第239話 リオールの街を見学

 次の日の朝。

 俺達は早起きして準備を整え、昨日と同じ広場に集まっていた。今日俺達のグループはリオールの街を見学できるらしい。


「街の見学は楽しみだわ」

「そうですね。私も街の見学はかなり楽しみでした。昨日のは、衝撃的な体験でしたからね……」

「そうね。夢にあの魔物が出てきてよく眠れなかったわ」

「私もです……」

「僕もです……」


 皆もよく寝られなかったみたいだ。俺は昨日のことを思い出して思わず遠い目になる。

 昨日の夜は本当に最悪だった。あの芋虫が大量に夢に出てきて、俺はその大群に追われてるんだ。どこかの草原をひたすら走って逃げるんだけど、あの芋虫がすごいスピードで追いかけてきて……、最後はその群れに飲み込まれるところで目が覚めた。


 はぁ〜、今思い出しても寒気がする。それからは一睡もできなかった。うん、軽くトラウマだよ。逆にあの魔物を火魔法で燃やさせて欲しい。そうした方が怖くなくなる気がする。


「とりあえず昨日のことは一旦忘れて、今日は楽しむことにしよう」

「そうですね。本当は昨日のことは重要な経験なのでしょうけど、今日ぐらいは忘れても許されるでしょう……」


 ステファンとリュシアンもそう言って、疲れたような顔で笑い合っている。


「皆集まってるか?」


 そんなところにジェラルド様がやってきた。


「なんだ、皆疲れてるみたいだな?」

「あまり眠れなくて……」

「そうなのか? ……枕が合わなかったか?」

「いえ、昨日のロックワームが夢に出てきて……」

「はははっ、そうか。確かに忘れてたが新人もよく言ってるな。最初の頃は気持ち悪い魔物が夢に出てきて寝られないって。すぐに慣れるから大丈夫だ」

「……そうなのですね」

「まあ、今日は魔物は見ないだろうから安心してくれ。じゃあ案内していくぞ」


 そうして俺達はとりあえず気持ち悪い魔物のことは忘れて、リオールの街を進んでいった。リオールの街は広いけれど実際に使っているのは一部分だけらしく、今日は徒歩での見学だ。

 簡易宿泊所にある広場から細い路地を通っていくと、すぐ大通りに出た。


「ここが今のリオールの街の中心だ。この大通り沿いにたくさんのお店があり、その周りに訓練施設などが配置されている。今日はこの大通りを案内するからな。午前中に案内を終え、午後は大通り沿いに限り自由行動とする」


 そうしてジェラルド様がまず案内してくれたのは、大通りの端にこじんまりと建てられた木造平屋の建物だった。ここ、何のお店だろう?

 そう不思議に思いつつ店内に入ると、建物の中に商品は置いていなく、狭い店内にはカウンターとそこに一人の男性がいるだけだった。


「これはこれは、第三騎士団長様。またこちらにお越しだったのですね」

「ああ、そうなんだ。今回は王立学校の生徒の案内も兼ねてるんだよ」

「ええ、昨日到着したと聞いております。皆様ようこそお越しくださいました」


 店員の男性はそう言って、穏やかに微笑んでくれた。


「さて、それじゃあここがどんな場所だかわかるか? すぐ教えても面白くないからな」


 ジェラルド様が悪戯を思いついたような顔でそう言って、俺たちに問いかけた。

 うーん、そう言われても難しい。この建物の中は本当に何もないんだ。カウンターとその内側に座ってる男性。それからカウンターの上にペンとインクが置かれてるぐらいだ。

 何か物を売ってるんじゃないとしたら、観光案内所的なところかな? それか役所のような役割をしてるとか?


