第240話 魔物肉

「皆様、お腹空きませんか?」


 俺がそう聞くと皆は一斉に頷いた。子供の体は燃費が悪いからすぐにお腹空くんだよね。


「かなり空いたな。もう十三時を過ぎている」

「さっきから良い匂いがしてお腹が鳴りそうだったわ」

「では、自由時間で昼食を食べにいきませんか?」

「行きましょう!」


 マルティーヌが満面の笑みでそう答えてくれる。


「行くとしたらあそこしかないよな?」

「ええ! あそこよね」

「かなり気になりました。ただ好みが分かれるってところは少し心配ですが……」

「でも挑戦すべきよ。ここでしか食べられないのよ?」


 ステファンとマルティーヌ、リュシアンがそう話している。皆もやっぱり興味あったのか!


 あそことはそう、さっきジェラルド様が紹介してくれた魔物の肉が食べられるお店だ。

 なんでも魔物の肉は基本的に硬くて筋張ってて美味しくないらしいんだけど、物資を無駄にしないためにも比較的美味しくて食べられるものは食堂で出しているらしいのだ。これは食べるしかないよね!


「私も挑戦してみたいです」

「レオン、そうよね!」

「はい。ここでしか食べられないものですし、騎士達の間では癖になるとかで通っている方もいるみたいですし」

「じゃあそこに決めましょう。ロニーも良いかしら?」

「はい。僕も気になってました」

「じゃあ決定ね」


 そうしてお昼ご飯は、魔物の肉料理を食べに行くことに決まった。凄く楽しみだ。



 食堂の中に入ると、店内は四人掛けの机がいくつかとカウンターがあるだけの小さめのお店だった。


「いらっしゃい!」


 中には騎士の方が数人いて、恰幅の良いおばさんが俺達を迎え入れてくれる。


「ああ、学生さんだね。五人でいいかい? うん? 後ろの四人もかい?」


 おばさんは軽い感じでそう話しかけてくれた。ここは本当に身分をあまり気にしない風潮のようで、平民である店員さん達も皆こんな感じだ。

 魔物の森の最前線にいるなんて、かなり肝が座ってる人達なんだろうな。こういう人達がいないと成り立たないんだから、本当にありがたいよね。


「後ろの四人は従者だ。できれば従者の席も確保してもらいたい。席は一緒でなくても構わない」

「わかったよ。じゃあ五人と四人だね。奥に個室が一つあってそこが六人だからそこを使っていいよ。それでそちらの四人はこっちのテーブルを使いな。メニューはおまかせしかないけど良いかい?」

「ああ、それで構わない。よろしく頼む」

「はいよ。すぐ作るから待ってな」


 おばさんはそう言って個室へのドアを開けて、奥に入っていった。

 俺たちは五人で個室に入り席に座る。従者の皆は二人ずつ交代で休憩を取ることにしたらしく、今は二人だけ個室の中に立って待機している。


「楽しみだわ。おすすめってどんな料理なのかしら?」

「どのような魔物の肉なのかも気になりますね。ジェラルド様の話ではウォーターボアの肉が多いとのことですが」

「確か不思議な食感なのよね。楽しみだわ」


 ウォーターボアは比較的弱く、水魔法で視界を奪って突進して攻撃をしてくる魔物らしい。他の魔物の肉は筋が多くて噛みきれないことがほとんどなのに対し、ウォーターボアは噛み応えが一切ない不思議な肉だと聞いた。

 それは逆に美味しくなさそうだけど、でも楽しみだ。


 そうして皆で期待しつつ話していると、おばさんが料理を運んできてくれた。


「お待たせ。今日はウォーターボアの煮込みと串焼き。それからマッドフロッグのステーキだよ! 今日は運良くマッドフロッグがあったんだ」


 マッドフロッグってなんだろう。ジェラルド様は言ってなかったな。


「マッドフロッグって何ですか?」

「マッドフロッグはでかい蛙だよ。土魔法と水魔法の二つの魔法を使って泥で攻撃してくるらしくてね、結構強いからあんまり入ってこないんだよ! だからお客さんラッキーだね」


 おばさんはそう言って、からからと笑いながら部屋を出て行った。


 待って、情報量が多い!

