第236話 温泉蒸し

 それからしばらく涼んだことで俺とロニーが回復した頃、皆で温泉蒸しに向かう時間となった。


「レオンとロニー、疲れてるみたいだが大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」


 皆と部屋の前で合流すると、開口一番リュシアンにそう聞かれた。


「いや、これはちょっと、温泉でのぼせただけなので大丈夫です……」

「温泉でのぼせるって、そんなに長時間入っていたのか? いくら風呂が好きだからって入りすぎるのも良くないぞ」

「その、少し事情があって……、ね、ロニー」

「そ、そうなんです。全然大丈夫ですので気になさらないでください」


 流石に温泉で泳いでたらのぼせましたなんて恥ずかしくて言えず、二人で何とか誤魔化した。


「そうか。ならいいが……」

「はい。ご心配ありがとうございます。全く問題ありませんので行きましょう!」

「そうだな。では行こうか」



 そうして皆で温泉蒸しができる場所に向かうと、そこには馬車の中から見ていた釜がいくつも並び、その隣で食材を選ぶことができるようになっていた。

 各種旬の野菜から肉や卵、果物まである。ちょっとテンション上がるかも。


「ようこそお越しくださいました。こちらからお好きな食材を籠にお取りいただき、籠ごと釜にお入れください。食材によって適切な蒸し時間がございますので、そちらは食材の前にある数字を参考にしてください」


 皆で食材が置かれている場所に向かうと、従業員の方がそう説明をしてくれた。


「では、それぞれ好きなものを選ぶことにしよう」

「そうですわね」


 ステファンはそう言って、従者の方と共に次々と食材を選んでいく。マルティーヌとリュシアンもそれに続いた。


「レオン様、気になるものを教えてくだされば私がお取りいたします」


 ロジェもそう言ってトングと籠を準備してくれる。ロニーは従者がいないので自分でその二つを持った。


「ありがとう。じゃあまずは野菜かな。玉ねぎとさつまいもをお願い」

「かしこまりました」

「それから……、お肉は鶏肉にしようかな。卵も一つ」

「はい」

「後は果物か……」


 果物って蒸して美味しいのだろうか? でもちょっと興味あるよね。この中ならりんごかな。


「果物はりんごでお願い。とりあえずこれだけでいいかな」

「かしこまりました。では私が釜に入れて出来上がったものからお持ちいたしますので、レオン様は席に座ってお待ちください」

「分かった。よろしくね」

「はい。それからロニー様、ロニー様の分も私が調理いたしますので、レオン様と共に席でお待ちください」


 ロジェは食材を選んで釜のほうに向かおうとしていたロニーをそう呼び止めた。


「えっ、でも、悪いです」

「いえ、レオン様のものと一緒に蒸しますので問題はありません」


 確かにロニーだけ自分でっていうのも仲間はずれな感じがして嫌だよね。かといって俺がロジェの仕事を奪うわけにはいかないし。

 ロニーの分もやると申し出てくれたロジェに感謝だな。俺もその辺もっと配慮できるように気を付けよう。


「ロニー、ロジェに頼んじゃってもいいと思うよ。自分でやりたいならそれも良いとは思うけど……」

「いや、別にそうじゃないんだけど。二人分するのは大変だろうし……」

「それならロジェにお願いしよう。皆もロニーと話したいと思うよ」

「……そうかな。じゃあ、よろしくお願いします」

「かしこまりました。ではお待ちください」


 そうして従者の皆が温泉蒸しの釜で食材を蒸してくれている間、俺たちは席に座って出来上がるのを待っていた。もちろん途中で釜の見学にも行ったけどね。どうしても気になったのだ。


 そうしてしばらく待っていると、早いものは出来上がってきた。


「レオン様、こちら出来上がったものです。調味料として塩もございますのでお好みでお掛けください」

「ありがとう」

「レオンは卵を選んだのね。私も同じよ!」


 そう言ったマルティーヌのお皿には、綺麗に剥かれたゆで卵が乗っていた。


「やはり卵は気になりますよね。他には何を選ばれましたか?」

「先程食べて美味しかった人参と、果物をいくつか選んだわ」

「私もりんごを選んでみました。果物を蒸すなんて味が気になります」

「ええ、初めて食べるから楽しみね!」

「私は果物は選ばなかったな……」


 そう言ったのはステファンだ。ステファンはあんまり冒険せずに、確実に美味しいだろうものを選んだみたいだ。


「ではお兄様、美味しかったら私のものを少し差し上げますわ」

「ああ、ありがとう。では早速食べようか」

「はい。いただきます!」


 俺はまず玉ねぎを選び、何もつけずに口に入れた。うん、これ美味しい。玉ねぎの甘さが際立っている。


「美味しいですね。やはり甘さが際立ちます」

「本当ね。卵も美味しいわ」

「このキャベツ、かなりいけるぞ」


 リュシアンはキャベツを食べてるみたいだけど、良い感じにしんなりとしてかなり美味しそうだ。キャベツを選んでも良かったかも。そう思いつつ、次は玉ねぎに塩をかけて食べてみた。


