第234話 温泉地

 遠征が始まってから数日が過ぎた。

 今までの数日間は、皆でお茶を飲んでスイーツを食べながら、ひたすらトランプで遊んで過ごした。皆がハマりにハマってしまったのだ。

 そして今日もそんな優雅な? 馬車の旅を満喫して、今はちょうど今夜宿泊する予定の街に着いたところだ。


 侯爵家の領都らしく、今まで寄ってきた街とは比べ物にならないほど大きい。さっき街中に入ったけど、王都と同じぐらい栄えているかもしれない。いや、観光地としては王都以上に賑やかだ。

 そう、昨日聞いてめちゃくちゃ驚いたんだけど、この街には温泉があるらしいのだ!

 なんでも領地内に温泉が沢山出る土地があって、そこに領都を作ったらしい。今回の遠征では少し遠回りだけどここに寄ってくれたみたいだ。遠征の予定を決めた人、本当にありがとう!!


「皆、温泉だよ? 楽しみだね!」

「レオンは今日そればかり言っているな」

「当たり前だよ! だって温泉だよ?」

「それはもう分かっている。レオンは本当に風呂が好きだよな」


 温泉なんてテンションが上がるに決まってるよね! 大浴場とかあるのかな? 露天風呂とかあるのかな?


 俺はそんなことを考えながら、馬車の窓から街の様子を眺める。他の街との明確な違いは、そこかしこに湯気が散見されることと、木で作られた四角いものが設置されていることだ。

 あの四角いのはなんだろうか?