 まず何よりも驚きなのは、魔物が二属性以上の魔法を使えることだ。人間は使徒様以外には例外なく、一属性しか使えないのに……

 今度ジェラルド様に聞いてみよう。他にも複数属性を使ってくるやつがいるのかもしれないし。


 それからもう一つの驚きは、蛙ってことだ。うん、皆も蛙って聞いて固まってるよ。


「ね、ねぇ、さっき蛙って言ったわよね?」


 最初に口を開いたのはマルティーヌだ。確かに蛙って言ったよね。……ちょっと食べるの躊躇うな。

 いや、見た目はかなり美味しそうなんだけど、蛙を食べるのに抵抗がある。この世界では蛙って食べないんだよね……

 でも確か地球では蛙を食べる人もいたはずだ。鶏肉に似てるって話を聞いたことがある。


 ここは、俺がまず食べてみるべきかな。


「私が最初に食べてみますね」

「……いいのか?」

「はい。見た目は美味しそうですし」


 さっきステファンの従者の方が毒見は完了してるって言ってたから、あっちで休んでいる二人が既に食べたんだろう。全然休んでないじゃんって感じだけど、すでに二人が食べたという事実は心強い。


「……レオン、大丈夫?」

「もちろんです。美味しかったらマルティーヌ様も召し上がってくださいね」


 俺は覚悟を決めて皆に安心させるように笑いかけ、蛙を小さく切って口に入れた。


 ……え、待って、めちゃくちゃ美味しいんだけど。


 何これ。鶏肉ともまた違う。鶏肉より少しだけ歯応えがある。でもジューシーだ。なんて例えればいいんだろう。そうだな……ささみ肉の固さなのにもも肉のジューシーさがある感じ。


「これ、めちゃくちゃ美味しいです」

「本当?」

「はい。鶏肉より好きって方もいると思います。ささみ肉の固さにもも肉のジューシーさって感じですね」

「……じゃあ、私も食べてみるわ」


 マルティーヌはそう言って、恐る恐るマッドフロッグの肉を口に入れた。そして数回咀嚼し驚きに目を見開く。


「本当だわ! これ、凄く美味しい……」

「では私も食べてみよう」


 そうして皆がマッドフロッグの肉を一口ずつ食べた。全員気に入ったみたいで次々と二口目に手が伸びている様子だ。


 よしっ、じゃあ次はウォーターボアも食べてみようかな。皆はやっぱり躊躇してるみたいだし。


「ではウォーターボアの方も食べてみますね」


 ウォーターボアの煮込みは、全く力を入れなくてもナイフが入っていくほど柔らかかった。しかしほろほろと崩れる感じではない。どちらかといえば、とろけていく感じだ。

 そんなウォーターボアの肉をフォークで一口分取り、恐る恐る口に入れる。


 ……うん? これ、なんだろう。今まで食べたことのない食感だな。

 とりあえずわかるのは、肉じゃない。……前に似た食感のものを食べたことがある気がする。なんだっけ、うーん、そうだ、胡麻豆腐! 

 あれに凄く近い。あれをもう少ししっかりとさせた感じだ。すごく滑らかな口当たりで口の中でとろける。肉ではないけどこれはこれで美味しいかも。


「ウォーターボアは不思議な食感です。表現が難しいのですが、口の中でとろける滑らさで……、食感は肉ではないですね。ただ、味は噛み応えのある肉と同じです」

「それは不思議だな、私も食べてみよう。……うん? 何だこれは、ナイフがいらないぐらいだ」


 ステファンはそう言って、ウォーターボアの煮込みを一口食べる。そしてゆっくりと首を傾げた。


「これは……何だ? よくわからない食べ物だな」

「お兄様、美味しいのですか?」

「……そうだな。美味いのか? うん、確かに味は肉だから美味いな。だが、食感が違いすぎて違和感がある。マルティーヌも食べてみると良い」

「かしこまりました。――本当ですわね。私はあまり好きではないかもしれません」


 二人はあんまり好きじゃないみたいだ。でもわかる、確かに俺ももう一度食べたいとは思わない。


「これは、美味しいですね!」


 突然そう声を上げたのはロニーだ。


「ロニー、美味しい?」

「うん! この滑らかな食感が凄く美味しいと思う!」


 ロニーはキラキラした瞳でそう言って、ウォーターボアの煮込み肉を見つめている。ロニーって、意外とゲテモノ好きなのかも?


「ロニー、私の分も食べて良いわよ」

「私のもあげよう」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 ロニーはマルティーヌとステファンから煮込み肉をもらって嬉しそうだ。


「確かに、私も嫌いじゃないぞ」

「リュシアン様もですか? では私の分も召し上がりますか?」

「いや、そこまではいらないな」

「かしこまりました」


 リュシアンは食べられるけど二度目は頼まないって感じだな。その気持ちめちゃくちゃわかる。俺もそんな感じだ。


 そうして皆で魔物肉の料理を楽しんで、昼食の時間は終わった。ウォーターボアのお肉は煮込みよりも焼き肉の方が、とろける食感が少なくて美味しかった。

 総合的には大満足のお昼ご飯だ。


 そしてお昼の後は、集合時間まで屋台を回ったり服屋を巡ったりして皆で過ごした。今日は楽しい一日だったな。

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