 俺がそうして考えを巡らせていると、別の班の女の子が口を開いた。


「本屋でしょうか? 本屋ならば店頭に商品を並べず倉庫に保管するということも考えられます」

「確かにそうだな。だが本屋ではない」

「では、教会なのでは?」


 そう言ったのは別の班の男の子だ。


「惜しい! だが厳密には教会でもない。教会はもともとこの街にあったものを使っているから、大通りからは少し外れた場所にあるんだ。そこで教会の業務の中でかなりの頻度で必要になるものが、簡易宿泊所に近いここに設置されている。それがなんだかわかるか?」


 教会の業務の一部分で、かなりの頻度で必要になるもの。教会の業務といえば屋台申請とか、従業員募集とか……


 ……あっ、わかったかも!!


「ジェラルド様、もしかして手紙の配送や受け取りの手続きですか?」

「正解だ、よく分かったな。ここは王都に住む家族や友人に手紙を出せる場所だ。また王都からの手紙もここで受け取ることができる。個別に頼むのも大変だからここで一括管理しているんだ」


 確かにここに住んでる人は頻繁に手紙を出すよね。家族と離れて暮らしてる人も多いだろうし。


 基本的にこの国は手紙を出したい時、その方向に行く商人などに個人で依頼して手紙を預けるか、もしくは教会に依頼するかの二択だ。

 教会に依頼された手紙は、教会が商人を選別してしっかりと託してくれる。依頼料は高いけど万が一届かなかった場合は返金してくれるし、商人も教会の信頼が厚いと何かと便利だからしっかりと届けてくれるのだ。教会の信頼が厚いってことは国の信頼が厚いってことになるからね。

 よってほとんどの人は教会を利用する。


「ここには食料などが定期的に届きますからね。その馬車に手紙も乗せるんです。騎士は特別に依頼料が一般的な値段の半額以下になっているので、頻繁に手紙を出す方も多いですよ」

 

 そう説明してくれたのは、カウンターにいるお兄さんだ。確かに俺も家族を置いてここに一人で来てたら……、頻繁どころじゃなくて毎日手紙を書くかも。


「よしっ、じゃあわかったところで次に行くか。次は隣の建物だ」


 そうしてお兄さんに見送られて建物から出て、すぐ隣の建物にまた入る。

 今度はさっきの建物とは違い、物が乱雑に置かれた工房のようなところだ。奥からは大きな音がしている。ここって……鍛冶屋かな?


「ここは鍛冶屋だ。騎士の持つ剣は自分の命を守る大切な物だからな。毎日しっかり手入れをして、定期的にここに持ち込んでメンテナンスをすることになっている。修理もここでできる」


 やっぱり鍛冶屋だった。確かに武器のメンテナンスは絶対に欠かしちゃいけないことだよね。武器の良し悪しは自分の命に直結するだろう。


「爺さん! いるか!」


 ジェラルド様はそう言って、奥に続くドアを無造作に開けた。勝手に入っていいの?


