第237話 到着

 それから一週間、ついに目的地のリオールの街に辿り着いた。かなり長い旅路だったけれど、俺達はトランプという救世主のおかげで退屈することなく、一週間の旅を終えた。


「やっと着いたね」

「ああ、流石に疲れたな」

「でもトランプのおかげで楽しかったわ。帰りもまたやるわよ」


 そんな話をしつつ馬車から降りる。

 馬車を降りた場所は何もない広場だった。隣には大きな木造の建物が見える。


「皆さん、ここはリオールの街の簡易宿泊所に併設された広場です。これからこの広場に集合してもらうことも増えると思うので、覚えておいてください」


 先生のうちの一人がそう声を張り上げた。ということは、隣にある大きな建物が簡易宿泊所なのか。

 俺たちが一週間滞在するのは簡易宿泊所らしいから、ここに泊まるってことだな。


「それから班ごとにまとまっていてください。マレシャル伯爵がお越しになられるので、それまでその場で待機していてください」


 マレシャル伯爵って、確かリオールの街が所属する領地の領主様だよね。そういえばオーブリー先生が領主様の話もあるって言ってたな。


「リュシアン、マレシャル伯爵って同じ勢力の人なんだよね?」


 俺は周りに聞こえないように小声でそう聞いた。


「ああ、だからそこまで心配する必要はないぞ」

「だよね、良かったよ。それにしても到着したその日に来るんだね」

「聞いた話によると結構身軽な方らしい」

「そうなんだ。そういう人もいるんだね」


 そうしてリュシアンと話していると、マレシャル伯爵が俺達の前に現れた。伯爵はかなりガタイが良く強そうな人で、金色の髪を短くしていて肌は日に焼けて小麦色だ。領主というよりも騎士みたいな人だな。

 皆は伯爵が現れると途端に口をつぐみ、辺りはしんと静かになった。


「皆、長旅で疲れているところだとは思うが私の話を聞いてくれたら嬉しい。知っている者も多いとは思うが、私はジョアサン・マレシャル。このリオールの街を含むマレシャル伯爵領を治めている。まずは王立学校の学生諸君、この街に来てくれてありがとう。皆の勇気に心からの感謝と敬意を」


 マレシャル伯爵はそう言って、皆を見回した。


「私からはこのリオールの街の実情と、魔物の森の実情を軽く話したいと思う。これから実際に見学してもらう前の知識として聞いてほしい。まずこのリオールの街だが、数年前までは他の街同様に多くの民が暮らしていた。しかし魔物の森の広がりが抑えきれなくなり、この町の住民は皆移住し、ここは魔物の森に対処する騎士団のための街となった。この街には食堂や屋台、居酒屋などの店はあるが、全て騎士団が雇った者によって運営されている」


 じゃあ、本当に普通の平民は一切いないってことなんだ。馬車から少し見ただけだけど、結構広い街だったのに……


「基本的にここに滞在しているのは、第二騎士団と第三騎士団に所属する騎士達の一部。それから我が伯爵家の私兵団だ。皆、簡易宿泊所や騎士団の詰所として使用している建物に寝泊まりし、交代で二十四時間魔物の森への対処を行なっている」


 二十四時間体制なのか……。夜は昼間よりも危ないと思うけど、それでも二十四時間体制で臨まないといけない理由があるのだろうか。

 本当に、危険と隣り合わせで大変な仕事だ……


「このリオールの街は魔物の森への最前線だが、他にも同じような街はいくつもある。魔物の森は大陸を全て覆うように広がっているからな……。しかし広がる速度も一定ではなく、魔物の森が一番侵攻している場所の近くがこのリオールの街だ。よって今この街には、どうにか押し返そうとたくさんの騎士が集まっている。皆にもそんな街の現状をしっかりと見ていってほしい」


 確かこの国がある大陸って、横に長い長方形のような形で、その東側が魔物の森に覆われてるんだったよね。そして魔物の森がどんどん西に向けて広がっていて、このままだといずれ大陸全体が飲み込まれてしまうんだ。

 でも線を引いたように、どこでも一定の速度で広がってるわけではないってことか。そうなると……、もしかしたら他国ではもっと魔物の森が西に侵攻してるところもあるのかもしれないよね……


 だってこの国は、この大陸で一番の大国だったはず。だからこそ魔物の森と接してる部分も多いんだけど、大国だからこそ騎士の数も多い。

 小さな国とか、大丈夫なのかな……?


