魔物の森の外縁部を探索するらしい。

 かなり緊張するけど貴重な経験だから頑張らないと。そう気合を入れて朝の準備をした。



 そして今は馬車で移動しているところだ。リオールの街が魔物の森への最前線とはいえ、実際の魔物の森は馬車で一時間ほどの場所にあるらしく、向かう時はいつも馬車みたい。

 まあ、徒歩で行ける距離にあったらすぐに街が飲み込まれちゃうよね。でも馬車で一時間という距離も結構やばいそうだ。


「遂に魔物の森に行くんだね」

「私、緊張しているわ」


 マルティーヌは少し強張った表情を浮かべている。


「俺も少し緊張してる。でもやっと行けるっていう高揚感もあるかな」

「そうだな。私も少し楽しみだ」

「リュシアンも?」

「ああ、騎士がどんな戦いをしているのか気になるからな」


 確かに騎士の戦いは気になる。それによって今後どんな鍛錬をすればいいのかも変わってくるだろう。


「マルティーヌ、王族としての役割をしっかりと果たそう。今回は魔物の森の実情をこの目で見てくることだ」


 ステファンが緊張している様子のマルティーヌに真剣な表情でそう言った。王族って重い肩書きだよね……。まだ二人とも子供なのに、既に背負っているのが本当に凄いと思う。


「お兄様……、そうですわね。王族としての務めをしっかりと果たします」


 マルティーヌはしっかりと頷きながらそう答えたものの、まだ怖さが抜けないのか手が少し震えている様子だ。両手をぎゅっと握り締めて震えを抑えようとしている。


 俺はマルティーヌのそんな様子を見て、何とか強張った気持ちを和らげてあげたいと思い、思わず身を乗り出してマルティーヌの手を優しく包み込んだ。


「マルティーヌ、もし何かあっても俺が守るから大丈夫だよ。……魔法だけは得意だからね?」


 少し明るい口調でそう言って、マルティーヌの手をぎゅっと強めに握った。するとマルティーヌは少しだけ驚いたような表情をした後に、ふっと表情を緩める。


「レオンの手、温かいのね……」


 そしてゆっくりとそう口にした。確かに俺の手は子供体温なのかいつも温かいけど、今マルティーヌがそう感じるのは、マルティーヌの手が氷のように冷たいからだろう。最初に触れた時は結構驚いた。