「なんだよ、いるじゃないか」

「わしは今仕事中なんじゃ。邪魔せんでくれるか?」

「今日は王立学校の生徒達が見学に来るって伝えただろう?」

「そんなものわしは知らん。見学したければ勝手に見るが良い」

「はいはい、わかったよ」


 そんな会話をして、ジェラルド様は奥に続くドアを閉めた。


「皆ごめんな。爺さんはかなり頑固でいつもああなんだ。ただ腕は確かで信頼できる人なんだけどな……」


 ジェラルド様はそう言って顔に苦笑を浮かべる。多分鍛冶屋ってことは平民だよね? それでジェラルド様にあの態度が取れるのは……、凄い。というか命知らずだ。

 もしかしたらこの街は常に死と隣り合わせだから、身分があまり重視されないのかもしれないな……


「ジェラルド様。先程の者は貴族なのですか?」

「いや、爺さんは平民だ」

「では、なぜあのような態度を許すのですか?」


 プライドが高そうな中位貴族の男の子がそう言った。やっぱりそう思うよね。俺でさえ思うんだから、ずっと貴族社会で暮らしてきたのなら当然の疑問だろう。


「別に害はないからな。それに丁寧に話されるよりも砕けた態度の方が、話も早く進むし便利だ」

「……そのような理由で許してしまうのですか?」

「ああ、この街では当たり前になっている」

「ですが、貴族に対してあのような態度は許されません」


 男の子は全く納得していない様子だ。その様子を確かめたジェラルド様は、少しだけ悩むような仕草を見せた後に口を開く。


「例えばだが、お前とあの爺さんはどっちが偉い?」

「それはもちろん私に決まっています」

「そうだな。でもそれは平和な街ならばの話だ。この街では爺さんの方が必要な人材だ。役に立つからな」


 ジェラルド様、結構凄いこと言ってませんか? 暗に貴族は役に立たないって言ってますよ……?


「なっ、そのようなことはありません! 貴族は平民を導くべき存在で、この世に必要不可欠で選ばれた存在です」


 この男の子、敵対勢力の家の子供なんだな。敵対勢力の家でも遠征参加を許可された子がいるんだ……


 ジェラルド様、もっと常識を崩してやってください! そして少年、王都に帰ったら友達にここで知った事実を話すのだ。

 俺は内心でそんな偉そうなことを考えながら、二人のやり取りを見守った。


「そう考えるのは勝手だが、ここでお前が役に立たず爺さんが役に立つのは事実だ。お前は何ができるんだ? 爺さんは騎士達の剣をしっかりメンテナンスしてくれている。お前は騎士として戦えるのか? 鍛治ができるのか? それとも飯が作れるのか?」

「私はっ…………」


 男の子はそこで言葉に詰まってしまったようで、悔しそうに唇を噛んで俯いた。その様子を見てジェラルド様は男の子から顔を逸らす。

 ここで騎士達をまとめ上げて統率することができる、とか言えたのなら貴族として少しは有能な人材だったのかもしれないけど、そこまでは思いつかなかったみたいだ。


「では他に質問がある者はいるか? 爺さんがあの状態だから俺が答えよう」

「はい! 騎士の方が使う剣はオーダーメイドなのですか? それとも支給品でしょうか?」

「ああ、それはどちらでもいいんだ。基本的には支給されるが…………」


 そうしてそれからは他の人の質問にジェラルド様が丁寧に答え、質問がなくなったところで鍛冶屋を後にした。



 それからは居酒屋や食堂、道具屋、服屋など様々な場所を案内された。どこも貴族に対するお店というよりは平民向けのお店に近い雰囲気で、気さくなところばかりだった。

 騎士達はほとんどが貴族だけど、この街では本当に身分があまり関係ないらしい。魔物の森がすぐ側にあるという状況がこの街の雰囲気を作り出してるのだろう。どことなく一致団結しているような雰囲気がある。

 前にリシャール様から敵対勢力の貴族で騎士になった者はすぐに辞めて貴族の私兵になることが多いって聞いたけど、この街を見ればそれも納得だ。この雰囲気に馴染めなかったらすぐ嫌になるんだろう。敵対勢力の貴族達は貴族こそ至上って感じだし。


 最後に案内された服屋を出て少し歩くと、屋台がたくさん並んでいる広場に辿り着いた。するとジェラルド様がグループの皆を近くに集めて口を開く。


「昼も過ぎたし案内はここで終わりにする。この後は自由時間だから好きに見て回ってくれ。二時間後またここに集合だからな。ここにある屋台で昼食を食べるのも良いし、大通りのお店を回るのも良いだろう。各自楽しんでくれ。じゃあ解散」


 ジェラルド様のその言葉に、皆は仲の良い友達とこれからどこに行くか話し合いを始めた。

 結構気になるところがいくつもあったんだよね。どこに行こうか悩む。でもお昼を過ぎてお腹も空いたし、やっぱり何かを食べられる場所かな。屋台からも美味しそうな匂いがしてるしお腹が空く。

 さっき見て回った中でかなり気になるお店があったんだ。皆はあのお店に行くのを了承してくれるだろうか。そんな少しの期待と不安を胸に抱きながら、俺は皆の方を振り返った。

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