 この国は大陸の南側をほぼ全て支配してるけど、北側は大丈夫なのだろうか? もし北側の国々が魔物の森へ碌な対処もできずに滅びていっていたとしたら、この国はいずれ北側からも魔物の森の侵攻を受けることになる。そうなったら、予想以上に早く危機が訪れるんじゃないのかな?

 本当に、もう猶予がなさそうだ。


「それから魔物の森の現状だが、このリオールの街が担当する範囲のみを考えれば、なんとか抑え込めている。今はこの街に騎士がたくさん集まっているからな。しかしそれによって、他の場所では前線を後退させざるを得ない状況になっているようだ。そうなると、他の場所でもリオールの街と同程度まで魔物の森が侵攻してくることになる。するとどこの場所にも騎士を集中させることができず、全体的に後退を余儀なくされ、そのうちこの大陸は全て飲み込まれるだろう」


 やっぱり、本当にやばい状態なんだな……

 周りを見回してみると、ほとんどの生徒がマレシャル伯爵の話に呆然としている様子だ。やはり実際現地に来て話を聞くとまた違うのだろう。

 この遠征、馬鹿な貴族たちにも参加させてやりたいな。多分この話を聞いても鼻で笑うのだろうけど、強制的に騎士と一緒に魔物の森に放り込んでやりたい。

 そこまですれば流石に危機感を持つだろう。


「貴族の中には、魔物の森の脅威をしっかりと認識していない者も多い。大袈裟だ。同情票を狙ってるのか? 救援物資を受け取って他国にでも売りつけるんだろう。税金を免除してもらうための嘘だろう。そのようなことは飽きるほど言われて来た。……しかし、これは現実だ。たしかに数年前はまだ抑え込めると考えられていた。しかし魔物の森の勢いは増すばかり。魔物の強さもどんどん上がって来ている。楽観的に見ても抑え込める状態じゃない。国を挙げて、皆で力を合わせて取り組むべき最優先課題だ。そのことを帰ったら家族に伝えてくれると嬉しい」


 マレシャル伯爵はそう言って、もう一度皆の顔を静かに見回した。


「では私の話はこれで終わりだ。一週間、しっかり学んでくれ」


 そうしてマレシャル伯爵は下がっていった。皆は伯爵がいなくなってからも、呆然としていて誰も動き出さない。先生達も同様だ。

 皆、心の中では信じてなかったんだろう。でも伯爵にあそこまで言われたら信じるしかないよね。思考停止するのも仕方ないか……


「先生方、次の指示をお願いします」


 そんな沈黙を破ったのはステファンだ。よく通る声でそう言った。その言葉に慌てて先生方が動き出す。

 さすが王族だな……


「で、では、次は各自滞在する部屋に荷物を運び入れます。班ごとに案内するので、呼ばれるまでその場で待っていてください」


 そうして一班から順に部屋へと案内された。簡易宿泊所は木造で無駄の一切ない建物って感じだ。基本的に二人部屋でベッドと机と椅子がある程度。

 トイレとお風呂は共同のものがいくつかあり、時間を区切って使うようだ。一応下水は引いてあるようで水洗トイレらしい。俺はロニーと二人部屋だ。


「ロニー、どっちのベッドがいい?」

「どっちでもいいよ」

「じゃあ、俺は右側にするね」

「うん。じゃあ僕はこっちね」

「レオン様、必要最低限のお荷物はこちらに置いておきますが、それ以外は私の部屋に保管しておくので良いでしょうか?」


 従者は基本的に主人の隣の部屋が与えられている。本当なら俺とロニーの従者の二人で隣の部屋を使うはずなんだけど、ロニーには従者がいないからロジェは一人部屋だ。


「そうだね。ここはロニーの荷物も置くし、ロジェの部屋に置いてくれるとありがたいかな」

「かしこまりました。ではそのようにいたします」

「ありがとう」


 そうして荷物整理を整えて、俺たちはさっきの広場にまた戻った。今は午後三時ぐらいで、早速今日から予定が組まれているらしいのだ。

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