「皆、あの木でできた四角いやつが何か知ってる?」

「ああ、あれは温泉の熱い湯気で食材を蒸してるやつだな。確か学んだことがある」

「食材を?」

「そうだ。確か野菜や肉、芋などだな」

「へぇ〜、食べてみたいな。食べられるかな?」


 蒸し料理ってこの世界で見たことなかったけど、ここにあったんだな。


「宿の夕食で出るんじゃないかしら? この街の特産品だもの」

「そっか、じゃあ楽しみにしてようかな」


 基本的にこの遠征中は宿からの外出禁止だから、街の様子を見て回ることはできないんだ。だから宿の夕食に期待だな。


「もし宿の夕食で出なかったら、レオンが転移でこっそり買いに行ってくれる?」


 そう言ったのはロニーだ。ロニーはこの数日でかなり皆に慣れたみたいで、緊張せずに話せるようになった。嬉しい変化だ。


「そんなこと言っていいの? ロニーはルールは守らなきゃってタイプなのに」


 俺が少し揶揄うようにそう言うと、ロニーはちょっとだけむくれたような顔をした。


「そうだけど……。せっかく来たのに名物を食べられないのは悲しいし、それにレオンなら大丈夫でしょ?」

「まあ、確かにそうなんだけどね」


 ロニーは俺の能力を聞いて、さらに数日間その力を目の当たりにして、俺への評価をかなり上げたみたいだ。

 前は一人で出歩いてるのでも結構心配してくれたのに、今は全く心配してくれなくなった。信頼してくれてるってことで嬉しいんだけどね。


「私もせっかくなら食べたいわ!」

「確かにそうだな」

「レオン、頼むぞ」


 ふふっ、結局皆はルールより食欲みたいだ。まあ、ルールを破ってちょっとハラハラするのも旅行の醍醐味だったりするよね。

 俺も高校の修学旅行で、部屋から出るの禁止なのに友達の部屋に行ったりした。あれってなんだか楽しいんだよね。


「わかったよ。宿の食事で出なかったらね」



 そんな話をしながら馬車に揺られていると、今日泊まる宿の前に着いた。

 馬車が止まると従者の皆が外からドアを開けてくれて、皆で馬車から降りる。そして宿の中に足を踏み入れた。


「うわぁ〜、凄いね」


 そう声を上げたのはロニーだ。でもわかる、この宿は凄い。公爵家の屋敷と比べても遜色ないぐらいだ。この宿の方がお淑やかな豪華さって感じがする程度の違いだな。

 これは俺が元日本人で、繊細で無駄を省いた美しさに感動する心を持ってるからかもしれないけど。


 そうして宿の内装を眺めつつ中に進んでいくと、沢山の宿の従業員がずらっと並んでいるホールに辿り着いた。


「皆様、ようこそお越しくださいました」


 代表の人がそう言って全員が一斉に頭を下げる。王族がいるからこその対応なんだろうけど、俺も凄い人になれたみたいでちょっと嬉しいかも。

 こういう場面で緊張したり恐縮しなくなったってことは、俺も貴族社会に慣れたよね……


「出迎え感謝する」

「労いの言葉をいただき、感謝の念に堪えません。では早速ですが、皆様のお部屋をご案内させていただきます」


 そうして宿の従業員と俺達、それから俺達の従者が団体で宿の中を進んでいき、それぞれの部屋に向かった。部屋は二人一部屋で全部で三部屋。三つとも隣同士の部屋だった。


「では元々決めてた通り、ステファン様とリュシアン様で一部屋。マルティーヌ様で一部屋。私とロニーで一部屋でよろしいでしょうか?」


 宿の従業員や皆の従者もいるので敬語でそう問いかける。


「ああ、それで良いぞ」

「ではこれからですが、とりあえずはそれぞれの部屋で休まれますか?」

「そうだな……、夕食まであとどのぐらいだ?」

 

 ステファンが従者にそう聞いた。


「あと一時間ほどでございます」

「一時間か……。その程度ならば各自休むのでいいのではないか?」

「そうですわね。私も疲れたので、夕食までは少し休みたいです」

「では夕食までは各自休むことにしよう。……それではまた夕食で」


 そうして俺たちはそれぞれの部屋に入った。俺の部屋には、俺とロニーとロジェの三人だ。


「ふぁ〜、疲れた……」

「僕もだよ。凄く乗り心地の良い馬車なんだけど、流石に連日は疲れるよね……」


 そうしてロニーと会話をしながら、部屋に置いてある大きなソファーに腰掛ける。

 この部屋には、備え付けのソファーとローテーブルがあり、その他に大きなベッドが二つ、トイレ、小さめのお風呂、それから従者が泊まる用の部屋が二つある。


 本当はベッドが一つしかなくて一人で泊まる用の部屋らしいんだけど、今回は遠征のメンバーが全員どこかしらの宿に泊まれるように、こうして一人部屋を二人部屋にしたりと工夫がなされているのだ。

 でも二人で泊まったって、全く狭さを感じない。それどころかあと二人ぐらいは泊まれそうな広さだ。これに一人で泊まるのは贅沢というか、ちょっと寂しそうだ。


「レオン様、ロニー様、お茶をお入れいたしましょうか?」

「うーん、俺はいいかな。ロニーは」

「僕も良いや。馬車で飲みすぎたぐらいだよ」

「ということだからお茶はいいよ」

「かしこまりました。では控えておりますので、何かございましたらいつでもお声がけください」


 ロジェはそう言って、部屋の壁際に下がりそのまま待機の姿勢に入る。ロジェも疲れてるだろうし休んでくれていいのに…


「ロジェ、ロジェも疲れてるでしょ? 座って休んでいいよ。それか使用人の部屋に下がってもいいし」

「いえ、これが私の仕事ですのでお気になさらず。それに、この程度の馬車移動は全く問題ありません」


 そういえばロジェは影なんだったな……。体も鍛えてるみたいだし本当に疲れてないのかも。それなら無理に進めるのも良くないか。


「わかったよ。じゃあ何かあったら呼ぶね」

「かしこまりました」


 俺はロジェの方に向けていた体を戻し、また力を抜いてソファーに沈み込む。本当に結構疲れてるかも。


「ロニーって王都から出たのも初めてだったんだよね?」

「そうだよ」

「王都の外はどうだった? 他の街の様子とかを見て」

「そうだね……。まず一番驚いたのは、世界って本当に広かったんだなってことかな。別の街があってそこまで馬車で何日もかかるとか、この国の外にも別の国があるとか、知識としては知っていてもイメージできなかったんだ」


 ……確かにそうか。俺は当たり前のように世界が広いことを知っているけど、生まれた時からずっと王都の中の狭い世界で育って外の世界を見る手段もなければ、イメージ湧かないのかも。


「今はイメージできる?」

「うん。王都は広くてそこが世界の全てのように感じてたけど、王都はこの広い世界の本当に小さな一つの場所でしかないんだなって。なんか僕、感動してるんだ。もっとこの世界の色々なところに行ってみたいな」


 そう語るロニーの瞳は、キラキラと輝いていた。


「良いね。俺ももっとこの世界を見てみたいよ。じゃあジャパーニス商会の大きな目標は、他国に出店することかな?」

「本当!? そんなことできるの?」

「まずはこの国の王都以外の領地に出店して、それが成功したら他国への出店も可能性はあると思うよ。他国の商会や貴族と提携するとか。かなり大変だとは思うけどね」

「それできたら凄いね。ワクワクするよ!」

「じゃあ、目指せ国外進出だね。頑張ろー!」

「おー!」

 

 そうしてロニーと一緒に拳を突き上げた。なんか楽しいな。いつかは絶対に達成しよう。そう心に誓った。

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