第238話 対魔物訓練場
広場に戻るといくつかの班ごとにグループ分けされ、俺たちのグループは騎士団の訓練を見学することになった。
今は案内してくれる騎士の方を待っているところだ。
「僕、騎士団の訓練なんて初めて見るからワクワクするよ」
「そっか、ロニーは見る機会なんてなかったもんね」
「うん! かっこいいんだろうなぁ」
ロニーはキラキラした瞳でそう言った。やっぱり騎士団の訓練とか男の子は例外なく憧れるよね。
「王都での訓練はよく見てるけど、かなり迫力あるよ。ここでも同じ訓練かはわからないけど」
「そっか、レオンは回復魔法の授業で訓練に参加してるんだよね」
「うん。第三騎士団の訓練に参加してるから、ここにも知ってる人がいるかもしれないよね」
毎週顔を合わせていれば、だんだんと顔と名前を覚えるのだ。第三騎士団の人にはかなり情が湧いている自覚がある。危険な仕事だし、あんまり良くないとは思ってるんだけどね……
そうしてロニーと話していると、案内の騎士の方が歩いてくるのが見えた。
え? あの人って……
「待たせたな。俺が今日から一週間、このグループの案内をするジェラルド・フェヴァンだ。第三騎士団の団長をしている。よろしくな」
やっぱりそうだよね! フェヴァン第三騎士団長が何でここにいるの!?
フェヴァン第三騎士団長は、いつも俺たちが参加している王都の訓練を指揮している人だ。フェヴァン侯爵家の次男で、今はフェヴァン騎士爵で第三騎士団の団長をしている。凄い人だけど親しみやすい性格で、フェヴァン侯爵家はタウンゼント公爵家と同じ勢力に属しているから結構仲良くなったのだ。
でも、団長は基本的に前線には行かずに王都で訓練と仕事だって言ってたのに……
「フェヴァン第三騎士団長、なぜここに? 王都にいらっしゃるのではないのですか?」
「レオン、二週間ぶりだな。普段は王都にいるんだが、たまにこうして現場を確認に来るんだ。今回は王立学校の生徒の案内も兼ねている」
「そうなのですね……」
事前に教えてくれればいいのに! 結構驚いたじゃないか。
「驚きました」
「ははっ……驚いた顔を見たかったから黙っていたのだ」
フェヴァン第三騎士団長はそう言って笑った。この人、こういうところがあるんだよな。
「王子殿下、王女殿下、ようこそお越しくださいました」
「ええ、案内よろしくお願いいたします。この遠征も王立学校の行事ですので、私は一生徒として扱っていただければと思います」
「私もそのように」
「かしこまりました。……では、早速訓練所に行こう。そうだレオン、フェヴァン第三騎士団長は長いから別の呼び方にしろと言っているだろう?」
そうは言われても……、ただの平民が騎士団長を崩して呼ぶのは流石に周りの目が気になるんだよね。
というか、俺って何でこの人に気に入られてるんだろうか? ありがたいんだけど理由がわからない。俺の回復魔法が他の人より上手いからかな? でもいつもは力がバレないように抑えてるんだけど。
「ですが、流石に周りの目も気になりますし……」
「では、皆が同じ呼び方ならば良いだろう? 皆、これから俺のことはジェラルドと呼ぶように」
「良いのですか……?」
「ああ、これは決定事項だ」
「……かしこまりました。ではジェラルド様とお呼びいたします」
俺がそう言うと、ジェラルド様は満面の笑みを浮かべた。この人も大概、貴族っぽくないよね。
俺はそういう人の方が好きだけど。
そうして話しながら歩くこと数分、訓練場に辿り着いた。
「ここからは危ないから絶対に俺の言うことを聞くように。ここは対魔物訓練場だ」
「魔物が、いるのですか?」
「ああ、魔物の倒し方を安全に学ぶための訓練場だからな。新人が主に使う場所だ」
そんな場所があるのか……でも確かに捕まえられるレベルの魔物なら、こうして安全な場所で訓練した方が良いよね。実戦は何が起こるかわからないし。
「皆には訓練場の様子を上から眺めてもらうことになる。そこまで飛んでこられる魔物はいないから安心してくれ」
そう言われて俺はふと一つ疑問に思った。空を飛べる魔物っていないのだろうか? 鳥の魔物とかいそうだよね。
もしそういう魔物がいるのなら、完全に防ぐことなんて出来ずにどんどん人間の街を襲いそうだけど……そんな話は聞いたことがない。
「ジェラルド様、鳥の魔物はいないのですか?」
「鳥の魔物? いるぞ?」
「では、なぜそれらの魔物は空を飛んで人間の街を襲わないのでしょうか?」
「ああ、それは魔物の森の特性があるからだ。魔物は魔物の森から自発的にはほとんど出てこないんだ。出てくるのは獲物を追っているときぐらいだな。だから魔物は森の外に出ると弱るのではないかって一時期言われてたんだが、それはないらしい。実際に魔物を強制的にここに連れて来ているが、弱ったりはしていないからな。だから単純に、魔物の森の居心地がいいんじゃないかって今は言われている」
……そんな特性があったんだ。
じゃあ、森の広がりを抑えられれば魔物はあまり気にしなくても良いってことだよね?