「おおっ……、塩を少しかけると甘みがさらに引き立ちます!」

「本当か? 私も試してみよう。……ふむ、確かに美味いな」


 そうして玉ねぎと卵を味わっていると、りんごが蒸し終わったようでロジェが持ってきてくれる。


「レオン様、りんごが出来上がりました。鶏肉とさつまいもはもう少しお待ちください」

「分かった。ありがとう」


 ロジェから受け取ったリンゴを蒸したものは、結構トロトロな様子で凄く美味しそうだった。

 熱々のリンゴを一口分だけ取り、少し冷ましてから口に入れる。


「う〜ん! これ、美味しいです!」


 凄い、りんご美味しい! 生で食べるより好きかもしれない。


「……そんなに美味しいのか?」

「はい。これは凄いです」

「わぁ、本当ね! これは美味しいわ」

「確かにこれは美味いぞ。りんごをもう一つ追加するか……」


 俺と同じようにりんごを選んでいたマルティーヌとリュシアンも食べたようで、美味しさに驚いている。その様子に自分も食べたくなったのか、ステファンとロニーが立ち上がった。


「私はりんごを追加してくる」

「僕も追加してきますね」


 そうしてそれからも皆でわいわいと、食材を追加しながら温泉蒸しを楽しんだ。俺的にはさつまいもとりんごが一番美味しかったな。それからキャベツに塩をかけたものもかなり美味しかった。


「ふぅ、凄く美味しかったです」

「ああ、これはまた来たいな。王都でも出来ればいいのだが」

「温泉蒸しはできなくても、蒸し料理ならばできるのではないですか?」

「本当か? 王都では見たことも聞いたこともないが」

「そうですね……」


 確かにそうなんだよね。王都で蒸し料理って全く発展してない。今まで見たこともないかも。

 蒸し料理って時間かかるし面倒くさいのかな? いや、わざわざ蒸すっていう調理法を選ぶ必要がないのかもしれない。

 それなら、蒸すという調理法でしかできない料理があるといいのかも。


 この温泉蒸しは、温泉の湯気という高温で一気に蒸してることとか、温泉に含まれる何かしらの成分とか、後はこの釜で蒸すという楽しさとか、そういうの込みの美味しさだと思う。

 だから王都で普通に野菜を蒸す料理は広まらないよね。何かもっと広まるような料理があると良いんだけど……


 俺が思い浮かぶ蒸し料理っていったら、茶碗蒸しとお饅頭、あとは肉まんぐらいだ。

 茶碗蒸しって何で作られてたんだろうか。卵と……出汁とか? そうなると出汁が手に入らないからダメだ。お饅頭も中身の餡子を作れないからダメだよね。

 可能性があるとしたら肉まんかな。というか、あのふわふわの蒸しパンなら中身がなんでも合うと思う。最悪野菜炒めとかでも普通に美味しいだろう。


 でもそれには大きな問題が一つある、パンの製法だ。パンをふわふわに膨らませる方法は多分教えてもらえないだろう。王都でも製法が広まらないようにされてるみたいだし。

 うーん、こうして色々と考えてみると、王都で蒸し料理を流行らすのは結構難しいのかも。それに蒸しパンの料理だけじゃそこまで流行らないよね……

 

「王都で蒸し料理を流行らせるには蒸すという調理法でしか完成しない料理があると良いと思ったのですが、すぐには難しいですね……」

「そうか、やはり王都では難しいのかもしれないな。改めて考えてみても、今食べた温泉蒸しが王都で貴族に流行ることはないだろう。これは面白い調理法や温泉地という場所も込みで貴族も食べるものになるからな。そうでなければ質素すぎる」

「やはりそうですよね……」


 とりあえず平民向けのお店にするとしても、わざわざ手間をかけて蒸すほどの味に仕上げなければダメだろう。母さん達に蒸し料理を教えたら「わざわざ蒸すのが面倒くさいわね、焼けばいいじゃない」って言われる気がする……

 うーん、やっぱり難しいな。


「また時間に余裕ができたら考えてみます」

「ああ、楽しみにしている」

「レオンが考えてくれるのなら、いつかは王都でも楽しめるようになりそうね」

「あまり期待せずにお待ちください」


 そうして皆で温泉蒸しを堪能して、その日は眠りについた。この街は本当に楽しかったな。

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