 でもそれには触れないことにする。


「確かにそうかな? ロニーは?」


 俺はそう答えて自分の席に座り直し、隣に座っていたロニーの手を取った。


「ロニーの手、結構冷たいね?」

「僕も緊張してるんだよ……というか、レオンの手が温かすぎるんじゃない?」

「そうかな? リュシアンは?」


 俺がそう言うとリュシアンはすぐに手を差し出してくれる。


「うわっ、リュシアンの手めちゃくちゃ熱い! これ熱あるんじゃない? 大丈夫?」

「ああ、私はいつも熱いんだ。だから大丈夫だぞ?」

「凄いね……人間カイロだよ」

「かいろって何だ?」


 あっ、使い捨てカイロなんてこの世界にないか。またやっちゃった……


「あの、温かいやつ。懐とかに入れるやつ。なんて言うんだっけ?」


 地球の歴史でも温めた石とかあったし、なにかしらあるだろう。あんまり興味がなくて気にしてなかったけど、確かマルセルさんが使っていた気がする。

 そう思ってリュシアンに聞くとすぐに答えをくれた。


「温石のことか?」

「そうそれ!」


 そうだ、あの石を温めるやつ温石って言うんだった。聞いたことがある。


「かいろってどこから出てきたんだ……?」


 リュシアンに少し呆れた表情でそう言われた。


「そこは気にしないで。何かと勘違いしてたみたい。リュシアンの手、温石の代わりになるぐらい熱いよ」

「そんなにか?」

「うん。俺はほとんど温石なんて使ったことないから正確じゃないと思うけど」


 というか一回も使ったことないけど。


「私も最近は温風機があるから使ってないな。というよりも、私は体が暖かいから以前からほとんど使ったことがない」

「確かにそこまで手が熱かったらいらないね」


 俺たちがそうして話していると、マルティーヌは少し緊張が和らいできたようだ。顔の強張りは取れて血色が良くなっている。手も震えてないみたいだ。


「レオン、私の手は温かいか?」


 ステファンにもそうして手を差し出されたので、俺はステファンの手も握ってみる。


「うーん、結構冷たい方じゃないかな?」

「レオンの手は熱すぎないか?」

「俺の手なんて普通だよ。リュシアンの手を握ってみて。多分びっくりするから」

「――リュシアン、熱があるんじゃないか?」

「だから熱はないぞ!」

「そうか。……人の手を触ることはあまりないが、こんなにも違うものなのだな」


 ステファンは感慨深そうに自分の手を眺めつつそう言った。そんなに感動するようなことじゃないんだけどね……



 そうして皆でお互いの手を握り合うという不思議な時間を過ごしていると、馬車が止まった。


「皆馬車から降りてこい! 馬車から降りたらその場に待機だからな」


 ジェラルド様の声が外から聞こえて来る。魔物の森に着いたみたいだ。


「え……なに、あれ。森、なの……?」


 俺は馬車から降りて魔物の森を視界に収めると、思わずそんな言葉を呟いてしまった。それほど衝撃的な光景が目の前には広がっていたのだ。

 木の幹が真っ赤で葉は黒色の大きな植物。竹のように細長い幹を持ち、天辺には大きな黄色い球体をつけているもの。真っ青な葉を付けているもの。白い蔦のようなもの。俺の背丈以上はある紫色の大きな花。

 それだけでも驚きなのに、動いてる植物まである気がするんだけど……あの花びらがバサバサ動いてる花、誰かが動かしてるわけじゃないよね?


「皆見えるか? あれが魔物の森だ。驚いたか?」

「ジェラルド様、驚いたなどというものではありません……あれは何ですか!?」

「いつ見ても凄いよな。色も凄いし動く植物もあるし魔法も使うし。毒に気をつけないといけないものも多々ある」


 植物が魔法も使うの!? マジか……やばい、予想以上にやばいな魔物の森。


「ほら、騎士達の様子も見てみろ」


 ジェラルド様がそう言って指差したのは、巨大な森の入り口で奮闘している騎士達だった。騎士達は植物を剣や魔法で攻撃して、根から引き抜いたり斧で切り倒したりしている。

 ……もしかして、あんなに地味な作業で広がりを抑えてるの!?


「ジェラルド様、一つ一つああして魔植物を処理しているのですか? それで広がりを抑えているのですか?」

「そうだ。最初は火で全て焼いてしまおうとか、土魔法で地面ごと掘り起こしてしまおうとか、色々と考えたんだ。しかし結局はこれに落ち着いた」

「……何故ですか?」

「魔物の森の植物はまず火に強いんだ。水魔法を使える植物が多くてな、すぐに消火されてしまう。さらに土魔法も難しい。普通の植物は地面から抜いたら枯れてしまうが、魔物の森の植物はそのまま枯れずに生きていたり、また自分から土の中に戻ったりもする。一番良い倒し方は基本的に真っ二つにすることだ。そして倒したものをまとめて焼く」

「そうなのですね……」


 魔物の森、はっきり言って予想以上だ。これはかなり厄介だろう。

 

 そうして俺たちがジェラルド様の話を聞いていると、騎士達の方から大きな声が聞こえてきた。


「フラワーボムが破裂するぞ! 皆持ち場につけ!」

「はっ!」

「早くしろ! 一つ残らず抜き取れよ!」


 魔物の森の外縁で戦っていた騎士達が突然俺たちの方に走ってきて、俺たちと魔物の森のちょうど中間あたりで止まる。そして綺麗に横一列に並んだと思ったら、また魔物の森の方を向いた。


「ジェラルド様、あれはなにをしているのですか?」

「ああ、お前達は運が良い。ちょうどフラワーボムが破裂するみたいだ。フラワーボムとは鉄よりも硬い実の中に数十の種を蓄えていて、だんだんと肥大化して破裂する魔植物だ。破裂すると種がそこかしこに飛び散り、地面についたと同時に発芽して成長する。このフラワーボムが魔物の森を広げる大きな原因の一つとなっているんだ。フラワーボムが生えている土地は数週間で完全に魔物の森に侵略されるからな。よってフラワーボムが破裂する時はすぐに対処が必要だ」


 そんな不思議生物までいるのか……。というか、植物で鉄よりも硬いとか何事?


「事前に破裂を防げないのですか?」

「以前色々試したが無理だった。事前に燃やしてしまおうとしても鉄が溶ける温度でも耐える。そのまま土に埋めたら地中で破裂してそこかしこからフラワーボムが生えてくる。石造の箱に閉じ込めたが、しばらくすると中でフラワーボムが育っていたようで破裂の影響で石造の箱が壊れる。結局は破裂した時に全ての芽を摘み取ってしまうのが一番なんだ。フラワーボムの芽は摘み取れば成長は止まり、その状態ならばすぐに燃えるからな」


 凄すぎないかフラワーボム。意味不明な能力なんだけど。


「どのぐらいで破裂するまで育つのですか?」

「十日ほどだ」


 十日!? 早すぎる!


「実が赤くなってきただろう? あれが破裂の合図だ。もう少し色が濃くなれば破裂する。後一分ってところだな」


 それから俺達は、フラワーボムが破裂するまで固唾を飲んで見守った。そしてついに、その時が来た。

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