「ということは、魔物の森の広がりを抑えられれば魔物を倒す必要はないんですか?」
「理屈ではそうだな。だから俺たちの仕事は基本的に、魔植物を倒して広がりを抑えることだ。しかしその過程で魔物とも当然遭遇する。魔物は基本的に好戦的な性格だからな、遭遇したら倒さなければならない」
「魔植物ってなんですか……?」
「ああ、魔物の森の植物をそう呼んでいるんだ。この森の植物は普通の植物とは全く違うからな。まず植物も全てが魔力を持っている。繁殖力も驚くほど高い。……この辺は実際に見た方が早いだろう」
「……そうですね。ありがとうございます」
「いや、質問はいくらでも受け付ける。皆も好きに質問してくれ。では入るぞ」
そうしてジェラルド様が俺達を、訓練場の中に招き入れてくれた。
「ダメだ! そんなんじゃすぐにやられちまうぞ! ロックワームは足元を取られたら終わりだ。絶対に立ち止まるな!」
「は、はいっ! ファイヤーボール!」
「こんな敵に魔法なんて使ってたら魔力がいくらあっても足りねぇよ! 剣で倒すんだ! こいつは固くないし剣で倒せるぞ」
「はい!」
訓練場に入った途端そんな声が聞こえてきた。
「ちょうど新人が魔物相手に戦ってるみたいだな。あれはロックワームだ。獲物の足元を土魔法で固めて動けなくなったところを丸呑みする」
ジェラルド様にそう言われて訓練場の様子を覗いてみると、そこには人間の背丈ほどある巨大な芋虫がいた。顔部分にはでかい口があり、牙のようなものまで見える。
……きもちわるっ!!
やばい、めちゃくちゃ寒気がした。何あいつ、あんなのいるの? マジで無理、生理的に無理、火魔法で燃やし尽くしたい。
「ちょっと、気持ち悪いわね……」
「ああ、あれとは戦いたくないな」
「私もです……」
マルティーヌ、ステファン、リュシアンがそう呟いた。ロニーは言葉も出ないようだ。
「ジェ、ジェラルド様、あのロックワームは、よくいる魔物なのですか……?」
「ああ、結構頻繁に遭遇するな。だがそこまで強くないから大丈夫だ」
いや、強くないとかいう問題じゃないです! 気持ち悪すぎるんです! あれと頻繁に遭遇するとか、想像しただけで鳥肌が……
「強くはないのですか……?」
「ああ、体が柔らかいからな。剣ならばすぐに倒せる。魔法には気をつけなければいけないが、発動する前に声を出すからすぐに分かる。それに、その場に立ち止まったりしない限り問題はない」
そうジェラルド様が説明してくれている最中に、下からおぞましい声がした。
「ギュボォォォ!」
声まで気持ち悪い!
「魔法が来るぞ、気をつけろ! 今が狙いどきだ!」
「はいっ!」
ロックワームと戦ってる騎士の方はロックワームが魔法を発動してる隙をつき、横に回り込み剣で胴体を一刀両断した。とは言っても胴体が太すぎて半分ほどしか切れてないけど。
その切れた部分から白っぽい液体が染み出してくる。ヤバい、さらに気持ち悪い……しかも切られたのにまだ動いてるんだけど!? あれ、まだ生きてるの……?
「ま、まだ動いてますが、生きてるんですか?」
「いや、死んでからもしばらく動いてるだけだ」
そ、そうなんですね……。最後まで気持ち悪いな……
「ほら、動かなくなった。死んだようだな」
「……良かったです」
「ここでは毎日こんな感じで新人が訓練をしている。ここで最低限の魔物の倒し方を身につけて、魔物の森の任務につくんだ」
騎士団の皆さんには頭が上がらないと思ってたけど、その気持ちはめちゃくちゃ強くなった……マジで、マジでありがとうございます。
「こんな辛い訓練をして任務に当たってくださってるなんて、本当にありがたいです」
「そう言ってもらえると嬉しいな。ありがとよ」
そうして精神的にかなりのダメージを受けた訓練見学は終わった。とにかく一旦寝て疲れを癒したい……
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